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72話 目撃者は平良志普

閲覧ありがとうございます。

とある日の平良さん。


 夏休みに入り、私は時間を気にせず本を読み続けていました。猛暑とおさらばし、涼しい部屋でくつろぎながら溜まっていた本を消化します。シリーズものであれば、続きが気になって次から次へと手に取ってしまうのです。


 家族と過ごす時間や、勉強、きとんと一緒にいる時以外は、すべて読書していました。そうなると、ちょっと運動不足になるものでして。


「いってきます」


 買う物が書かれたメモと鞄を持ち、私は玄関にやってきました。


「しほ、ひとりでいい?」


 リビングから顔を覗かせるきとん。頭には三角耳が出ています。自分の頭部を指さし、『出ているよ』と教えながらドアを開けます。


「うん。きとんはお母さんとお菓子作りでしょ? 文化を学んでいて」

「んにゃ。おいしいのつくる」

「志普、お茶持った? 暑いから気をつけてね」


 きとんの上から顔を出すお母さんにも手を振り、私は外に出ました。


「あっつい……。溶けそう」


 一瞬ののちに身体の温度が急上昇したのを感じ、出たばかりの家に帰りたい衝動に襲われます。しかし、私はやらねばならぬのです。


 一気に汗ばみ始めたメモには、今日の夕飯に使う食材とお菓子作りの材料が書かれていました。人間の文化を学ぶ為、お菓子を作ることになったきとん。楽しくなったお母さんがあれよあれよと作るので、材料が底を尽きたのです。


 うにゃうにゃ言いながら作るきとんもかわいいですし、お菓子はいくらあってもいいと近所のおばあさんが言っていました。ということで、追加の材料購入を申し出たのです。


「えーっと、まずはスーパーでお菓子の材料を買って、次に八百屋さんで野菜を買って、最後に魚屋さんで夕飯に使う魚を買って……と」


 一番痛みやすい鮮魚を最後に買うとなると、少々遠回りなルートになります。これも運動ということで、がんばりましょう。


 今の時代、大抵のものは大型スーパーで手に入ります。それなのに八百屋や魚屋に行くのは、単純に昔から行っているお店で顔なじみだからです。


 物価高でありながら、なるべく抑えた値段と新鮮さを売りにして続けてくれているので、どうにかお金を落としたいと思いました。あと、たまにおまけしてくれるので。


 位置的には中間にあるスーパーに到着し、家族連れに混じってカゴを取ります。はやく冷房の効いた店内に入りましょう。そうしないと溶けます。私が。


「えーっと、薄力粉とココアパウダー、アーモンドプードル、板チョコ多めに……」


 メモを見ながらカゴに入れていきます。


『好きなもの買ってきていいよ。きとんちゃんも入れて二つまで』


 板チョコの文字の下に書かれたメッセージに笑みをこぼしつつ、きとん用の濃厚ミルク飴を手に取ります。私は何にしようかな。


 今ごろ、家では甘いお菓子が大量発生していることでしょう。そうなると、甘くないものがいいですね。


「…………ふむ」


 何にしようか悩んでいると、店内放送が流れてきました。


『迷子のお知らせです。近くにお住いの男の子がお母様とはぐれたようです。服装は恐竜柄の半そでに、青色のズボン、サッカーボールのワッペンがついた帽子を被っており――』


 ふと上がっていた顔を下げ、それとなく辺りを見回しました。近隣で一番大きいスーパーですが、今日は人も多いのですぐ見つかるはずです。


 とはいえ、すぐ近くにいるかもしれないので、商品棚を横目に通りに出ました。


 ひゅん……! 目の前を凄まじい速さで過ぎていった青い何か。目をしばたたかせ、それが行った方を見ると。


「……んん?」


 見覚えのある青い髪の少女が、首が千切れそうなほど上下左右を見ているではありませんか。


「あれって勇香ちゃ――」


 しゅん……! 確定する前に再び消えていきました。


 あっけにとられた私は、ぽかんとしながらすぐ隣の商品を見ます。


「あ、これにしよう」


 私はラックからとあるものを手に取り、ひょいとカゴに入れました。よし、お会計です。


 お金を支払っている時、また店内放送が流れました。無事、男の子が見つかったようです。


 一安心した私は、脳裏をかすめる少女に首を傾げながら店を出ます。待ってましたとばかりに注がれる太陽の光。口をへの字に曲げながら帽子を深く被り、次の店へと向かいます。


「あら、いらっしゃい志普ちゃん。暑い中、来てくれてありがとうねぇ。なに買ってく?」

「こんにちは。今日はきのこと玉ねぎを買いにきました」

「いいわね。新鮮なもの入っているよ。ぜひ見ていって」

「はい、ありがとうございます」


 顔見知りの店員さんと話をし、さっそく野菜を見て回ります。


 店内の冷気が逃げないよう、自動ドアはオフになっているようでした。しかし、開いていることを報せる為、わずかに隙間のある正面ドア。数センチの向こうには陽炎が見えた気がしました。


