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73話 化け猫と猫

閲覧ありがとうございます。

平良家の日常。


 平良家でよく流れるテレビ番組のひとつに、動物を扱ったものがあります。これまで、ペットを迎えてこなかった平良家ですが、動物が苦手なわけではありません。むしろ、逆です。父も母も私も、動物は好きで、町中で見かけては足を止めました。


 犬の散歩をしている人には感謝しかありません。かわいいワンちゃんを無料で見せていただいてありがとう……と。


 ネットでも動物の動画が視聴履歴を占領し、おかげでおすすめにはいつも多種多様な動物が出てくることに。


 しかし、好きであることと実際に飼うことは別です。色々と事情もあり、これまで小さな命を迎えることはありませんでした。


 そういった経緯もあり、我が家にやってきた化け猫のきとんは大層かわいがられています。かくいう私もその一人。


 とある日のことです。夕飯を終えた平良家は、のんびりとテレビを観ていました。


 普段、化け猫としての力を高める為、常にヒトに化けているきとん。しかし、私のわがままを聞いて三角耳だけ出していることがしばしば。ありがたく触らせていただき、至福の時間を味わうのです。


 両親はそれぞれ椅子に座り、私ときとんは並んでソファーに腰かけています。テレビでは『かわいい! 動物特集』と題した動物番組が流れています。


 私に寄りかかるきとんは、三角耳と頭を撫でられながらごろごろと喉を鳴らし、目を細めていました。視覚でも触覚でも『かわいい』を摂取する私は、大変幸せな気持ちで画面を眺めます。


 世界中の飼い主が撮ったペットのかわいい映像コーナーが終わり、なにやら落ち着いた音楽が流れ始めました。


 猫と人間の絆の物語が再現VTRで展開され、微笑ましい感情で観ていると。


「…………」


 最後、猫は寿命で亡くなりました。もちろん、長生きし、飼い主に寄り添われての最期です。それでも、お別れは悲しくてさみしい。


 ナレーションが穏やかな声で『猫の平均寿命は約十五歳で……』と解説する声が、とても遠くで聞こえた気がしました。


 こうした話は、これまでも何度かテレビで観てきました。その度に同じ感情を抱いてきましたが、今日は別のものに押しつぶされそうです。


「き、きとんって、いま何歳だっけ……」


 眠そうにしていた彼女は、「にゅうにょうさい」と曖昧な発音で答えます。


「十六歳だよね。そっか。きとんは十六歳……」


 先ほど聞いた、猫の平均寿命が脳内で走り回ります。十五歳。こ、超えている……!


 はっと顔を上げると、両親が雷にうたれたように動きを止めていました。両者とも、顔に『どうしよう!』と書いてあります。


「もっと健康的なご飯の方がいいのかしら⁉」

「学校にも配慮してもらったり!」

「家で過ごす上で、ストレスとかない⁉」

「志普とは仲良くやれているかい⁉」


 必死に問いかける両親に、眠気が吹き飛んだきとんは目をぱちくりさせます。


「な、なんにゃ、とつぜん……。どうしたの、しほまま、しほぱぱ」

「だって、テレビで猫の平均寿命が十五歳くらいって言うから! きとんちゃんには長生きしてほしいんだもの!」

「待て、家猫ならもう少し長いそうだ。ということは、家から出てはいけない⁉ そんなこと強制できないじゃないか……!」


 思い思いに苦しむ二人に、私もきとんを抱きしめます。急に降ってきた不安が拭えず、不透明な未来が怖くなってしまったのです。


「しほ、どうしたの」

「テレビ観なければよかったかな……」

「てれび? どうぶつのやつ? なんで?」

「お母さんが言った通り、猫は大体十五歳くらいしか生きないって……。きとん、もう十六歳だから心配になっちゃって……」


 どんどんすぼんでいく声に、きとんは三角耳としっぽをピンと立てました。途端に慌て始める彼女。かつてなくおろおろする様子に、内心で『やっぱり!』と叫ぶ私がいました。


「ちがうにゃ!」


 両手を挙げ、大きな声で否定するきとん。その必死さに、てんやわんやしていた両親が静止します。


「きとんは猫だけど化け猫。ふつうの猫とちがうにゃ」

「寿命も違うの?」


 訊く私の頬を、きとんは両手で包み込みました。うりうりともみくちゃにするので、不安で固まっていた顔がほぐれていきます。


「なにもしんぱいいらない。化け猫はじょうぶでながいき」

「それならいいんだけど……」


 まだ心配そうな母は、晴れない表情できとんを見ました。


「不満やストレスがあるなら、遠慮なく言っていいんだからね」


 優しく言う父に、きとんは「すとれすない」と三角耳を動かします。


「きとん、ここにいられてしあわせ。しあわせでもっともっとながいきする」


 幸せと言われ、やっと両親は胸をなでおろしました。いつも私がしているように、私の頭を撫でるきとん。ぐるぐると渦巻いていた恐ろしい感情が消えていくのを感じました。


「じゃあ、きとんは数年後に死んじゃったりしないんだね」

「しないにゃ。化け猫のじゅみょうはながい。しほよりもながい」

「私よりも? 日本人の平均寿命は八十歳を超えるよ?」

「よゆー」


 平然と言うので、新たな疑問が生まれました。


「きとん、化け猫の寿命ってどれくらいなの?」


 私たちよりも長いということは、百歳くらい生きるのでしょうか。たしかに、化け猫っぽいです。


 すると、きとんは私の頬を包んでいた手を放し、こちらに向けました。小さなてのひらが開かれています。


「ご……? 五十年ってこと?」


 それでは人間の約半分です。猫にしては長命ですが、人間からしたら短いですよ!


「ちがう」


 再び不安に襲われた私を見て、きとんはゆっくりと首を横に振りました。


「ごひゃくねん」

「ごひゃくねん……?」

「化け猫はごひゃくねんくらいふつうにいきる。もっとながいのもいる」

「五百年って、百年が五回ってことだよね」


 想像を絶する長さに、よくわからない考え方をしました。日本の五百年の歴史を思い返していると、ふと、思うことがありました。


 きとんはいま、十六歳だそうです。寿命が五百年あるとすると、十六年って……。


「きとんってまだ赤ちゃんなのかな」


 知らずのうちに口から出ていた言葉。三角耳にしっかり拾われ、きとんが頬を膨らませました。


「きとんからみれば、しほのほうがあかちゃん」


お読みいただきありがとうございました。

化け猫は専門外なので口調がわかりません。


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