64話 キャンドルナイト 前編
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今日は夏至のお話です。2025年の夏至は6月21日なんだとか。
「キャンドルナイト?」
昼休み、いつも通りの人たちと昼食を食べていた時のことです。魔奇さんが身を乗り出しながら口にした言葉を私は繰り返します。
「うん。マジマジのみんなでやらない?」
「キャンドルナイトというと、夏至や冬至に行うイベントでしたっけ」
総菜が綺麗に詰められた弁当箱を持ちながら、勇香ちゃんが箸を動かします。彼女は所作の一つひとつが丁寧で、つい私も背筋を伸ばしてしまうのです。
「そうだよ。海外では夏至の行事ってかなりしっかりしているんだけど、日本じゃあまり話題にならないでしょ? でも、せっかくサークル活動しているんだし、楽しそうだなって」
「キャンドルを灯すだけでいいのか?」
チョコレートたっぷりのパンをかじる小悪ちゃん。頬にチョコクリームがついています。
「こあ、ついてる」
きとんがぺろりと舐めます。ぎょっとした小悪ちゃんは「猫にチョコは毒だぞ!」と肩を揺らしますが、当の本人は「化け猫だからいい」とどこ吹く風。
「イベントといっても、決まったルールはなし。キャンドルを点けてゆっくり話をしたりくつろいだりしたいなと思ってね」
「ゆっくりくつろぐか……。いいね、楽しそう」
「いいことだけど、最近バタバタしていた気がして。落ち着く機会も大事じゃないかな」
文化祭の準備から本番、UFO騒動に続いて第二活動場所の獲得。だいぶ目まぐるしい日々だったように思います。一度、ほっと息をつくのもいいかもしれません。
「あと、キャンドルに絵を描きたいの」
「ほお、そんなことできるのか?」
「キャンドル自体に色や柄をつけるのは作る時からやるんだけど、表面だけならアクリル絵の具でもできるってネットに書いてあったよ」
「ちょっとした工作ですね。準備も簡単そうですし、ぜひやりましょう」
「やった!」
ガッツポーズする魔奇さんですが、ひとつ気になることがありました。
「キャンドルに火を灯すってことは、引率の先生がいないとだめじゃないかな」
「インソツノセンセイ……?」
上手く変換できていない様子。
「学校で火を使うなら教師の許可が欲しいと思うよ」
「それは顧問の先生……あ」
何かに気づいたようです。
「マジマジに顧問はいないぞ?」
「暇そうな先生っているかな……?」
「大抵の先生は部活やサークルの顧問ですし、掛け持ちの人もいます。なかなか厳しいかもしれませんね」
「親を学校に呼ぶわけにもいかないし」
頼めば来てくれそうな母ですが、学校に入れません。
「しほ、ろくとうせい」
クリームを落とさないか小悪ちゃんを監視……もとい、観察しているきとんが耳を揺らします。あ、また三角耳が出てる。
「そうだよ! こういう時の六等星の夜!」
「気持ちはわかるが、火を使うならマスターの許可を得ねばな」
「私、連絡してみるよ」
星奈さんと出会った日、今後の為にと連絡先を交換しておきました。片手でメッセージを打ち、送信します。
「だめだったら、火を使わない電気のキャンドルとか――」
ぴろん。軽快な音とともに、『星奈さん(六等星マスター)』の欄に新着メッセージが出現します。返信早いですね。仕事しているのでしょうか。
「きた? マスターはなんて?」
さらに身を乗り出す魔奇さん。
「えっと……。『いいわよぉ~。一応、念の為にあたしもその場にいさせてもらうけど、邪魔はしないから許してねぇ』だって」
「やったぁ!」
先ほどよりも大きなガッツポーズ。
「ふむ。これで場所の確保はできたな。そのキャンドルナイトやらはいつやるのだ?」
