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65話 キャンドルナイト 後編

閲覧ありがとうございます。

何の捻りもなく後編です。


 夏至当日。午後三時。喫茶『六等星』の奥、六等星の夜。


 喫茶店とは別の入り口があるとのことで、星奈さんから教えてもらった私たちは別入口から中庭にやってきました。


「いらっしゃぁい、待ってたわよぉ」

「ミナサン、よく来てくださいマシタ」


 歓迎してくれた星奈さんと天河さん。私は近づくと、頭を下げました。


「すみません、土曜日のこんな時間に」

「いいのよぉ。あたしもキャンドルナイト見てみたかったからぁ」

「でも……、その間、お店も閉じているのでしょう」

「大丈夫デス。お客さん、全然いまセン」

「んもう、空乃ちゃんったら事実ぅ」

「事実なんかい」


 言わずにはいられなかった小悪ちゃん。


 星奈さんを先頭に、六等星の夜に入っていきます。鍵はかかっていませんでした。


 彼女が厚意で用意してくれたお菓子が並んでおり、トレイの上にはドリンクも準備されています。丁重に断ったのですが、「あたしも食べたいから!」と押し切られました。室内を満たす、ほのかな甘い香りに心が落ち着きます。


「さて、さっそく火を点けるかしらぁ?」

「はい。危なそうだったらすぐ止めてください」

「らじゃ~」


 彼女の答えを聞き、ぬくもりを感じる木製のテーブルにキャンドルを置いていきます。六個を円形に並べ、絵がよく見えるように配置しました。


「あらあら、とってもかわいいわねぇ。これ、あなたたちが描いたのぉ?」

「うむ。我の偉大なる魔王城にひれ伏してもよいぞ」

「魔王城……。そうねぇ、お城と言われればお城かもぉ」


 大人な対応をする星奈さん。小悪ちゃんは満足げに頷きました。


「えーっと、小悪ちゃんが魔王城。勇香ちゃんがマントと剣。きとんちゃんが猫。すぺるちゃんがうさぎ……かしらぁ?」

「正解ですっ! マスター、すごい!」

「わかっていただけて嬉しいです。がんばって描いたかいがありました」

「ふふー、んにゃう」


 全員分のキャンドルを眺める星奈さんは、次に私が描いたものに目をやります。


「あら、すてき。これ、四つ葉のクローバーじゃない?」

「はい」


 緑色の四枚の葉。ほとんどの人はすぐにわかるでしょう。


「それに、シロツメクサも一緒なのねぇ。うふふっ、かわいいわぁ。……あらっ、こっちはもみじね。これはどなたが描いたのぉ?」

「それも私です」


 答えると、星奈さんは小首を傾げました。


「メンバーは六人だったわよねぇ」

「はい。でも、用事があるみたいで」

「そっかぁ。残念ねぇ」


 星奈さんは、まだ見ぬもうひとりに思いを馳せるように、もみじ柄のキャンドルをそっと撫でました。


 星や月のライトを点け、カーテンを閉めます。最後に、部屋の一番大きな照明も消し、かなり暗くなった室内。


「では、点けていきますね」


 勇香ちゃんがライターで一つずつ火を灯していきます。テーブルを囲むように座る私たちの顔を、炎の揺らめきが照らしました。


 六個の点火が終わりました。六等星の夜に小さなきらめきが出現します。


「じゃあ、キャンドルナイトスタート!」


 魔奇さんの合図を皮切りに、私たちはお菓子や飲み物を配って話を始めました。といっても、トークのネタを決めているわけではないので、話題はキャンドルの絵に戻ります。


「火に照らされて、うさ之助が光り輝いているよ」

「あとで燃えるんだがな」

「小悪ちゃんの魔王城だって燃え上がるよ?」

「強そうでいいではないか」

「きとんさんの猫は火を吐いているようでかっこいいですね」

「さらまんにゃー」

「平良さんのキャンドルが一番それっぽいよねぇ。やっぱり花柄は強いかも」

「商品でもありますよね」

「チョイスがオシャレ。絵も上手だし」

「描きやすいものを選んだからそう見えるのかも」

「褒め言葉は素直に受け取るものだぞ、志普」

「えっ? ええと……、ありがとう、魔奇さん」

「どういたしまして、平良さん」


 他愛もない話は少しずつ滑らかになり、暗い部屋が表情や感情を優しく隠すようで、言葉がすらすらと出ていきます。溶けていくキャンドルのように、揺らめく炎が心を絆していくようでした。


