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62話 六等星の秘密基地

閲覧ありがとうございます。

秘密基地ってどきどきしますね。


 テーブルに戻った私を確認し、星奈さんが先ほどの扉に全員を案内します。鍵を開け、野外に出ます。後ろで魔奇さんが「秘密基地みたい」と感嘆の声をこぼします。


 家の鍵はかかっておらず、すぐに開きました。心地よい鈴の音が響きます。


「どうぞぉ、入ってちょうだい」


 優雅に示された室内は、周囲が緑に覆われているからか、昼間でも薄暗いものでした。ふと、蛍の光のような淡い黄色が足元に灯ります。


「うふふっ」


 星奈さんが点灯していくのは月や星の形をしたライト。無数に散らばるそれを点け、最後に星々が連なったシャンデリア風ライトが光ります。


 一気に明るくなった室内は、先ほどの喫茶店よりもおとぎ話に入り込んだ気分にさせる場所でした。ぬくもりを感じる絨毯や木製の家具、棚に鎮座するのは日本語ではない言葉の本たち。


「好きに見ていって」


 椅子に座った星奈さんに見守られ、私たちは高揚感に突き動かされるまま家に上がりました。


 絵本に出てくるプリンセスや小人の置物。不思議な形の家具。あちこちで灯る淡い光。鼻をかすめる木の香り。小物も可愛らしいものばかりでわくわくします。部屋の隅にあった大きな望遠鏡は本物かな?


 ゆっくり観察していると、室内の奥に他とは遮られたスペースを見つけました。そこだけ畳が敷かれ、どこか安心する空気が漂っています。ひとりでゆっくりしたい時や読書の時は最適ですね。


「どうかしらぁ?」


 部屋に散らばった私たちに問いかける星奈さん。

 ちょうど戻ってきていた私が「とても素敵です」と答えました。


「久しぶりのお客様で『六等星の夜』も喜んでいると思うわぁ」

「六等星の夜?」


 そんな曲あったな。


「そう。離れみたいなものよぉ。お客様を呼んでパーティーしたり、お茶会したり、話をしたり、のんびりしたり……。向こうはいろんな人が来るけれど、こっちは個人的な場所。だから、秘密基地みたいなものねぇ」

「久しぶりというと、今は使っていないのですか?」

「えぇ。もうずいぶん長いことねぇ。お掃除はしているから綺麗よぉ?」

「どうして使わなくなった……んですか? こんな素敵な場所なら、月いくらで貸すこともできると思うのですが」

「そうねぇ……」


 星奈さんは丸く開いた天窓を見上げます。そこから入る木漏れ日が室内をほんのりと照らしています。


「ここは特別な場所だったから、むやみに人を入れたくなかったのかもねぇ」

「……私たちは」


 めちゃくちゃ入っているのですが……。


「あなたたちはねぇ、なんだか『いいな』って思ったの。青春真っただ中よねぇ~」

「高校一年だからでしょうか?」

「若いわねぇ。めっちゃ羨ましいわぁ」


 すっと真顔になる星奈さん。


「ねえ、平良志普ちゃんだっけ?」

「はい。志普でいいですよ」

「じゃあ、志普ちゃん。ひとつ提案があるのだけれど……」

「なんでしょう?」

「あなたたちさえよければ、ここをまじかる……ええと、サークルの活動場所にしてみない?」

「えっ?」


 思いがけない言葉に、驚いて木製の椅子に足をぶつけました。痛い……。


「サークルの活動場所……ですか?」

「そう。六等星の夜はもう使わない予定だったけれど、さっき気が変わったの。まじかるなあなたたちの憩いの場であり、思い出の場であり、逃げ場所にもなるところ。ここならきっとなれると思ってねぇ」


 確かに、学校が閉まっている時の活動場所は決まっていません。まだ外部での活動がないので問題ではありませんが、いずれは必要になるでしょう。そうでなくても、学校や家以外に心を落ち着かせられる場所は、波の大きな時代にいる私たちにとって……。


