68話 七夕と天体観測 後編
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今日も今日とて空調の効いた部屋から出たくないの民。
七夕当日。午後三時、六等星の夜にて。
本来予定していた時間は午後六時。早めに集合した理由は……。
私たち四人とシロツメちゃん、星奈さん、そして手伝いに来てくれた天河さんは、どうしようかと顔を見合わせていました。
困ったように笑う星奈さんは、再びご厚意で用意してくれたお菓子を振舞ってくれます。急遽、追加で作ったというガトーショコラは、まだほんのり温かさが残っていました。
「いやぁ、まさかこうなるとはな」
フォークをくわえながら窓を見る小悪ちゃん。
「考えるべきだったのに、すっかり頭から抜け落ちてたよ」
乾いた笑いを浮かべる魔奇さん。
「ほし、むり」
クッションに寄りかかりながら、ホットミルクを飲むきとん。
六等星の夜に響く音はどんどん激しさを増し、部屋は薄暗くなっていきます。天河さんが月や星のライトを灯し、なんとか場を明るくしようとしていました。
「まあ、こういうこともあるわよぉ。自然だからねぇ」
カップを傾けつつ、可愛らしい窓の外に顔を向ける星奈さん。私も空へと視線を移します。そこには、黒の濃い灰色が一面に広がり、絶え間なく雫をこぼし続ける空が。
「めっちゃ雨だな。これでは天体観測どころではない」
「こればっかりはどうしようもないけど、やっぱり残念だね」
「一応、六等星の夜には来たが、イベントはどうするのだ?」
「どうしよっか……」
二人の会話を聞きながら、私は三人分の短冊を持つ手に力がこもるのがわかりました。この雨では、願いごとは空に届きません。せっかく書いてもらったのに、意味がなくなってしまうことが残念でした。
「あらぁ、それ短冊よねぇ。笹の葉はないけれど、この観葉植物を使っていいわよぉ」
六等星の夜には、いくつかの観葉植物が置かれています。人工ではなく、自然のものです。室内に透き通った空気が流れているような気分になります。
長らく使っていないと言っていましたが、植物の世話は日頃から行っていたのでしょう。
「紙は余っていますから、マスターや空乃さんもどうですか?」
魔奇さんの提案により、二人も参加することに。大雨ではありますが七夕であることに変わりはありません。そう、せっかくなのですから、楽しむことを考えなくては。
「ありがとぉ。何を書こうかしらねぇ」
「マスター、お店のハンジョウを願ってクダサイ」
「あうっ……。じょ、常連さんはいるからぁ……」
「デモ、全然来まセン。お店、潰れマス」
「潰れる心配は大丈夫なんだけどぉ……。そうねぇ、商売繫盛っと」
「書いたらさっそく吊るそうではないか」
「小悪ちゃん、届かなかったらわたしがやるよ」
「そうだな。では、お言葉に甘えて――って、これくらい届くわ!」
「あははっ!」
雨音に包まれる室内に笑い声が響きます。
窓の近くに移動させた観葉植物に短冊を一枚ずつ括り付けていきました。
星には照らされずとも、星型のライトが願いごとに光をもたらします。
魔奇さんは黄色の短冊。きとんは紫色。勇香ちゃんは白色。明杖さんは赤色。私は青色。
楽しげに部屋で動き回る少女たちが起こす、かすかな風。色鮮やかな短冊が緑色の葉とともに揺れました。
「しほ、なにかいた?」
肩に頭を乗せ、頬にすり寄って来るきとん。
「んー? 秘密かなぁ」
散々悩んで書いた願いごと。見られても構いませんが、微笑んで口元に人差し指を立てました。
「願いごとは星に見てほしいからね」
「でも、あめふってる」
「そうだねぇ。じゃあ、誰も何も、私の願いごとは見てくれないかもね」
自分で言っておいて、妙に寂しくなりました。どうせ、ただの紙に書いただけの言葉。どうせ、今日が終われば捨ててしまう。どうせ……。
それなのに、私は大切に想えて仕方がありません。雨音に身を委ねながらも、叶うことなら今だけ晴れてほしいと思いました。でも、そんなことはできません。できるとすれば、魔法が使える――。
「…………えっ?」
空を見ることすらやめ、絨毯に落としていた視線の端で光が弾けました。思わず顔を上げると、六等星の夜にまばゆい光の粒が漂っているではありませんか。
「なに……これ」
呆然とてのひらを伸ばすと、淡い光は発光しながらふわりと動きます。
「わたしの魔法だよ。さすがに雨を止めるのは難しいけど、星空の再現ならできるかなって。あ、正確には星じゃないけど、天の川っぽく見えないかな?」
「……見える。とってもきれいだよ」
「ほんと? よかったぁ。せっかく七夕なのに、雨でおしまいじゃやりきれないから」
「魔奇さん、ありがとう。いい思い出になったよ」
「どういたしまして!」
六等星の夜を満たす小さな星々。空の上の織姫と彦星には見えない、ほのかな光。けれど、私たちにとっては明るい光。
一等星のような輝きはなくとも、私たちには見える六等の瞬き。よく目を凝らして、見逃さないように。
不思議な縁で集まった小さな光を、大事に大切に。消えないように守らなくては。
「天体望遠鏡を使わなくても星が見えたわねぇ」
「ワタシのホシ、どこでしょう~。ないデスネ~」
「みな、見ろ! 天の川の真ん中で優雅に紅茶を飲む魔王だぞ!」
「ゆかい」
「どこが愉快だ。神々しいと言え」
「ゆかいすぎる。しほ、しゃしんとる」
「美しく撮るのだぞ、きとん」
「んにゃ。……とれた。しほ、みて。ゆかい」
写真を見せてくるきとんは、画面を指さしながら吹き出しました。膝から崩れ落ちます。
「こあ、ゆかい……」
「きとんのツボにはまったか。ふっ、これこそ、我の思うつぼよ」
「あらぁ、小悪ちゃんお上手ねぇ」
幻想的な世界の中、だいぶ面白い光景が広がっています。私は絨毯の上に座り、てのひらを合わせて器のようにします。眼前できらきらと光が瞬きました。
そっと器を閉じ、短冊を吊るした観葉植物に近づきます。てのひらを開き、光を注ぐと、短冊は光に照らされて願いごとを強調しました。
ぱちぱち、ぱちり。きらきら、きらり。みんなの願いごとが紙から飛び出して行くような感覚に陥ります。
大事な人たちの大事な願い。私は意図的に目を逸らし、見ないように努めます。彼女たちの願いごとを見るのは私じゃない。
遠い場所で輝く星に成就を願うつもりでしたが、どうやら違うようです。私は青い紙に書いた願いごとを脳裏に浮かべます。
『みんなが楽しく幸せに過ごせますように』
マジマジのみんな。六等星のみんな。学校のみんな。私がいる限り、楽しさと幸せをもたらせるようにがんばりましょう。
空の星に誓うのではなく、魔奇さんの魔法によって生まれた星々に誓いました。世界中なんて大層なことは言いません。まずは、私が手を伸ばした先にいる彼女たちの幸せを。
お読みいただきありがとうございました。
最終回みたいな雰囲気ですが、まだ全然終わりません。今後もよろしくどうぞ。




