60話 空乃の家探し
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家なき子、天河空乃。
文化祭が終わり、今日は振替休日です。祝日ではないものの、不津乃高校はお休みなのでのんびりと本でも読もう……と思っていたのですが。
「あ、平良さーん。こっちだよー」
「待たせてごめんね」
「ううん。それより、お休みの日なのに呼び出しちゃってごめんね」
「彼女を引き入れたのは私だから、謝らないで」
しかし、魔奇さんのそばに本日の主役がいません。
「肝心の天河さんがいないみたいだけど」
「いるよ。ほら」
魔奇さんが指さした方には、両手いっぱいにハンバーガーを持つ天河さんの姿が。頬にソースをつけて満面の笑みです。
「天河さんって食べるのが好きなのかな」
「かなぁ。おいしそうに食べるから、こっちまでお腹すいてきちゃう」
困ったように笑いながら、魔奇さんと一緒に彼女の元へ。
「あ、シホサン! こんにちはデース」
「こんにちは、天河さん。私たちで家探し手伝うよ」
「感謝しマス。もうお金なくなりまシタ」
「そんだけ食べればなくなるだろう」
ウエットティッシュを準備して待ち構える小悪ちゃん。顔に『呆れた』と書いてあります。
「勇香ちゃんは?」
「さっきまでいたが、困っている人を見つけて飛んでいった。放っておいていいぞ。それにしても、まだきとんは警戒しているのか?」
「んにゃうぁ……。せっかく、しほおやすみ……」
「あ、これは怒っているだけだよ。気にしないで」
天河さんの仕事兼家を探すからと外出の支度をしている時からこんな感じです。
来なくてもいいと言ったのですが、「しほまもる」と聞きません。仕方ないので、背中にへばりつくきとんをカイロにして合流したのでした。ぬくい。でもちょっと暑い。
「じゃあ、とりあえず求人を出している住み込みバイトに突撃しよっか」
魔奇さんが携帯の画面を掲げます。
「アポなしで大丈夫かな?」
「事情も事情だし、当たって砕けるしかないよ」
「勇ましいね」
飲食店に吸い込まれそうになる天河さんの首根っこを小悪ちゃんが掴みつつ、住み込みで働ける求人を訪問する私たち。
何か所か巡りましたが、結果は決まって「ごめんね」。
「履歴書もないし、宇宙人だし、地球に家ないし、戸籍ないし、なかなか難しいかも」
「我でも怪しくて採用しないぞ」
「魔王に言われたら終わりだね」
「魔女にも言われたくないわ」
「困りまシタネ……、戸籍ギゾウしていいデスカ?」
「だめに決まっているだろう。閃いたって顔で言うんじゃない」
「残念デス。どこかにウチュウ人でも気にしないというヒト、いるでしょうカ」
「いっそ、誰かの家に居候するのはどう?」
魔奇さんが人差し指を立てますが、賛同する人はいません。
「……言い出しっぺの法則」
小悪ちゃんがぼそりと言いました。
「う、うちは無理だよう。一人暮らしだし、狭いし、すでにやかましいのがいるし」
「誰がやかましいですって?」
「あ、起きてたんだ」
けろっとした顔の魔奇さん。
「いつも昼寝しているわけじゃないわ。ともかく、うちはだめよ。この半人前を鍛えないといけないから、他人の面倒まで見ている暇はないもの」
「我も無理だぞ。理由はまあ、色々だ」
私の家も無理でしょう。すでにきとんがいますし、なにより彼女が天河さんのことをあまり良く思っていない様子。天河さんには申し訳ないですが、きとんの負担になることは避けないといけません。
そう思い、口を開こうとした時でした。私の後ろにいたきとんが「だめにゃ!」と鋭い声をあげました。
「ぜったいだめにゃ、しほ」
「う、うん。さすがに二人は無理だから」