「夏至のイベントだから、できれば夏至の日?」
「今年の夏至は今週の土曜日です」
どのみち、学校は休みでしたね。顧問がいない状態で、学校で活動する場合は事前に許可を得る必要があります。少々面倒なので、これまでやってきませんでした。
「時間はどうするのだ?」
「本当は夜がいいけど、部屋を暗くすれば昼間でも大丈夫」
「では、昴さんがよい時間に合わせましょう」
勇香ちゃんが目配せしてきます。
「わかった。連絡しておくね」
こうして、開催場所は確保できたので、次は大事な道具についてです。
「キャンドルの絵はいつ描く?」
「今週中に部室で描けばいいと思う。アクリル絵の具はキャンドルと一緒にわたしが持って行くよ」
「用意がいいではないか」
感心する小悪ちゃんに、魔奇さんは朱に染まった頬を逸らします。
「ま、まあね……。えへへ……」
「すぺるさん、絵の指定はあるのですか?」
「ううん。好きな絵ならなんでもよし!」
だいぶ話がまとまってきた時、ふと思うことがありました。
「魔奇さん、用意してあるキャンドルっていくつ?」
「えっ? マジマジ人数分だから、六個だよ」
当然のように言うので、気づかれないように安堵の息をはきました。よかった、ちゃんと六人だ。
「もしかして、名誉部員のことを忘れていると思った?」
図星の為、咄嗟に肯定も否定もできません。
「そりゃあ、まだ一度も活動に来てはいないけど、忘れてるわけないよ」
「うん。ありがとう、魔奇さん」
「あいつのキャンドルはどうするのだ? すぐいなくなるから捕まえるのが難しいぞ」
「そっちも私が連絡してみるね」
「うむ。よろしく頼む」
そんなこんなで、翌日以降、私たちは部室でキャンドルに絵を描くことになったのでした。
机をくっつけ、大きな作業台を作ります。魔奇さんが持参したアクリル絵の具を共有しながら思い思いに飾り付けていく放課後。
「どうしよ! 結構難しいかも」
「何を描いているのだ?」
「三角帽子を被ったうさ之助と巨大なお城」
「よくわからんが、題材は描きやすい方がいいと思うぞ」
「そう言う小悪さんもお城のようなものが見えますが」
「これか? 魔王城だ。我の実家だぞ。魔界の配下たちも描いた」
「しろ、ちがう。これはこや」
「小屋とはなんだ、小屋とは! おぬしのも見せてみろ――うま! きとん、おぬし絵がうまいな」
「うにゃう。猫だから」
「関係あるのか、それ?」
賑やかな彼女たちの会話を作業の音楽にし、私は緑色の葉を描いていきます。まだ見つけたことのない四つの葉。小さな白い花がキャンドルに散らばっていきます。
すぐ隣に置いたままの携帯電話。メッセージの新着通知はありません。知らずのうちに出ていた落胆の息を吸いこみ、指先に集中します。その時。
「……あっ」
ぴろんと音がしました。すぐさま筆を置き、画面を確認します。
「…………」
数秒後、携帯電話を机に戻し、筆を持ち直しました。
「しほ、れんらくきた?」
耳のよいきとんがこちらを振り返ります。
「うん。でも、用事があるって」
「学校がある日でもなく、土曜日開催だからな。いつもより難易度も高いだろう」
「だね。じゃあ、みんなでやるのはまたの機会に」
言いながらそっと私を見た魔奇さんは、静かに微笑みました。優しく頭を撫でるような微笑に、私も頬を緩めます。
「魔奇さん、もうひとつキャンドルもらってもいい?」
「もちろん。どうぞ」
手渡された真っ白なキャンドル。
私は脳裏に浮かべていた絵を描いていきます。出来上がったそれは、想像以上にうまくできたと思います。見てくれる人が、ひとり足りないことが残念でした。
お読みいただきありがとうございました。
前編があるということは、次回は中編か後編か前編パート2のどれかです。




