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66話 水泳授業

閲覧ありがとうございます。

熱中症にはお気をつけて。


 七月に入ると、夏の暑さが本番に突入したことを実感する気温が続いていました。登校時は制服を濡らす汗が流れ、冷房の効いた教室に飛び込むことが最優先。吸血鬼の気持ちになって太陽から逃げ、やっと一息つけるのです。


 とはいえ、暑さが厳しくなればなるほど、生徒たちはきたる長期休みの気配を感じます。もちろん、一学期が終わるまでは気が抜けませんが、どことなく浮かれ気分の生徒も少なくありません。


「あっつぅ~……。信じられんくらい暑い……」


 さっそく机にへばりつく小悪ちゃんは、「つくえ……ひんやり……」と身体を溶かします。


「黒いパーカーは脱がないの?」


 私はへたるきとんに下敷きで風を送りながら訊きます。


「よく見ろ、志普。夏用のパーカーだ」

「夏用? どの辺が?」


 見る限りでは同じような。それに、真っ黒なので余計に暑く見えます。


「通気性抜群、UVカット、汗を吸収、速乾性もあるぞ。生地も薄いから暑くないのだ」


 さっき、暑いって言ってませんでしたっけ。


「しかしな、こうも気温が高いと、もう何を着ても暑いのだ」

「魔王の力でどうにかならない?」

「ふっふっふ……、よくぞ聞いてくれた。ならない」


 底から響くような笑い声をあげたのち、しゅんと項垂れました。ならないんだ。


「おはようございます、みなさん」

「おはよう、勇香ちゃん」

「今日も暑いですね」


 そう言いつつも、彼女は夏の空のような青い髪をさらりと揺らします。見ているだけで涼しくなりそうです。もしや、勇者の力?


「あ、それいいな。我もほしい」

「ハンディファンですか。手頃な価格で売っていますよ」

「今度、買いに行くかな……」


 ハンディファンの力だったようです。あれってちゃんと涼しくなるのかな。


「みんな、おはよっ!」


 冷房の為、閉めていた窓がひとりでに開き、ほうきの乗った魔奇さんが軽やかに飛び込んできました。窓はまた、勝手に閉まります。


「めっちゃ暑いね!」


 頭の上の三角帽子を脱ぎながら、やけにテンションの高い彼女。


「おはよう、魔奇さん。なんだか元気だね」

「そうかな? そうかも!」


 弾ける笑顔でほうきに引っかけていた袋をぶんぶん振りました。おや、あれは。


「今日は水泳の授業があるから嬉しいっ」

「水に入るまでは暑いじゃないか……」

「入っちゃえば涼しいよ?」

「だから、その前後が暑いって言っているのだ……」

「まあまあ、せっかくの水泳なんだから、文句言わないの」

「元気だなぁ、おぬし……」


 魔奇さんが元気いっぱいな理由は水泳の授業のようです。朝からうきうきしていた彼女は、体育の時間になると私たちを引っ張って更衣室へ。


「はやくはやく!」

「急いだってプールに入るのは授業が始まってからだぞ」

「プールサイドにいるのだって楽しいじゃん!」

「なあ、まじで元気過ぎないか? 我、困惑」

「元気がないよりはいいことです。それに、すぺるさんを見ていると夏の暑さも吹き飛ぶ気がしますよ」

「それはおぬしだけだ。きとんを見てみろ」


「しほ、おみずはいる?」「うん、嫌だったら見学する?」「ううん、しほがはいるならきとんもはいる」「そっか。無理そうだったらすぐ言ってね」「んにゃ」


「きとんさんが何か?」


 不思議そうな勇香ちゃん。


「いや、えっと、猫なのに水は平気なのか?」

「べつにいい」


 あっさりと言われ、拍子抜けした小悪ちゃんは着替え終わった魔奇さんに連行されていきました。


 脳天をじりじりと焼く夏の日差しを浴びながら、プールに入る前の運動を済ませます。帽子を被った体育の先生は、「暑いね! 暑いから授業してる場合じゃないね! 遊ぼう!」と大声で叫びます。


