7話 お昼ごはん
閲覧ありがとうございます。
お菓子を食べながら読むのにちょうどいい作品はこちらです。
今日こそは……!
そう心に誓いを立てること数日、今日も私は家を出る前に考えていました。
「よし、今日こそは……」
深呼吸を繰り返します。
「今日こそ、魔奇さんに『一緒にご飯食べませんか』って訊く……!」
朝。ひとりでつぶやいてドアに手をかけます。
「志普、お弁当忘れてる!」
「わあっ!」
危ないです。なんてこったい。お弁当を忘れそうになるとは本末転倒です。
「ちゃんと入れた?」
「うん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
今度こそ、と家を出ました。
教室。いつ誘おうかと考えながら本を開きます。あんまり内容が入ってきません。先ほどから同じ文章を目で追っているのに気がつきました。
これでは読書になりません。仕方がないので表紙をぼんやりと眺めていました。
「平良さん?」
「へっ?」
「大丈夫?」
「……ま、魔奇さん⁉」
肩をトンと叩かれ、見た先には魔奇さんがいました。あれっ、なんでいるんですか?
「読書中だからしばらく待っていたんだけど、表紙だったから話しかけちゃった」
「あ、うん、読んでたわけじゃないから」
「よかった。邪魔しちゃったかと思って」
「大丈夫だよ。おはよう、魔奇さん」
「おはよう、平良さん」
というより、表紙だけ見ている謎の行動を魔奇さんに目撃されたことが恥ずかしいです。変な人だと思われたに違いありません。ああ、私も魔法が使えたら、時間を巻き戻すのですが……。
「うぐぐ……」
できないので、うめき声をあげて机に突っ伏しました。無念。
「ホームルーム始めるぞー」
そんなことをしている内に、あっという間に先生が来てしまいました。魔奇さんにお昼ご飯の話していません。ああ、無念、再び。
まあ、大丈夫です。お昼休みまでまだ時間はあります。ちょっと訊くだけで済むのです。一分もいらないでしょう。
と、甘く見ていた私は、四限目の終了を告げる予鈴を真っ白になって聞いていました。
「あれ……、おかしいな……」
誰か魔法でも使いました? さっき、朝のホームルームじゃありませんでした?
「お昼だ~」
嬉しそうなクラスメイトの声。ハッ! ぼんやりしている場合ではありません。むしろ、今からお昼ご飯を食べる時だからこそ、『一緒に食べない?』という質問がより自然になるのです。つまり、訊くなら今!
「あの、魔奇さん――」
隣の席。そこにいる魔奇さんに声をかけようとしたのですが。
「い、いない……」
なぜ⁉ 目を離した一瞬の隙にいなくなっています。幼児と同じです。手でも繋いでいろということですか? そんなことできるわけないでしょう!
あ、お手洗いかもしれません。きっとそうです。少し待っていましょう。鞄は席にありますし、すぐ戻って来るはずです。
ところが。
「……全然来ない」
何分待っても彼女が戻る気配はゼロ。脳内でぐるぐると考える私は、いくつかの理由を挙げていきます。
お手洗いで事件があったか。騒がしい気配はないのでこの線はなさそうです。
購買が混んでいるか。買いに行くと言っていた生徒は戻ってきています。
外まで買いに行ったか。基本的に外に行くことは許可されていません。
帰ったか。通学鞄も持たずに帰ったならよほど緊急でしょうが、少し考えにくいです。
どこかでのんびりしているか。お昼ご飯を食べないタイプならありえます。
「うーん……」
頭を捻っていると、廊下を歩いて行く生徒の姿が見えました。
「あ」
他のクラスの人と食べている可能性を忘れていました。まだ入学してからそんなに経っていないので、大抵の人たちは同じクラスの人と過ごしています。しかし、何かしらのきっかけで交友関係ができていても、何も不思議はありません。
「そっか……」
まだ確定ではないのですが、身体から力が抜けてしまいました。
「私もご飯食べないと」
ひとり、席でハンカチを広げようとした時、すでに集まって食べていたグループから声がかかりました。
「平良さーん、ご飯これから? 一緒に食べよー。こっちおいでー」
「うん。ありがとう」
こうして、その日の昼休みは終わりました。
魔奇さんは五限目が始まる数分前に、教室に戻って来ました。『どこに行っていたの?』と訊けず、私たちはそのまま授業に入りました。
そして、帰りのホームルームも終わり、みんなが帰り支度をしている時のことでした。
ぐぅぅぅ~……。
どこかで音がしました。ほとんどの人が一度は鳴らしたことのある音です。それは、隣の席から聞こえてきました。
「お腹すいた……」
机を抱きしめてへにゃへにゃになっている魔奇さんが再びお腹を鳴らしました。
動かなくなった私を見て顔を赤くします。
「ご、ごめん……」
「謝ることないよ。お菓子食べる?」
「えっ、い、いいの?」
「もちろん。チョコレートならいつも持ってるから、いつでも言って」
「ありがとう……! やっぱり、お昼ご飯を抜くとお腹すくねぇ……」
おや、今なんと?
