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75話 短期バイト

閲覧ありがとうございます。

暑さを理由にしてぐーたらしていたいです。


 荷物を持って六等星の夜をあとにした私たちは、天河さんに促されるまま、カウンター席に座りました。正面に星奈さんがにこにこと佇んでいます。


「ドウゾ」


 喫茶店の制服に身を包む天河さんは、落ち着いた動作でココアを差し出します。軽く会釈しますが、注文した記憶はありません。とはいえ、とてもおいしそうなのでありがたくいただきましょう。


「明杖さんの分も払うね」


 言いながら一口。ほのかな甘みが安心感を連れてきます。


「えっ、なん、なんで」


 飲んでもいないのにむせる明杖さん。


「だって、呼び出したの私だし」

「それをいうなら、普段来ない僕が払うよ。お詫びもかねて」


 それこそ『なんで?』なのですが。


 私が口を開こうとした時、にこにこしていた星奈さんが「はぁい、そこまでぇ」と止めに入ります。


「お代は結構よぉ。あたしが勝手に出したものだし、味の感想いただければおっけーってことでどぉ?」


 遠慮の気持ちが消えずにいると、天河さんが「いいんデスよ」と微笑みました。


「ソレと、この後の話ハ、ココアをもらったカラで受けてはいけまセンからネ」

「この後の話?」

「ハイ。ココアはあくまで厚意。おいしいデスカ?」

「うん。ありがとう」


 頷いてキッチンに戻る彼女。区切りがついたことを察し、星奈さんが「さて」と私たちを見ます。


「さっそく本題に入るわねぇ。ねえ、二人とも、アルバイトに興味なぁい?」


 想定外の質問に、私たちは答えることができません。アルバイトですか。六等星の店員が足りないのでしょうか?


 横目で店内を見渡しますが、私たちの他にお客さんはいません。営業中ですよね?


「アルバイトはお店のお手伝いなんだけれど、六等星ではないのよぉ」

「ココはお客さん来まセンから、ワタシひとりでじゅうぶんなのデス」


 奥から矢のように飛んでくる天河さんの声。非常に鋭いですが、事実のようで星奈さんは言い返しません。


「ま、まあ、六等星はいいとして、急に手が必要になったから、夏の二週間くらい働ける人はいないかって連絡が来たのよぉ。ひとりでいいとは言われたけれど」

「夏の二週間ですか。短期バイトというやつですね」


 近隣の店でも夏季バイトの募集をいくつか見ました。学生が夏休みに入るので、短期間のアルバイトを募る店は多いです。


「助けてあげたいのだけど、空乃ちゃんがいなくなると店を開けられないのよぉ」

「お客さんいなくテモ、一応、仕事はありマスからネ」

「前半いらなぁい……」


 悲しそうな星奈さん。しかし、すぐに顔を上げると両手を合わせます。「とりあえず、話を聞いてみなぁい?」


 依頼を受ける受けないにかかわらず、話は聞いてみようと思います。自分が無理でも、他の人がバイトを探していることもあるでしょう。


 軽く頷くと、星奈さんは嬉しそうに首を振りました。


「まず、期間なんだけれど、八月の真ん中二週間くらい。もしかしたら日数は変わるかもって。時給は千円。それと、お駄賃五百円がつくわぁ」


 つまり、千五百円ということでしょうか。近隣の店より時給は良いですね。


「お仕事は、お店のお手伝い。品出しとか勘定とか、そんなに難しくないと思うわぁ」

「スーパーみたいな感じですか?」


 私の質問に、彼女は「ううん」と顎に指を添えます。


「志普ちゃんは行ったことないかなぁ。駄菓子屋さんなのよぉ」


 ほお、駄菓子屋さん。家の近くにはなかったような。母が以前、「昔はたくさん駄菓子屋があって、学校の帰りに百円玉を持って行ったのよ」と言っていた気がします。


 スーパーのお菓子コーナーで見たことはありますが、『駄菓子屋』には行ったことありません。


「最近は減っちゃったもんねぇ。今でも田舎の方にはあるみたいだけど……」


 少しさみしそうな星奈さん。彼女も駄菓子屋にお世話になったのでしょうか。


「お店のお手伝いもあるけど、店主に言われたおつかいとかもやってもらうみたい」

「おつかい?」

「そう。なんか、不思議なこと言っていたわねぇ。あっ、危険はないと思うから心配しないでちょうだい」


 彼女は「それでね」と声を潜めます。お客さんはいないので、聞かれる心配はないと思うのですが。


「問題はここからなのぉ……。店主は寡黙だけど優しいし、仕事も難しくないけれど……」


 さらに小さくなる声に、私たちは若干前のめりになります。


「この駄菓子屋さん……、ここからめっちゃ遠いのよぉ!」


 眼前に突き出された携帯の画面。ピンが打たれた地図には、緑色が広がっており他の店名は見当たりません。というより、ピンの場所にも店名はありません。間違っていないでしょうか?


