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6話 傘立て

閲覧ありがとうございます。

ちょっとずつ仲が深まっていく二人の様子を見守ってくださいませ。

 

 その日は朝から雨でした。

 高校入学前に買った傘の初仕事なので、少しだけ嬉しい気持ちで登校する私。


 すれ違う生徒たちも色とりどりの傘をさしていました。誰かの傘を見るのは好きです。あのデザイン素敵だな。あの傘、どこで買ったんだろう。そんなことを思いながら、雨音に包まれる静かな時間。


 湿気でじめじめしたり、風向きによっては制服が触れたりするので嫌なこともありますが、雨の日しかお目にかかれない雨傘の晴れ舞台だと思えば、なんてことはありません。


 くるくる、くるくる。しぶきが飛ばない程度に傘を回しながら、水たまりが目立つ学校に到着しました。


 昇降口にはたくさんの傘立てが並んでいます。普段は置き忘れの傘がまばらにささっているだけですが、雨の日はほとんど隙間なくびっしり。


 赤、青、黄、緑、黒。単色だけでなく、花柄や水玉模様、猫ちゃんマークもありました。淡い色のグラデーションの傘もきれいです。


 まるで、傘立てが花畑のようでした。雨の日だけ見られる花です。ただ、開いていないので蕾ですね。


 教室では、濡れた制服を脱いで体操服を着ている人や、靴下を脱いで裸足になっている人がちらほら。幸い、私はそこまでではないので、持参したタオルで湿った部分の水気だけ拭き取ります。


 せっかくセットした髪が崩れて残念そうな女の子たちが、お菓子で自分の機嫌を取っています。


「チョコレート食べる人~」

「はいっ!」

「あれ? さっき、クッキーも食べてなかった?」

「ねえ、大袋も開けない?」

「いいね、賛成!」

「ちょっと待った、なんで大袋なんて持ってる?」

「決まってんじゃん。雨の中、買ってきたんだよ」

「あ、だからあんただけ、やけにびしょ濡れだったんだ?」

「ご名答」


 どことなく、ただお菓子を食べたいだけにも聞こえますが。


 私はというと、登校しながら考えていることがありました。


 魔奇さんは、雨の日はとうやって通学するのでしょうか。

 ほうき? それとも徒歩で傘? もしくは、ほうきに乗りながら傘? その場合、交通ルールは大丈夫なのでしょうか。そもそも、ほうきって何のルールが適用されるのか謎です。


 悶々と考えていると、


「あ、魔奇さん」


 普通にほうきで飛んできました。あれ、傘さしてないですね。

 雨が降っているので、ぎりぎりのところで窓を開けます。


「おはよう、平良さん。窓、ありがとう」

「おはよう。濡れなかった?」

「平気。雨避けの魔法を使っているから」

「魔女っぽいね」

「魔女だからね」


 教室に降り立った彼女からしずくが落ちました。見ると、ほうきの端がびしょ濡れです。


「おっと、いけない」

「ほうきは濡れるんだ」

「うん。わたし、雨避けの魔法の適用範囲、まだ自分だけなんだ」


 どうりで、通学鞄にビニール袋がかけられているわけです。意外とアナログですね。


「ほうき、どうしよう。濡れたまま立てかけておくのはよくないよね」

「うーん……。あ、そうだ。魔奇さん、ちょっと待ってて。ほうきは一旦、このタオル使って凌いでいて」

「え? うん、わかった」


 持っていたタオルを手渡すと、私はすぐさま職員室に向かい、事情を話し、許可を得ると、用務員室にやってきました。


「これなら使っていいよ」

「ありがとうございます」

「ひとりで持って行けるかい?」

「はい、大丈夫です」


 用務員さんにお礼を告げ、ある物を持って階段をあがります。


「よいしょ、よいしょ」


 もう少し。


「魔奇さーん、お待たせー」

「あ、平良さ――って、なにそれ! えっ、どうしたの?」

「これ? 傘立てだよ」

「いや、見ればわかるけども!」


 ほうきを手放し、慌てて駆け寄って一緒に持ってくれました。ふう、ちょっと重かった。


「これって教室に置くもの?」

「ううん。大抵は昇降口にあるよ」

「教室に持ってきちゃって大丈夫なの?」

「ちゃんと許可はもらってきたよ。あ、場所はここ。魔奇さんの席の後ろ。隅っこならいいよって先生が」


 少しずつ動かし、彼女がほうきを立てかけるスペースとして使っていた場所に傘立てを設置しました。


 昇降口にある大きなタイプとは違い、職員玄関など、通用口に置く小さな傘立てです。それも、もう使われておらず、廃棄予定だったもの。ほうき以外も立てかけられるので、ちょっとした物置スペースということで許可を得ました。


