61話 喫茶『六等星』
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喫茶店で創作するのが夢です。実際はいえつむりです。
私が突然就職願いを出したことで、とりあえず落ち着いて何か飲み物でも、と女性は店内に招き入れてくれました。扉にかけかれたプレートは『CLOSE』のまま。
「コーヒーと紅茶ならすぐ出せるけど、みんなどっちがいいかしらぁ?」
ご厚意に甘え、それぞれ希望を言い、女性はキッチンの奥へ。恥ずかしさと急な展開に脳が混乱している私は、謎の汗が流れるのを感じながら椅子に座りました。
「こ、このお店かわいいねぇ。見て、窓際に小人の置物があるよ、平良さん」
「こ、こっちには星に顔がついているぞ。ほら、見てみろ志普」
二人が懸命に慰めようとしてくれているのは承知していますが、己の無遠慮さに打ちひしがれている私は応えることができません。あまりに恥ずかしい……。
「シホサンのオジギ、スバラシカッタデスネ! あれが本場のオジギ!」
「おまえ、くうきよめ」
辛辣なきとん。
「デモ、お店入れまシタネ。シホサンのおかげデス」
「だいぶ強引だったけどね……。お店閉めるって言ってるのに働かせてほしいとか……」
どんどん俯いていく私。空気越しに慌てる彼女たちを感じました。
「お待たせ。ホットだからゆっくり飲んでねぇ」
五人分の飲み物を軽やかに運んできた女性は、少し離れたカウンター席に腰かけます。自分の手元にもコーヒーが置かれていました。
「さて、さっそく話を聞かせて欲しいのだけれどぉ……、まずは自己紹介ね。あたしは星奈昴。ここ、喫茶『六等星』の店主よぉ。常連さんにはマスターって呼ばれていたから、お好きに呼んでちょうだいねぇ」
おっとりとした口調。どこかふわふわした雰囲気の女性はそう名乗りました。
私たちもそれぞれ自分の紹介をし、あのような失態を犯した経緯を話すことに。
「……ふむふむ、天河空乃ちゃんは宇宙人で、船であるUFOが壊れちゃったから、直るまでお金を稼ぎつつ地球に住みたいと。色々当たってみたけれど全敗で、偶然見つけたウチが条件に適していたものだから、湯屋みたいなセリフが出てしまったわけねぇ」
「うっっっ……!」
胸を抑えて苦しむ私。稲妻が落ちる魔奇さん他。
「本当にすみません……。不躾にあんなことを……」
「ああ、いいのよぉ。気にしないで? あたしの店は人員不足だし、募集しても集まらないしで、願ってもみないことなの。だから、天河さんがよければぜひっ」
「こやつ、宇宙人で履歴書ないし戸籍もないしよくわからんやつだが」
「犯罪歴がなければ基本オッケーなのぉ」
「緩すぎんか?」
小悪ちゃんって魔王の割には感覚が常識人ですよね。
「まあ、雇う側が言うのであれば、我らに止める理由はないな」
「住み込みじゃなくてもバイトは募集中よぉ?」
星奈さんの鋭い視線が小悪ちゃんに注がれます。彼女は気づかないフリをしてそっぽを向きました。
「色々事情があることは理解できた。世の中はそんなに甘くないけれど、ちょっとくらい逃げ場所があってもいいと思うのよぉ」
「逃げ場所というと、ここは隠れ家のような、秘密基地のような感じですね」
大通りから外れた場所に位置し、緑に覆われたレンガ造りの家。迷い込んだ者の前にだけ咲く花は秘密めいています。
「でしょう? おとぎ話とか絵本とか、そういうものをイメージして作ったのよぉ。伝わって嬉しいわぁ」
「魔王や魔女がいる前でおとぎ話と言われてもな」
小悪ちゃんが小声で口角をあげます。先ほどの自己紹介時、素性を明かしたのは天河さんだけです。隠すことでもないそうですが、様子を見るのでしょう。
「それにしても、みんな今日はお休みなの? 月曜日よねぇ」
「文化祭の振替休日なんです。すぐ近くの不津乃高校の」
「あらっ、懐かしい響きだわぁ。あたし、不津乃高校の出身なのよぉ」
「じゃあ、私たちの先輩ですね」
「かなーり、ねぇ」
妖艶な笑みを浮かべたと思ったら、「年齢は訊かないでぇ……」と縮んでしまいました。見た感じはお若そうですけど……?
「お休みの日にみんなでバイト探しなんて、仲良しなのねぇ」
「同じサークルの所属なんです。マジカル☆マジカルっていう」
「まじかるまじかるぅ……?」
目が点の星奈さん。予想外だったのでしょうか。
「若いっていいわねぇ……。あたしにはとてもつけられない名前だわぁ……」
「ほめてる?」
紅茶をちびちび飲んでいたきとんは首を傾げます。
「褒めてるわよぉ。とっても素敵。どきどきしちゃう!」
元気そうな星奈さんを見て安心した私は、少々花を摘みに行きたくなってきました。紅茶飲みすぎたかな。
席を立ち、遠慮がちに「あの……」と言いかけると、察した星奈さんが「この先を右に曲がって、突き当りも右に曲がるのよ」と小声で指示してくれました。会釈して店の奥へ。
言われた通りに進み、通路を歩いていると、突き当りに到着しました。ええと、ここを右でしたよね。
曲がりかけた時、つい反対側も気になって視線を向けました。
木製の扉は野外で、レンガの道が続いています。その先に中庭があり、もう一軒家が建っているようでした。喫茶店よりも外観はおとぎ話に出てきそうなもので飾られ、ほのかに光る星型のライトが可愛らしくもどこか怪しい。
行ってみたいけれど、行ったら帰れない不思議な感情に襲われ、家から目を離すことができません。息すら忘れて凝視していた、その時。
「見たわねぇ~……?」
「わあっ⁉」
耳元で囁かれた低い声。心臓が口から飛び出ました。あ、比喩です。一応。
身体が縦方向に跳ね上がり、すとんと地に落ちました。慌てて振り返ると、そこには口元に手を当てて楽しそうな星奈さんの姿が。
「ごめんなさいねぇ、つい」
「あ、いえ……。私の方こそすみません。敷地内をじろじろ見てしまって」
「あらぁ、いいのよ。あの家が気になるのでしょう?」
「ええと……」
嘘をつく必要もないので「はい」と首肯しました。
「お手洗いが済んだらいらっしゃいな。まじかるな彼女たちと一緒に案内してあげるわぁ」
そう言って微笑む彼女は、無邪気な少女のように頬を染めていました。
お読みいただきありがとうございました。
星奈さんor六等星マスターor年齢不詳のお姉さんのご登場です。ずっと若者だけだったのでインパクトがあったりなかったり。