 ふと、白い文字で見慣れない名前が書かれていることに気がつきます。


「よ……ま、地方? 明杖さん、知ってる?」

「うん。()()地方はここからだいぶ遠いところだよ。でも、とても自然豊かな場所だって」

「あらぁ、優しい言い方ねぇ。同じことを言うにしても、言い方だけでこんなにも違うのねぇ」


 くすくす笑う星奈さんは、「正確には、豊かな自然しかない、と言うべきかしらぁ」と彼を見ます。


「場所によっては携帯電話も繋がらないのよぉ。お店も少ないし、人も少ない。かわりに、それはそれは豊かな自然が今も残っている。便利な生活に慣れた志普ちゃんたちには厳しいかもしれないけれど、素敵な場所であることは確かよぉ」


 いわゆる田舎。家族とたまに出かける程度ですが、目を見張る山々は好きでした。そういえば、魔奇さんの実家も田舎でしたね。


「交通費や宿泊費は雇い主負担。仕事がない時は自由にしても大丈夫よぉ。どうかしら、夏の思い出にド田舎でアルバイトしてみなぁい?」


 魅力的な提案ですが、夏休みはマジマジのみんなで過ごしたいと思っていました。課題もありますし、家族と出かける予定もあります。八月の二週間を見知らぬ土地でひとりは、さすがにさみしいです。


 貴重な社会体験ができることは承知で、丁重に断ることにしました。星奈さんは「謝らないでぇ」と手を振ると、私の辞退を快く受け入れてくれました。


 残るは明杖さんですが、詳細は知らない事情がある様子。離れた土地で二週間など、可能なのでしょうか。


 案の定、彼も浮かない顔で沈黙しています。無理はしないように、と声をかける星奈さんに、煮え切らない彼は「あの……」と口を開きます。


「いろんな社会経験を積みなさいと言われているので、アルバイトのお誘いは願ってもみないことなんです。でも、すぐに、というのは。保護者……に聞いてみないといけなくて」


 断ると思っていた私は、その言葉に驚きます。でも、駄菓子屋さんで働く明杖さん、ちょっと見てみたいですね。


「もちろんよぉ。高校生なんですもの。親御さんに訊いてみて、お返事ちょうだいな。あたしの連絡先は知っているかしらぁ?」

「はい。平良さんから聞いています」

「じゃあ、どうするか決まったら連絡してねぇ」


 ゆらゆらと手を振り、キッチンの奥に消えていく星奈さん。「クッキー、シフォンケーキ、スノーボール~」と歌っているので、お菓子を持ちに行ったのかもしれません。


 天河さんの姿もありません。取り残された私たちは、まだ温かいうちにココアを飲もうとカップを持ちます。おいしい。


「もしアルバイトするとして、ひとりで遠いところに行くのはさみしくないの?」

「ん? そうだね……、僕はひとりでも平気だよ」

「私はさみしいなぁ。今だって、考えただけでそうなんだもん」

「平良さんの周りには人が多いからね」

「マジマジのみんながいるからかな。明杖さんもさみしかったら突撃してきてね」

「イノシシみたいに言わなくても」


 笑い声をこぼす彼は、ふと、動きを止めました。私の顔を見たまま微動だにしません。どうしたのでしょう? もしや、顔に何かついている?


 そう思った時、視界の隅で青色が弾けたような気がしました。ぱちぱちと瞬きする彼は、目元を押さえて黙っています。具合が悪いなら星奈さんを呼びに……。


「ねえ、平良さん」


 ふいに呼ばれ、立ち上がりかけた身体を椅子に戻します。


「夏休みにマジマジでどこか出かける予定はある?」

「まだ特には決まってないよ。行きたいとは思っているけど、魔奇さんと小悪ちゃんの追試が終わるまでは話もしづらくて」

「そっか。……うん。そうだよね。ねえ、もしどこか行くってなった時なんだけど、楽しさのあまり足を滑らせないようにね」

「プールに行く予定はないよ?」

「比喩みたいなもの。ちゃんと足元も見ながら遊ばないとケガをするかもしれないだろう?」

「まあ……。でも、山みたいな場所じゃなければ、そんなに危険じゃないと思うよ。どちらかというと、アルバイトをやるかもしれない明杖さんの方が注意しないと」


 豊かな自然があるのなら、なおのことです。


「やらなければ、その心配はないけど」

「そのことなんだけど」


 ふと、彼は私を見ます。紫色の瞳が真っ直ぐに注がれています。


「僕、短期バイトの依頼を受けるよ」

「えっ、急だね。保護者の許可はいいの?」

「事情を話せば二つ返事で許可されると思う。帰る前に星奈さんに言って、枠を確保しておいてもらわないと」

「そっか。じゃあ、明杖さんは夏休みバイトだね」

「がんばるよ」


 あわよくば、マジマジ全員で思い出を……と思っていましたが、アルバイトなら仕方ありません。お金も必要ですし、なにより星奈さんの頼みです。断った私が言うのもなんですが、無事に人員が埋まりそうでよかったです。


「バイト先、ちょっと遠いけど大丈夫?」

「うん。絶対やり遂げてみせるよ」


 力強く言う彼に、私は驚きつつもエールを送ります。


「がんばってね」

「ありがとう」


 紫色の瞳に迷いはありません。意志は強いようです。


 急にその気になったことは不思議ですが、ひとつの可能性が脳裏に浮かんで納得します。明杖さん、実は駄菓子が大好きなのかも。


お読みいただきありがとうございました。

次回は数話ぶりの魔奇さんがご登場。

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