 保護者として参加している星奈さんは、みんなが見える位置で椅子に座り、穏やかな微笑を浮かべています。その隣に待機していた天河さんは、途中から会話に加わり、またきとんに威嚇されるなどしています。


 何を話したのか、記憶にも残らないけれど確かな時間を胸に感じながら時計の針は進んでいきました。

 お菓子もだいぶ減り、カップの底が顔を出した頃。


「あっ、ねえ、みんな見て!」


 不意に、魔奇さんが大きな声をあげました。


 何かあったのかと、星奈さんが立ち上がって近寄ってきます。魔奇さんが指をさした場所に注目する私たち。そこには、私が描いたキャンドル。四つ葉のクローバーではなく、もみじのキャンドルの方です。


「溶けてきて下がってきた炎が、もみじの葉を照らして色づいているみたいに見える!」


 その言葉通り、赤く塗った葉は色を濃くし、緑に塗った紅葉前の葉は美しく変化していました。並んだ他のキャンドルの火が照らすことで、より艶やかな光沢を作り出しているようです。


「すごいですね。もしや、これを見越してもみじの絵を?」


 一緒に驚いていた私は、手と首を同時に横に振りながら否定します。


「そんなまさか。魔奇さんに言われなければ気づかなかったよ」

「キャンドルが六個あるからこその変化だなっ」


 興奮しているのか、照らされているからか、頬が赤く染まった小悪ちゃんが弾けるように言いました。


「しほ、きれいだね」


 頬ずりしてくるきとん。彼女の方に頭を傾け、炎のゆらぎを見つめます。


 気がつくと、言葉を発する者はおらず、みんな口元を綻ばせながら六個のキャンドルに意識を向けていました。彼女たちの様子を見ていると、穏やかだったはずの心にぽつりと雫が落ちた気がしました。


 とてもきれい。とてもいい時間。だからこそ、どうせなら全員がよかったな、と思わずにいられません。


「あらっ、忘れてた!」


 突然、星奈さんが手を叩きました。全員の視線を浴びながら、人差し指を立てます。


「写真よぉ。キャンドルナイトの写真。撮ってないわよねぇ」

「あっ、ほんとだ。わたしったらすっかり」

「参加できなかった子に写真を送ってあげたらいいんじゃなぁい?」


 彼女は私を見ながら言っていました。そうだ、写真!


「撮ろう、撮ろう~。あ、キャンドルを動かすなら気をつけてねぇ。カメラはあたしでいいかしらぁ?」


 写真撮影の準備を終え、カメラマンを担当してくれる星奈さんが私の携帯電話を構えながら「こっちよぉ~」と片手を挙げます。


「いくわよぉ。はい、きらりんちょ~」


 独特な合図とともに、シャッターが下りた音が響きます。


「……なんだ、今の掛け声」


 隣から訝しげな声がしました。


「この辺ではそうなの?」


 田舎出身の魔奇さんが訊きますが、私も知りません。


「きいたことにゃい」「私もです」


 顔を見合わせる二人。


「いい感じに撮れたわよぉ。喫茶店のマスター辞めてカメラマンになろうかしらぁ」

「ワタシ、また仕事探しデスカ⁉」


 楽しそうに身体を揺らす星奈さんを、天河さんは必死に「だめデス。カメラマンだめデス!」と引き留めていました。賑やかだ。


 キャンドルナイトは終わり、六等星の夜に電気の明かりが灯りました。暗がりに慣れていた目を細くしながら、片づけに入ります。


「うっ、まぶしいのだ……」

「うにゃあぁぁぁ~……」


 フードを被って光から逃げる小悪ちゃんとは裏腹に、きとんは両目を覆ってクッションに飛び込みます。いけない、この子、猫だった。


「うにゃ……しほ……」


 彼女が着ていた元私所持の上着を引っ張り、頭に被せます。


「ちょっとー、片づけするんだからどいてよ」

「なによ……。もうおしまいなの?」

「もうって、そこそこ時間経ったよ。どれだけ寝るつもり?」

「暗くてキャンドルが灯っていて、睡眠には最高のシチュエーションじゃない。定期的に開催しなさい、スペル」

「夏至のイベントって言ってるでしょ」


 動かしたクッションを元の位置に戻したい魔奇さんと、キャンドルナイト中、ずっと寝ていたシロツメちゃんがバトルを勃発させていました。動かないと主張するシロツメちゃんですが、「文句言わない」とあっさり負けていました。


