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63話 かさをかいに

閲覧ありがとうございます。

梅雨の話なのですが、ニュースから梅雨明けというワードが聞こえたり聞こえなかったり。聞かなかったことにしてお読みください。


 文化祭の賑やかな空気と熱を冷ますように、ここ数日は雨の日が続いていました。いつの間にか梅雨ですね。


 休日の雨は読書にぴったりなのですが、今日は曇り。私は複数の店が隣接するエリアにいました。以前、きとんと買い物に来た場所です。


「あ、平良さーん、きとんちゃーん、おはよー」


 手を振りながら駆け寄って来る魔奇さん。


「おはよう、魔奇さん」「おはよ、すぺる」


 合流した私たちは、さっそくお店の方へ。本日の目的はというと。


「魔奇すぺる、遂に傘デビューですっ」

「気に入ったものが見つかるといいね」


 梅雨の時期なので、おそらく一番傘が売られているのは今でしょう。お気に入りと出会うには絶好の機会です。


「きとんちゃんも傘を買うの?」

「んにゃ。きとん、かさもってない」

「そうなの? じゃあ、今まで雨の日はどうしてたの? わたしは雨避けの魔法があるからいいけど、きとんちゃんは濡れちゃうよね」


 もっとも至極な疑問に、きとんは「びしょびしょ」と答えます。魔奇さんが『嘘でしょ?』とこちらを見ますが、私は渋い顔をするしかありません。


 そういえば、きとんを拾った日も、彼女は雨に濡れていましたね。

 ホームステイするようになってから、雨の日は家にある予備の傘を使ってもらっていましたが、せっかくなので買いに来たのです。


「どんな柄がいい?」


 なんとなく想像はつきますが、念のため訊いてみます。


「猫がいい」


 案の定、脳内に浮かべていた通りの答えが返ってきました。


「猫は人気だから、色も形もたくさんあると思うよ」

「すぺるはなににする?」

「わたし? そうだなぁ……、あっ、花柄がいいな」


 少し迷った様子の魔奇さんは、視線を彷徨わせて私を見つけると、笑顔でそう答えました。花柄なら困るくらい種類があるでしょうね。


 軒先まで商品が広がるお店を見つけ、入店します。色とりどりの傘が店内を満たし、さながら花屋のようです。


「すごい、傘にも種類があるんだね。これなんて、台風にも負けないんだって!」

「テレビで観た傘ごと吹き飛ばされる人にぴったりだね」

「平良さん、そこまでいったら傘はささない方がいいかも。魔法使いも空を飛ぶのをやめるよ」

「台風に対抗する魔法はないの?」

「探せばあると思うけど、なんで平良さんは戦う気なの……」


 怖いからやめてよう、と嘆く魔奇さんの斜め下では、きとんがしゃがみ込んだまま動きません。


「いいの見つかった?」

「しほ、猫いっぱいある」

「ほんとだ。猫柄コーナーが作られてる」

「大人気なんだねぇ。空から見てても猫柄の子、たくさんいるよ」


 思い出したのか、彼女は口元に手を当てて微笑みます。

 私が見ることのできない空の世界。もちろん、高い建物の上から見下ろせば似た景色は見られるでしょうが、ほうきに乗る彼女とは明らかに異なるのです。想像だけでは、少しさみしいですね。


「折りたたみ傘ってこんなに小さいんだ?」

「コンパクトなものが増えてきたからね。鞄に入れておくのにちょうどいいよ」

「よし、折りたたみも買おうっと」


 店の奥にある折りたたみ傘コーナーに消えていく魔奇さん。私は傘を買う予定はありませんが、気になったものを手に取ってみます。


「この赤色きれい……」


 ご自由に開いてみてください、と書かれた案内を見て、傘をゆっくりと開きます。目を見張るような鮮やかな赤色が開花しました。少々太い持ち手は感じたことのない手触りで、重量感があります。


 商品説明のポップには『番傘』と書かれていました。持ち手は竹、雨を遮る部分は和紙なのだそうです。傘なのに紙を使うのかと驚きましたが、耐水性を高めるために油が塗られているとか。番傘の説明を読みながら、知らずのうちに「へぇ……」と声が出ます。