 ファイルの中から紙を出し、マジックで『一年二組専用』と書き、傘立てに貼ります。


「よし、これでみんな使える」

「おお~……」

「誰か使っていないと他の人が使いにくいかな?」

「あ、じゃあ、わたしいい?」

「もちろん」


 トップバッターを名乗り出た魔奇さんは、水気を取ったほうきをそっと立てかけました。とても納まりがいいです。ほうき立てという商品かと思ったほど。


「あ、いいな~。私も使っていい?」


 登校してきた生徒が手を挙げました。頷いて場所を開けます。


「どうぞ」

「ありがとう。ぼーっとしてたら昇降口の傘立て逃がしちゃったんだよね~」


 そんなことが。


「教室に傘立てあるの、助かる~。発案者は平良さん?」

「うん。便利かなって」

「ナイスアイデア~」


 ほのぼのとした雰囲気の彼女がのんびりと席に戻っていきました。


 古ぼけた一年二組専用傘立てには、ほうきと傘。ちょっぴり不思議な光景ですが、この教室にとっては普通なのです。


「傘立てかぁ。わたしの家にもあったけど、使ったことなかったな」

「傘はどこに置いていたの?」

「わたし、傘持ってないんだ」


 驚きの事実です。あ、カッパ派でしょうか?


「雨避けの魔法を習得する為に傘を使わないようにしてたんだよ」

「それが魔女の教えなんだね」


 傘を買ってもらえなかった過去があるのかもしれません。知られざる魔女の一族ということでしょう。考えると、どこか冷たい空気を感じました。


「お母さんが買ってくれた傘も放り出して、雨の中に飛び出した幼少期……」


 あ、普通に買ってくれたんですね。


「あっ、『放り出して』っていうのはたとえで、実際は傘立てに置いたままってことで」

「わかってるよ」

「平良さん、寒くない?」

「平気だよ」

「窓、少し開いていたから。一応、閉めておくね」


 冷たい空気は窓からでしたか。


「雨避けの魔法かぁ。傘いらずで便利だね」


 本音だったのですが、彼女は頷きませんでした。


「ほうきで空を飛んでいるとね、みんなの傘を上から見るんだけど、そのたびに思うことがあって……」


 傘立てに置かれた生徒の傘。閉じられていますが、きれいな色をしていることがわかります。


「開いた色とりどりの傘が、まるで花畑みたいだなって」

「それ……」

「だから、今さらだけど、ちょっとだけ羨ましいんだ」


 その意味がわからずにいると、「魔女なのに傘をさしていると、変に思われないかな?」と視線を落としました。


 まさか。誰が変だと思うでしょうか。


「雨避けの魔法もすごいけど、傘を使ったっていいと思うよ」

「そう?」

「それに、さっき花畑みたいって言ったよね。私も同じこと思ったの」

「ほんと?」

「私は、上から見ることはできないけど、魔奇さんから見たら花畑の一員なんだね」


 なんだか、雨の日が一層楽しみになった気がしました。魔女しか見られない特別な花畑。きっと、とてもきれいなのでしょう。


「わたしも傘、買おうかな……」


 雨脚が強まってきました。ささやく彼女の声を聞き逃さないよう、耳を澄ませます。


「花畑の一員になりたいから」


 すてきな笑顔の魔奇さんは、それだけで花のようでしたが……。


「お気に入りの傘が見つかるといいね」


 とても照れくさくて言えません。口に出さなかったのに、恥ずかしさでいっぱいになってきました。


「平良さん、顔真っ赤だよ」

「き、気にしないで……」

「もしかして、雨に触れて風邪ひいた?」


 心配ゆえか、笑顔が消えてしまった魔奇さん。


「違う違う。ほんと気にしないで!」

「でも、気になるよ」

「大丈夫だからー!」


 真っ赤なまま手をぶんぶん振る私は、さぞかし愉快な姿でしょう。様子を窺っていた魔奇さんは、ふいにくすっと笑いをこぼしました。


「平良さん、赤い花みたいになってる」

「み、見ないで……」


お読みいただきありがとうございました。

雨の日は家で昼寝に限ります。

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