そんなに苦手なのかな……。クラスメイトたちからは『猫ちゃん』と呼ばれ、あれやこれやと甘やかされているのを知っているので、ここまで敵意をむき出しにする彼女には驚かずにはいられません。
「アラアラ、デスネー」
怒るわけでもなく、ただ頬に手を当てる天河さん。うーむ、どうにかしたいのですが、今は仕事を探す方が優先です。
「魔奇さん、他に求人を出しているお店はある?」
「ううん。もう全部当たっちゃった。あとは地道に探すか、範囲を広げるかだね」
「じゃあ、歩いて探しつつ、ネットで検索もしていこう」
「そうだね。小悪ちゃん、空乃さん、行くよ――って、また食べてる!」
「キッチンカー、とってもスバラシイデスネ!」
「油断した……。こやつ、目を離すとすぐに買い食いするから気をつけろ……」
額に手を当てる小悪ちゃんがよろめきます。だいぶダメージが大きいようです。精神的な。
「おぬし、自分のことなんだから真面目に探したらどうだ」
「探してマス。さっきのキッチンカーでも訊きまシタ。でも、ウチュウ人だめでシタネ。飲食店も住み込みなかったデス」
「あー……、一応見てはいたのか。まあ、引き続き探してくれ」
「ワカリマシタ! デハ、じゅるり、さっそく次のじゅる、キッチンカーに――」
「食う気だろっ!」
食欲が止まらない天河さんを引きずり、不津乃地区を練り歩く私たち。住んでいても普段行かないような道も多く、新鮮な気分になりました。
知らないお店もたくさんあります。こういうお出かけもいいですね。
「わぁ……、このお店すごくいい」
相変わらずわーぎゃーしている小悪ちゃんと天河さん。それをたしなめる魔奇さん。彼女たちよりも少し離れ、先を歩いていた私はとても素敵なお店を見つけました。
背後で言い合う――主にあれこれ言うのは小悪ちゃんですが――声を聞きながら、店の前で立ち止まる私。
大通りから外れた道にひっそりと佇むレンガ造りの家。青々とした緑が色とりどりの花を守るように生い茂っています。
見た感じはこじんまりしていますが、どうやら奥の方まで続いているようです。木製の扉には手作り感のあるプレートが下がり、アンティーク調の取っ手が開かれるのを待っているようでした。
レンガが埋め込まれた入口への道はわずかに湾曲し、波を思わせる形になっています。思わず一歩踏み出し、迷い込んでしまいそうな店。絵本で見た森のカフェによく似ています。
ついぼーっと見ていると、木製の扉が開いて女性が出てきました。
「あら、いらっしゃい。……と言いたいところだけれど、お店閉めちゃうのよぉ」
「そうなんですか。すみません、閉店時に」
まだ午後二時くらいですが、だいぶ早い閉店時間です。一度閉めて、夕方また開けるのでしょうか。
しかし、女性は首を横に振りました。
「違うのよぉ。もうお店自体を閉めちゃうの」
「えっ……、な、なんでですか」
考える前に訊いていました。開いている時に来ようと思ったのに……。
「ひとりでやっていくにはさすがに大変でねぇ。前はバイトの子が住み込みで働いていたんだけど、大学に入るからって今年の春前に辞めちゃって。募集もしたけれど集まらなくて。そこからしばらくはひとりで頑張ってみたけれど、やっぱり難しくって……」
「……このお店、住み込みで働けるんですか?」
「えぇ。強制じゃないけど、家賃はないし、すぐ出勤できるから好評だったのよぉ」
私は早鐘のように鳴る心臓を必死に抑え、段階をすっ飛ばさないよう気をつけながら言葉を探します。
「あの、ここで働かせてください!」
だいぶすっ飛ばしました。私の脳こそ働いてください。
女性はぽかんと口を開けると、躊躇いがちに私を見ます。
「うち、湯屋じゃなくて喫茶店だけど……、それでもいいかしらぁ?」
お読みいただきありがとうございました。
知らない喫茶店に入る勇気が出ません。