 大方、片づけが終わると、「ありがとぉ~。あとはやっておくからいいわよぉ」と星奈さんが私たちを止めます。


「あと残っているのは、今日来ていないもう一人のメンバーに写真を送ることっ。いいかしらぁ?」

「明杖か。志普、我も写真ほしいから、マジマジのグループに送ってくれ」

「うん、わかった」

「もう一人は明杖ちゃんっていうのねぇ。いつか会ってみたいわぁ」


 頬に手を当てる星奈さんを横目に、小悪ちゃんがおかしそうに吹き出します。


「明杖ちゃん? マスターは変なことを言う」

「えっ、どうしてぇ?」

「明杖につけるなら、『ちゃん』ではなく『くん』の方だろう」

「えっ、えっ?」


 困惑の表情でマジマジメンバーを回し見る星奈さんは、やがて私のところで静止しました。メッセージを送っていた私は、画面から顔を上げます。


「なんで『くん』なのぉ……?」


 はて、おかしな質問をしますね。


「男子だからです」


 答えた私に、星奈さんは「えっっっっ⁉」とめちゃでかい声を出しました。


「えっ、えっ、もう一人のメンバーって男の子なのぉ⁉」


 全力で目を丸くする彼女に、魔奇さんは私に「言ってなかったの?」と小声で問いかけました。


「そういえば、言ってなかったかも」

「ちょっ、ちょっと待って。じゃあ、ええと、六人中五人は女の子ってことよねぇ?」

「そうなりますね」

「だとすると……、ううむ、そりゃあ、難しいわぁ……」


 顎に指を添えて唸る彼女。難しいってなにがですか?


「部室もここも、男の子ひとりじゃ居づらいでしょうねぇ……」

「居づらい?」

「だってぇ、他はみんな女の子なんですものぉ。高校生の男子には厳しいわよぉ」

「なにがですか?」

「えっ、志普ちゃんあなた……、もしかして気づいてないのぉ?」

「ん……?」


 小首を傾げる私に、星奈さんは「うそぉん……」と弱々しくつぶやきました。


「わたし、サークルに来ないのは用事もあるけど、それが理由かなって思ってたよ」

「我もだ。普通に考えればそうだろうし」

「教室で授業を受けるのとは別ですからね」

「んにゃあ……。しほ、てごわい」


 みんなが口を揃えて言うので、置いてけぼりになりました。どういうこと?


「志普ちゃん。女の子が五人いる状況で男の子がひとりなのよぉ」

「そうですね」

「恥ずかしいでしょう?」

「恥ず……かしい……」


 ほお、なるほど。恥ずかしいですか。ほお、恥ずかしい……。


「ハッッッ⁉」


 恥ずかしい⁉ それもそうですね⁉ なんで今までそう思わなかったんでしょう! なんでですか私! わかりません!


「気がついたぁ? まあ、でも、いつでも六等星に来てねって言っておいてねぇ」

「は、はい……」


 力の抜けた私は、やや呆けた声で答えました。重大な事実を知った気分です。そっか、そうですよね。そりゃそうだ。


「むしろ、なんで今まで気づかなったのか不思議だな」

「そう言う時もありますよ」


 後ろの方で話す二人の声が遠くなっていく気がしました。いやはや、自分が一番恥ずかしいです。シャベルで穴を掘ってダイブしたいくらいです。


 謎の脱力感に襲われていると、辛うじて持っていた携帯電話がぴろんと音を鳴らしました。そこには、写真への感謝の言葉と、若干理解しがたいスタンプ。


「これ、どんな感情なの……?」


 画面では、いかなる時も同じ表情を浮かべる謎の生命体が、愉快にダンスをしていました。

 楽しそうだからいっか。


お読みいただきありがとうございました。

キャンドルナイト、ご興味ありましたらみなさまもぜひ。

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