59話 徒然祭二日目
閲覧ありがとうございます。
文化祭編はここまで。最後までお楽しみくださいませ。
文化祭二日目は一般公開です。外部からもお客さんが来るので、初日よりもさらに賑やかになるらしく。情報通り、朝から人の波があちこちにできていました。
「すごい人だねぇ。なんだかわくわくしちゃう」
「みんなで固まって動かないとはぐれそう」
「志普~、すぺる~、助けてくれ~~~」
「平良さんが言ったそばから小悪ちゃんが流されていったよ。わたし行ってくる。教室で待ってて」
回収しに行く魔奇さん。私は様々な音を拾い、目を回しているきとんの手を引き、教室へと向かいました。
「おはようございます、志普さん、きとんさん」
「おはよう、勇香ちゃん。今日は一緒に回れるんだよね」
「はい。トラブルが起きなければ」
「昨日のUFOでじゅうぶんだよ」
笑いながらシフトの準備をします。今日はマジマジメンバーと被っている部分が多いので、空いた時間は文化祭を見て回る予定でした。
特段問題なく時間は過ぎ、私たちは無事、部室で合流を果たします。
「それじゃあ、まずは書道パフォーマンスだね」
「場所は中庭ですが、二階からの方がよく見えると教えていただきました」
「渡り廊下はどうかな?」
「通行の妨げにならなければ大丈夫かと」
そうして、東棟と西棟を繋ぐ二階渡り廊下にやってきた私たち。はつらつとした書道部の声が中庭から響き、生徒や教師、一般客の注目を一か所に集めます。
書道部全員の掛け声が重なり、美しいハーモニーとなって音楽を奏でる中、身長と同じくらいの筆を盛大に振り下ろす生徒。
「おっきーい! すごい!」
「書道パフォーマンスで使われる筆だそうですね。すぺるさんは、見るのは初めてですか?」
「現実では初めて。アニメでは何度か」
「アニメと現実では、また違う迫力があるかもしれませんね」
「うん。心臓がどきどきしてる」
穏やかに会話する二人の隣で、小悪ちゃんが腕組みしながら難しい顔をしていました。
「どうかしたの?」
「あの筆、我の武器にしたらどうだろうか……と」
「結構重そうだけど、持てる?」
「持てぬな!」
胸を張って答えました。持てないかぁ。
「しほ、あれなにかいてある?」
「えーっと、『出逢いは一期一会』『触れた縁を大事に』とか、色々書いているみたいだね」
「いちごって言ったかしら?」
魔奇さんの肩に乗るシロツメちゃんの耳が伸びました。
「聴覚がいいのに聞き間違いとはね」
「あら、こんな平凡な日常にあたしの耳が必要なのかしら?」
「だらけたいならそう言えばいいのに」
「いざという時の為に力は温存しておきたいタイプなの」
「物は言いようだなぁ」
やれやれと首を振る魔奇さん。
やがて、完成した作品を持ち上げ、観客に見せる書道部。あちこちから拍手の音が響き、パフォーマンスが終わりました。
「さて、次はどこだっけ」
満足そうな魔奇さんが勇香ちゃんに問います。彼女はスケジュールを書いた紙を広げながら「体育館です」と答えました。
「噂の男装女装コンテストだな。飛び入りはいないのか?」
悪そうな笑みで小悪ちゃんが顔を見回します。誰もが作り笑いを浮かべ、頷く者はいません。
「なんだ、つまらんのう」
「そう言う小悪さんが出ればよいのでは?」
「我が男装して誰が喜ぶのだ」
「喜ぶというか、楽しんだ者勝ちですよ、きっと」
「我はな、自分の知っている者が男装なり女装なりをしているのを見て、『おぬしの格好はなんだ! ぷーくすくす』とやるのが楽しいのだ」
「悪い人ですね」
勇香ちゃんの言葉に、小悪ちゃんはさらに笑みを深くします。
「当たり前だ。我は魔王だぞ?」
「そういえばそうでした」
思い出したように手を叩く彼女。
「なんだ、その言い方は」
不満そうに口を尖らせます。
「あんまり『ぽく』ないので忘れてしまうのです」
「それはな、たぶん我のせいではないぞ。魔女とか化け猫とかがいるせいだ」
「まさかの魔王が常識枠ということですか」
「まことに不本意だがな。勇者がもう少し常識あればよかったのだが、四階から飛び降りようとするやつじゃなー」
これ見よがしにため息をつく小悪ちゃん。勇香ちゃんの身体がびくりと震えました。
「……ゆ、勇者ならあの高さ、余裕です」
「あほか」
ストレートな発言に、勇香ちゃんは首をすくめました。
「しほ、ひといっぱい」
体育館の入り口を指さしながらきとんが言います。
「そうだね。大丈夫?」
「へいき。コンテストたのしみ」
「きとんが出るなら手伝うよ?」
「い、いい!」
ぶんぶんと首を振る彼女。もちろん冗談ですって。
「おっ、あれ明杖じゃないか? おーい、元気か~?」
勇香ちゃんを打ち破って気分が良くなった小悪ちゃんが遠くに手を振ります。昨日見た二人と一緒にいた彼は、「元気だよ」と手を振り返しながらやってきました。
「おぬし、大人しそうに見えてこういうのに興味があるのか」
にやりと笑う小悪ちゃん。ちょっかいをかける相手が見つかったと嬉しそうです。しかし、彼は「違うよ」と困ったように笑みを浮かべました。
「一緒に回っている人が見たいって言うから連れてこられただけ」
「飛び入りするなら応援してやるぞ?」
「勘弁して」
「なぜだ? 志普も『かわいい』と言ったのだ。きっと似合うぞ」
突然、話を振られ、きとんの頭を撫でていた私は顔を上げます。