「本当にいいのですか?」

「もちろん。それに、秘密基地はひとつくらい持っておくものよぉ?」

「……はいっ!」


 そこまで言われたら、断る理由なんてありません。私は散らばるみんなを集め、星奈さんの提案を伝えました。


「マジマジの第二活動場所⁉ ここを? いいの?」

「月いくらだ?」


 一瞬で喜ぶ魔奇さんとは対照的に、小悪ちゃんがぬいぐるみを抱きしめたまま目を細めます。現実的な人ですよね。


「タダよぉ。学生からお金なんて取らないわよぉ」

「代わりに喫茶店で働けということか?」

「まさか。気が向いて手伝ってくれるのは大歓迎だけれど、強制なんてしないわぁ」


 働いた時はお金を払います、ときっちり付け加える星奈さん。


「しほ、ここぬくぬく……」


 身体を丸めたきとんがクッションの上で目を閉じています。あのまま放っておくと寝ます。


「シホサン、ロクトウセイに来てくれるのデスカ?」


 駆け寄ってきた天河さん。

 きとんの目が一気に開きました。番犬みたい。


「ちなみに、まじかるなまじ……サークルの人数はどのくらいいるの?」

「マジカル☆マジカルです。五人ですよ」


 魔奇さんが答えますが、その隣で私が「六人だよ」と訂正します。


「えっ、誰が入ったの?」

「きとん」


 いつの間にか私と天河さんの間に仁王立ちする少女が宣言しました。


「わお、いつの間に」

「ごめん、言い忘れてた。きとんが学校に来た日に届出を提出したんだよ」

「そうなんだ。謝らないで。もうずっとメンバーみたいなものだったし」

「六人というと、あと二人いるのよねぇ。その子にも伝えておいてくれるかしらぁ?」

「はい。あ、ひとつ質問が」


 魔奇さんがクッションですぴすぴ寝ているシロツメちゃんを指さします。


「今更ですけど、ペットオーケーですか?」

「アレルギーがなければオーケーよぉ」

「よかった。ありがとうございます」


 あんまり離れられないんでしたっけ。ペット不可だと魔奇さんが六等星の夜に来られませんもんね。


「あ、そうそう。これも渡しておくわねぇ」


 一人ひとりに手渡されたのは一枚の紙。喫茶『六等星』のチラシでした。


「お店の場所と連絡先が載っているから、保護者の方に渡してねぇ。あと、あたし個人の連絡先も書いておいたから、いつでも頼ってちょうだいな」


 至れり尽くせりで、なんだか申し訳なくなってきました。何かお礼をしないと気が済みません。


「あの……、私にできることがあれば言ってください。掃除でもお手伝いでも」

「へぁ?」


 呆けた声を出す星奈さんは、くすくす笑うと、とても優しい笑みを浮かべました。


「いいのよぉ。こどもは大人に守られる存在なんだから。あたしにも守らせてちょうだい」


 その眼差しがあまりに慈愛に溢れていたので、「ここで手伝わせてください」とは言えませんでした。喉まで出かかった言葉がじわりと溶けていき、形を失います。


「一人ひとりは小さな星。でも、集まれば星団にもなれる。たとえ弱い輝きでも、誰かに届くのよ。だから、いつでもいらっしゃい。ここは六等星が隠れる秘密基地。あなたたちを守る優しい箱庭なんだから」


 頭に感じるてのひらのぬくもり。誰かに撫でられたのはいつぶりでしょうか。もうずいぶん長いこと、感じていなかったものです。大人になったと思っていましたが、どうやら違うようです。


 妙に恥ずかしく、やけに嬉しくて、私は俯いた顔を戻すことができません。そわそわするくらい温かな空気を壊したのは、遠くから聞こえたよく響く声。


「お、やっと来たか」


 小悪ちゃんが扉を開けました。数秒後。


「みなさん、こんなところにいたのですね! 空乃さん、お仕事は見つかりましたか!」


 髪に木の枝が刺さり、顔は泥に汚れ、服がところどころ破れている勇香ちゃんが声量を間違えながら入ってきました。


「あらぁ、ワイルドだわぁ」


 愉快そうな星奈さん。


「見つかりまシタヨ! ワタシ、ここで働きマス」

「ほんとですか! それはよかったです!」

「勇香、ちと声を落とせ」

「あ、失礼しました」


 頭を下げる勇香ちゃん。木の枝がぽろりと床に落ちます。


「その恰好、どうしたの? ケガはない?」

「迷子を探し、排水口に落ちた猫を助け、スピード違反の車を警察に引き渡してきたのです。ケガはありませんよ」


 トラブル起こりすぎじゃない?


「あなた、すごいわねぇ。かっこいいっ」


 星奈さんに褒められ、勇香ちゃんは「これくらいは普通です」と言いつつも胸を張ります。


「勇者ならば当然のこと」

「あなた、勇者なのぉ? あらまぁ!」


 驚く星奈さんが意外だったのか、勇香ちゃんは小首を傾げながら私たちを見ます。


「ここには魔女も魔法生物も魔王も化け猫もいますし、珍しくはないかと」


 彼女以外が『あっ』と顔に浮かべます。勇香ちゃんが『ん?』と顔に浮かべました。


「なんですか?」

「いや、別に……。まあ、いいか。隠しているわけではないからな」


 やれやれと頭を掻く小悪ちゃんは、「な?」と魔奇さんに視線をやります。


「そうだね。ここを使うなら、どのみち話そうと思っていたし」

「わるいひとだったら、こまるけど……」


 きとんがゆっくり星奈さんを見ます。彼女はわなわなと震え、がくがくと震え、ぷるぷると震えています。やがて。


「魔女と魔法生物と魔王と勇者と化け猫⁉ 超ファンタジーじゃないのぉ! うそ、やだ、絵本の世界? お金かけて作ったから神様からのご褒美ってこと? きゃー、わくわくが止まらないわぁ!」


 全力で全身で喜びを表現していました。


「あっ、どうしよ。嬉しすぎて心臓が痛くなってきたわぁ」


 怖いこと言わないでください。


「えっ、ちょっと待って。じゃあ、もしかして、志普ちゃん……」

「なんです――えっ?」


 肩をがしりと掴まれました。な、なに?


「志普ちゃん、怖がらなくていいのよぉ……」

「な、なにがですか?」


 夜の空に似た紺色の瞳が私を見つめます。きれいだなぁ。


「志普ちゃん、あなたもそうなんでしょう……?」

「そう、とは?」


 彼女はカッと目を開きます。


「あなたも不思議なものがあるんでしょう⁉ 言っちゃっていいのよぉ!」

「…………ほあ」


 い、いやいやいやいや。私は首を横に振ります。


「私は何の変哲もない人間ですよ」

「うそぉ……」

「嘘じゃないですよ。たいして取柄もない平凡な高校生です」

「平凡も素敵よぉ? 普通って素晴らしいんだから」


 苦しいフォローかと思いましたが、彼女は真剣に言っていました。ありがたいですね。


「平良さんの不思議なもの、わたし知ってるよ」


 突然、魔奇さんが手を挙げました。


「我もだ」


 小悪ちゃんまで。


「ほらっ、やっぱりあるじゃない! なあに?」


 うきうきで訊く星奈さんに、二人は声を揃えてこう言いました。


「じゃんけんが強い」


お読みいただきありがとうございました。

『三角帽子とシロツメクサ』を見つけてくれた読者様は六等星も見つけられると思います。

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