「お昼、食べてないの?」
「うん」
ダイエット目的で食事を抜く人をたまに聞きますが、魔奇さんもそうでしょうか?
「お弁当を作る時間はないし、途中でお店に寄るのも緊張するし、どういう店が適しているのかよくわからないし……。迷っているうちに、結局買いそびれちゃうんだ」
……えっ? そんなことある?
「魔法で作るとかは」
「難しいんだよ……」
「そうなんだ……」
というより魔奇さん、もしかしてですが。
「ねえ、購買って知ってる?」
「知ってるよ。梅の品種だよね」
紅梅じゃなくて。
「学校の中にパンとかおにぎりとか、食べ物や文房具を売っているお店があるんだよ」
「えっ⁉ なにそれ知らない!」
「普通に買うよりも少し安い場合もあるから、お得なんだよ」
「知らなかった……。そんな素晴らしい場所が学校内にあるんだ……」
「この時間はもう閉まっているけど、自販機はいつでも使えるよ」
「ジハ……?」
嘘でしょ?
「自動販売機っていう機械のこと。お金を入れてボタンを押すと、欲しい商品が買えるの。学校の外にもたくさんあって、二十四時間使えるものもあるよ」
「二十四時間買えるの⁉」
そんなに驚く?
「凄すぎる……! ジハンキ、アンビリバボーすぎる!」
なんだかとても楽しそうです。
「今から行く?」
「行きたいけど、明日にする」
おや、この勢いならすぐにでも走り出しそうだったのですが。
「コウバイでお昼ご飯買う! だから平良さん」
「ん?」
「明日、一緒にお昼ご飯食べない?」
「…………」
あんなに言えなかった言葉を、あなたはこんなにもあっさりと言ってしまうのですね。これも何かの魔法でしょうか? いえ、違うとわかっています。
「ぜひ」
「やった。……えへへっ」
チョコレートを頬張りながら、身体を右へ左へ揺らす魔奇さん。購買と自販機の存在を知ったことがよほど嬉しかったのでしょうか。幼いこどもを見ている気分でした。
「ずっと言ってみたかったんだ。憧れの学校生活って感じがする」
「今まではどうだったの?」
「わたしの出身地、すっごく田舎で。学校の生徒、わたし一人だったの」
それはまあ、なんという田舎。とんでもない僻地なのですかね。
「だから、たくさんの生徒がいる学校に通うの、初めてで。隣の席に人がいるのも初めてなんだよ」
学校に一人。私がそうだったらと思うと、やっぱり寂しい気がしました。
「そもそも、他に席なんてなかったけど」
「先生と二人?」
「うん。しかも、わたしのお母さん」
それはもう家ですね。
「……えへへー、明日が楽しみ。コウバイ、どんなところかなぁ」
「一人で行けそう?」
思わず、親のようなセリフを言ってしまいました。だって、なんか心配だったから……。
「無理だったら平良さんを呼びに戻ってきていい?」
非常に真面目な顔でした。私も鋭い表情で頷きます。
「……ふふっ」
「……あははっ」
同時に吹き出しました。
「じゃあ、また明日」
「うん。私も楽しみにしてる」
魔奇さんは振った手を拳にし、高らかに掲げました。
「待ってろ、コウバイ!」
やっぱり、目を離さない方がいいかもしれない。
お読みいただきありがとうございました。
購買、家の中に欲しいです。