「なあ、志普。おぬしも見たいよな、明杖の女装」
「ちょっと黒主さん――」
遮ろうとした彼は、私が言った「そうだね」という言葉にぎょっとします。
「クラスメイトが出るなら応援するよ」
「あ、そういう意味で……。びっくりした」
「参加賞は図書カードだって。どう?」
「え、遠慮しとくよ。またね、みんな」
これ以上は危険だと判断したのか、小走りで男子生徒二人の元へ去っていく明杖さん。小悪ちゃんが残念そうに唇を突き出しました。
「あと一押しっぽかったのだが」
「無理強いはできないね。私、小悪ちゃんが出ても応援するよ」
「志普はナチュラルに大ダメージを与えるタイプだよな」
「えっ、どういうこと?」
「いや、気にするな。おぬしはそのままでよい」
列の先頭にいた魔奇さんが「入場できるみたいだよー」と声をかけます。案内のチラシをもらったのでしょう。紙を手に戻ってきました。
「見てこれ。マンガ部と美術部、かなり気合入っているみたいだよ」
全面に描かれた男装女装の生徒の絵。派手なフォントも手書きのようで、迫力に圧倒されます。目がちかちかする感覚に襲われ、視線を逸らすと。
「……ん?」
そこには衝撃の文字が。
チラシを持つ手が震え始めます。参加賞の上に書かれた優勝賞品の欄。と、図書カード一万円分……⁉
「平良さん、なんか震えているけど大丈夫?」
「魔奇さん……、飛び入り参加の受付ってどこ……?」
「体育館を入って右側の壁あたりだけど、誰か出るの?」
「…………一万円」
「えっ?」
よく聞こえなかったのか、彼女は私の顔を覗きこみます。次の瞬間、「ハッ!」と声をあげて身体を逸らしました。
「平良さんから物凄い覇気を感じる……!」
「すぺるさんもですか。実は私も、これまで感じたことのない圧を察知しまして……」
「おい、なんだこの茶番?」
ツッコむ小悪ちゃんの言葉に応えるのは誰もいません。
「みんな、ちょっと行ってくるね」
静かに言うと、私は体育館の右側へと歩いていきます。
「平良さん! 参加者は何かパフォーマンスするって書いてあるけど大丈夫⁉」
慌てて叫ぶ魔奇さんに、私は振り返って一言。「任せて」
「かっこいい……」「凛々しい……」
魔奇さんと勇香ちゃんの声を背に、私はゆっくりと歩いていきました。
「きとん、おぬしの飼い主は時々とても大胆だな」
「んにゃ……、ほんと」
「まあ、出るなら応援するとしよう」
「んにゃう」
飛び入り参加ができるように衣装はあらゆる種類が裏方に揃えられているそうです。注意事項を聞き、私は準備に取り掛かります。
男装ということで、猫おばけよりも恥ずかしさはありません。というより、優勝賞品しか考えられないのでどうでもいいです。
図書カード一万円分ですよ? 学生にとっての一万円の大きさをご存知でしょうか。本買い放題……とまではいきませんが、お財布と相談してやめた本を手中に収めることができます。絶対に勝つ。絶対に。
これまで抱いたことのない強い気持ちを胸に、私は衣装を手に取りました。そして、コンテストが開幕――。
「いやぁ……、すごかったね。あんなに盛り上がるとは思わなかったよ」
胸に手を当てながら紅潮する頬を綻ばせる魔奇さんは、お昼ご飯のたこ焼きに手を付けられずにいました。
「どきどきでお腹いっぱい……」
「素晴らしいコンテストでしたね。学生開催と侮るなかれ、とはこのことです」
「しほ、かっこよかった」
「我も熱くなってしまった。からかう暇もなかったぞ」
「そう? みんなが楽しめたならよかった」
焼きそばを食べながら言う私の隣には、二枚の図書カードが置いてありました。そう、二枚あるのです。つまり。
「まさか飛び入りで優勝しちゃうとは! 平良さんすごい!」
「運がよかったのかな」
「いいえ。観客だった私たちにはわかります。あの優勝はするべくしてしたのだと」
「選んだ衣装がウケたのかな」
「確かにいいチョイスだったが、それだけではなかろう」
「なにはともあれ、図書カードゲットできたからオッケー」
「しほ、そういうことある」
私、ほくほくです。だって、図書カード一万五百円分を無料でいただけたのですから。はやく本屋に行きたいです。なに買おうかな。何冊買えるかな。
「平良さんのコンテストですっかり忘れてたけど、空乃さんって今日はどうしているのかな?」
「彼女なら、朝イチで文化祭に来ていましたよ。挨拶をしましたから。部室の使用許可も言ってあります」
「でも、全然来ないね。帰っちゃったかな」
「いや、いたぞ」
小悪ちゃんが冷やしキュウリを勇ましく噛み千切ろうとして、力が足りず小さくかじりながら首を振ります。
「屋台でひたすら食べていた」
「文化が好きって、食文化のこと?」
「さあな。だが、しばらくは来ないと思うぞ。有り金全部溶かすって叫んでたから」
「どんだけ食べるつもり……」
唖然とした魔奇さんは冷めたたこ焼きを口に放り込みます。文化祭はまだまだあります。図書カードのことは一旦置き、後半戦を楽しむとしましょうか。
……さて、私が飛び入りで優勝した男装女装コンテストの後日談をお話しましょう。
聞いた話ではありますが、完全ノーマークの飛び入り参加者が優勝をかっさらった出来事は伝説となり、あらゆる学年と教師陣に広く伝えられたとか、伝えられなかったとか。詳しく語るのは野暮というものです。
お読みいただきありがとうございました。
平良さん、意外と大胆。