 持ち手に力を入れ、軽く回してみると、美しい赤がふわりと広がるような気がしました。魔奇さんは髪が真っ白だから、赤色が映えるんじゃないかな。


「わっ、平良さん、その傘似合うね!」


 ふいに隣から聞こえた声に振り返ると、「あぶなっ……いよう……」とてのひらガードをする魔奇さんの姿が。


 傘をさしながら向きを変えたので、先端が魔奇さんに激突するところでした。申し訳ない。


「ごめんね、当たってない?」

「うん。わたしも急に声かけてごめん。それ、番傘? アニメで観たことある」

「そうだよ。見て、ここの部分、和紙でできているんだって」

「傘なのに紙? すごい!」


 驚く彼女。私は先ほどの言葉が気になって傘をゆらりと動かします。


「平良さん、その傘買うの?」

「ううん。気になって見てただけ」


 魔奇さんに似合うと思って、とは言えませんでした。


「そっか。平良さんに似合うと思ったんだけどなぁ」


 再び言われ、ぽかんと彼女を見ます。魔奇さんは人差し指を立てながら「古き良き和風少女って感じだったよ」と笑顔を浮かべました。


 古き良き和風少女……。日本人形のことでしょうか?


「人里離れた大きな屋敷。雨が降る中、迷い込んだ少女が見つけたのは真っ赤な番傘をさすひとりの少女……。出会った二人は陰謀渦巻く大事件に巻き込まれていく!」

「アニメのあらすじ?」

「ううん。いま想像してみた」


 私、屋敷に住んでいる方なんだ。ちょっと意外。


「でも、普段使うには緊張しちゃうかも。特別な時の傘って感じがする」

「そうだね。お値段も高そう……わぁっ」

「どうしたの……ひゃあっ」


 想像よりもゼロが一つ多かったので、震える手で閉じるとその場を去りました。魔奇さんは持っていた二本の傘を買う為、「ひゃああぁぁ……」と悲鳴をあげつつレジへ。

 きとんを探しますが、先ほどの場所に姿はありません。別のコーナーを見ているのかな。


 レジに向かう魔奇さんについていき、店の奥へと進みます。きょろきょろと首を動かしていると、レジに行ったはずの魔奇さんが「平良さん、ちょっと来て」と小声で呼びました。


 ついていき、商品棚の端から顔を出すと、


「これ、ください」


 少々高めのレジに傘を置くきとんの姿が。背伸びをしても、店員には頭の上しか見えていないでしょう。


「なんか心配になっちゃって。大丈夫かな?」

「買い物は初めてじゃないと思うけど……。でも、うちに来てからは私が会計してたよ」

「はじめてのおつかい説ある?」


 ハッと顔を上げ、真剣な眼差しで頷きます。「あるかも」


「フォローしに行った方がいいかな?」

「……少し、ここで見守ってみるよ」


 レジに座っている店員は、だいぶ高齢そうなおばあさんでした。「はい、いらっしゃいね」と傘のバーコードを読み取ります。「千五百円ですよ」


 きとんはポーチから財布を出し、「せんえんさつ。ごひゃくえんだま」とカルトンに乗せていきます。


「おかねある?」


 おばあさんからすると、身長や話し方的に小さな子が買いに来たと思うはずです。案の定、「はい、ぴったりですよ。ひとりでおつかいかい? 偉いねぇ」と言われてしまっています。


「これはレシートですよ。傘はちゃんと持てるかい?」

「んにゃ。ありがと」


 手を伸ばして傘を受け取るきとんは、ひとりで買い物ができたことが嬉しかったのか、「うにゃっ!」と満足げに言いながら耳を出しました。人間の耳ではなく、三角耳の方を。


「あっ」「はっ!」


 私と魔奇さんが同時に声を出しました。


 頭の上に生えた三角耳は、ちょうどレジの台から飛び出る高さです。つまり、おばあさんからすると、猫の耳だけばっちり見えている状態。


 固まった私たちのことなど露知らず、きとんはレジを後にします。横にスライドしていく三角耳を追うおばあさんは、しばらくの後。


「あらまあ、うふふ」


 しわの多い頬を綻ばせて身体を揺らしました。


 見守っていた保護者二人は、ゆっくりと顔を見合わせます。


「わたし、似たような絵本知ってる」

「奇遇だね。私もだよ」

「猫じゃなくて狐だし、傘じゃなくて手袋だけど」

「まあ、無事に買えたみたいだからいっか」


 そして、息をはきながら笑顔を浮かべる私たち。


「なんか、いいもの見たね」

「ほんと。あったかい気持ちになった」

「心に沁みるね」

「今日はいい夢みられそう」


 穏やかに言う魔奇さん。


 彼女の言葉を聞いたからでしょうか。私はその夜、うさぎになって本を買いに行く夢をみました。買った本は絵本で、魔法使いの女の子と出会い、素敵な冒険をする物語でした。


お読みいただきありがとうございました。

そろそろ新しい傘が欲しいなと思ってから三年が経った天目です。光陰矢の如し。

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