「……んん?」


 見覚えのある青い髪の少女が、腰の曲がったおばあさんに寄り添いながら歩いていくのが見えました。距離があるので、彼女かどうか断定できません。


 仕方なく、買い物の為に店内を歩いていきます。


『おいしそうな野菜があったら追加で買ってきて』


 添えられたメッセージに従い、ハリのあるナスもカゴに入れます。どれも新鮮でおいしそうだなぁとうろうろしていると、またドアの前にやってきていました。


「……んん?」


 見覚えのある青い髪の少女が、先ほどとは反対方向に歩いていきます。その隣には、腰の曲がったおじいさんが。


 距離があるので断定できませんが、あれはおそらく勇香ちゃ――。


「志普ちゃーん、今朝うちでとれたきゅうり持って行きな~」


 店の奥から呼ばれ、返事をしながらお会計へ。お礼を言ってあとにした私は、きゅうりが加わった鞄を持ちながら最後の目的地へ向かいます。


「おお、平良さんとこの! いらっしゃい、お昼ごはん用の魚かい?」

「こんにちは。いえ、夕飯用の鮭を買いに」

「鮭か。銀鮭はたくさん入っているよ」

「ホイル焼きをするので、生鮭がいいってお母さんが。ありますか?」

「もちろんだ。たくさんお食べよ」


 頭にタオルを巻いた昔ながらのおじさんが右を指さします。お礼を言って鮭を見ていると、店内に「待てーーーっ!」という叫び声がこだましました。


 驚いて顔を上げると、店主のおじさんも目を丸くしています。視線の先は、店の外でした。どうしたのかと近寄ると、店の前を青い髪の少女が走り抜けていくではありませんか。な、何事?


「ひったくりかもしれねえな」

「ひったくり?」

「数秒前に、鞄を変なふうに抱えた男が走り去っていったんだ。『ん?』と思ったんだが、追いかけていったのを見るとひったくりだろう」

「物騒ですね」

「志普ちゃんも帰る時は気をつけてな。いざとなったら魚をぶつけてやれ。代わりのものは俺がくれてやるからな」


 力強く言うので、私は素直にお礼を言いました。途中になっていた生鮭を手に取り、お会計へ。


 おじさんが「ひったくり犯の口に放り込んでやれ」と生カキをおまけしようとしてくれましたが、さすがに断りました。おまけでもらうには高価すぎます。ご厚意に感謝し、今度買いに来るいうと、代わりに『信じられないくらい酸っぱい飴』をもらいました。


 ポケットの中に飴を入れ、店を出ます。そういえば、ひったくり犯と思わしき人と、それを追っていった青い髪の少女が向かった先は、私の帰り道ですね。


 一瞬、迷いましたが、鮭が心配なので歩き出しました。なるべく日陰に入るように進んでいると、不津乃公園のそばに出ました。


 散歩はまたの機会に。今日は買ったものもありますし、なにより暑すぎます。一刻も早く家に戻りたいです。


 汗が滴るのを感じながら、熱のこもった息をはいていると、


「……んん?」


 不津乃公園のベンチに青い髪の少女が座っているのを見つけました。隣には、小さく身体を丸めた大人の姿もあります。誰だろう?


「…………」


 さすがに気になり、彼女の方へと向きを変えました。少しなら魚も平気です。おじさんが大量の氷を持たせてくれましたからね。


「勇香ちゃーん」


 名を呼びながら近づくと、彼女はこちらに手を振りました。


「こんにちは、志普さん。偶然ですね」

「そうだね。ところで、この人は知り合い?」


 丸まった大人は、なぜか縄でぐるぐる巻きにされていました。


「いえ、知らない人です。実は、ひったくり犯でして」


 おじさん、大正解。


「犯行の瞬間を目撃したので、勇者として捕まえたわけです」

「勇敢だけど、危なくないの?」


 今は撃沈していますが、相手は成人男性です。力では負けると思われました。


「大丈夫です。勇者ですから」


 そう言われても、私は心配を拭えません。遠慮がちに頷きつつ、なぜこんな暑い場所にいるのか訊きました。


「警察を待っているところなのです。通報して五分経ったので、もう着くかと。あ、来たようです」


 遊歩道の奥から警察官らしき人が走ってくるのが見えました。事情を説明し、奪われた鞄を渡すと、話はまた後日と解放される勇香ちゃん。


 慣れた様子で話していたので、ちょっとびっくりしました。悪いことをしていなくても、警察官が相手だとドキドキしてしまいそうです。


「勇者のお仕事お疲れさま」

「なんのこれしき。勇者ならば当然ですよ」


 流れる汗もきらめいています。ただ、暑い中走ったからか、疲労の色が見てとれました。


「勇香ちゃん、よかったらこれ飲んで」


 手渡したのはお茶のペットボトル。自分の水分補給用でしたが、すっかり忘れていました。まだ栓は開いていないので平気なはずです。


 しかも、魚屋でもらった大量の氷のおかげでキンキンに冷えています。


「よろしいのですか?」

「うん。迷子探しも、おばあさんとおじいさんを助けるのも、ひったくり犯を捕まえるのも、見事にやりきった勇者さんにご褒美ってことで」


 微笑む私に、彼女は虚を突かれたように頬を染めました。


「な、なぜそのことを……」

「さあ?」


 小首を傾げる私は、彼女がペットボトルを受け取ったのを確認すると踵を返します。


「見てる人はいるってこと。悪いことは勇者さんが。いいことは……」


 にこりと微笑み、彼女に手を振りました。


 家に帰ると、暑さでへとへとになった私を冷房がお出迎えしてくれました。


「しほ、おかえり」

「おかえりなさい、暑かったでしょ」


 甘い香りを纏わせる二人に誘われ、私はリビングのソファーに倒れ込みました。


「あつかったー……」

「しほ、つめたいおちゃ」

「ありがとう、きとん……」


 さすがに水分不足だったので、一気に飲み干しました。身体の隅々が瞬時に冷やされていくのを感じます。


 気の抜けた声を出し、ぐーっと伸びをしていた時です。


「あら、志普ったらこんなの買ってきたの?」


 買ってきたものを仕舞っていたお母さんが、笑みを含んだ声で言いました。


「こんなものってなに?」

「んー? 欲しいかなぁと思って」


 ソファーに寝転ぶ私は、お母さんが持つものを見ます。スーパーで買ったあれ。甘いものと対抗する為の武器。


「きとん、梅昆布って食べられる?」


お読みいただきありがとうございました。

元気そうな勇者さん。

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