「はあ?」と小悪ちゃんが眉をひそめます。「いいのか、それで」


「それじゃあ、倉庫の道具も使っていいからプールに入って自由に涼んで! 途中で水分補給の時間を設けるから、声をかけたらプールから出ることー!」


 生徒たちが元気よく「はーい」と答え、水泳の授業が始まりました。てっきりプールを往復して泳ぐと思っていたので、放り出されてびっくりです。


「平良さん、一緒にビーチバレーしよっ」


 いつの間にか膨らませたビーチボールを手に、プールの中から私を呼ぶ魔奇さん。行動がはやい。


「ここはビーチじゃないぞ、すぺる」


 大きな浮き輪をプールに浮かべ、よいしょと乗る小悪ちゃん。


「じゃあ、プールバレー?」

「そんなとこだな」

「小悪ちゃんはやらない?」

「そんな元気はないのだ」


 言いながら流されていく彼女。魔奇さんは「さよーならー。さよーならー」と手を振って見送りました。


「私も参加してもよろしいですか?」

「もちろんっ。きとんちゃんもやる?」

「んにゃ。ぼーる、いつでもこい」


 思い思いにプールで水遊びをする生徒たちが起こした流れに身を任せる小悪ちゃんが視界の隅にチラつきながら、私たち四人はビーチバレーならぬプールバレーをすることに。


 胸の高さまで水があるので、なかなか動きにくいです。手が届かなかったり、頭のてっぺんにボールを受けたりしながら、火照った身体を冷やしていきます。

 涼を得るはずの水泳授業は、いつの間にか熱い戦いへ。


「スマーッシュ!」


 魔奇さんの鋭い攻撃に、私は太刀打ちできません。視界の端に飛んでいったボールに、「きとん!」と叫びます。


「まかせるにゃ」


 素早い動きで水を裂くきとん。すんでのところで手がボールに当たり、空高く舞い上がります。弧を描き、落ちていくボールの先に人はいません。


「勇者たる者、最後まで諦めるわけにはいきません!」


 言うやいなや、水の中に消えた勇香ちゃん。ボールが水面に着弾しようとした瞬間、水飛沫とともに彼女が飛び上がりました。雫が太陽に照らされ、星のようにきらきら輝きます。幼い頃、家族と見に行ったイルカショーを思い出す私。あ、また水族館に行きたいなぁ。


 ぼけっとそんなことを考えていると、飛んだ勇香ちゃんが逆さになりながらボールを弾きます。すごい身体能力です。さすが勇者。


「さあ、返してみなさい、すぺるさん!」


 主人公の笑みを浮かべ、高らかに宣戦布告する勇香ちゃん。不敵な表情で応える魔奇さんは、「あれっ?」と目をしばたたかせました。同時に勇香ちゃんも「へっ?」と呆けた声を出し、受け身を取ることなく水中に落ちていきます。


「んっ?」


 ボールが私に一直線。あれ、魔奇さんに向けたんじゃ……。


「うぐっっっ!」


 避ける暇もなく、顔面にスペシャルヒット。後ろに倒れた私は、なすすべなく水の中に沈んでいきます。


「た、平良さーーーん!」

「し、志普さーーーん!」

「し、しほーーーーー!」


 三人の悲鳴を聞きながら、私は静かに水底へ。ああ……、このまま海のもくずに……じゃなくて、プールのもくずになるのですね……。


「プールのもくずってなに⁉」


 渾身の力で生還。

 海ならまだしも、プールは嫌だ!


「よかった、平良さん生きてた!」

「申し訳ありません! 私としたことが、勇者失格です! 切腹でお詫びを!」

「しほ、ぶじ? おぼれてない?」

「だ、大丈夫だからちょっと待っ――」


 三人に飛びかかられ、耐えきれない私は再び水の中へ。んもう、道連れにしてやろうか!

 ……とまあ、そんなことをするはずもなく。


「はあ……、疲れたぁ……、へぁ……」


 プールサイドによじ登った私は、ここぞとばかりに光を降り注がせる太陽から顔を背けることもできずに仰向けになります。


「平良さん、大丈夫?」


 心配そうに顔を覗きこむ魔奇さん。だいぶ疲れていた私は、頷くこともできずに目を閉じました。


「た、平良さーーーん! 目を開けて、平良さーーーん!」

「…………」

「お願い、平良さーーーん! 死なないでーーーー!」

「……ふふっ、生きてる生きてる」


 全力魔奇さんに笑いをこらえきれず、吹き出します。


「た、平良さんっ! よかった! みんな、平良さんは無事だよ!」

「やったー!」「やったー!」


 プールの中から両手を挙げて喜ぶ勇香ちゃんときとん。やめて、笑わせないで。


「……暑さで頭がおかしくなったのか。なあ、シロツメ」


 私たちのすぐそばを流れていく一般通過小悪ちゃん。話を振られたシロツメちゃんは、プールサイドに設置された日陰、椅子の上でサングラスを軽く上げました。


「まったく、とんだ茶番ね」


お読みいただきありがとうございました。

プールでやった謎の石(?)拾いゲームが懐かしいです。

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