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58話 おばけの志普

閲覧ありがとうございます。

文化祭で喫茶店って憧れます。


「遅くなってごめんね」


 慌てて飛び込んだ一年二組の教室では、私と同じシフトの生徒たちが準備を済ませて待っていました。

 女子生徒が「ぜーんぜん平気だよ~。まだ一人来ていないし」と手を振ります。


「志普ちゃんは裏方だよね。おばけココアの作り方、大丈夫?」

「うん。たくさん練習したから」

「よーし、じゃあ、よろしくね~」


 暗幕で区切られたキッチン……という名の準備室に入ってココアパウダーの用意をしていると、さきほどの女子生徒が申し訳なさそうに顔を出しました。


「志普ちゃん、ごめん。キッチンじゃなくてウエイトレスの方やってもらってもいい?」

「いいけど、何かあったの?」

「まだ来ていない一人がウエイトレスの子なんだけど、お腹痛くて保健室行っちゃったみたいで……」


 あらら……。大丈夫でしょうか?


「冷やしキュウリ十本も食べるからこうなるんだよ……」


 冷やしキュウリ十本ですか。それはまた……、うん。


「ほんとにごめんね。あとでデコピンしておくから」

「優しめにしてあげてね。わかった、すぐ行くよ」


 他のキッチン担当の生徒にも話をつけ、私は暗幕を出ました。すでにおばけスタッフが動き出しています。ええと、ウエイトレスをやるんですよね。ということは、アレを着る?


「これをお探しかな?」


 真っ白なフードを被ったおばけに背後から布をかけられました。先ほどの女子生徒の声です。


「そう。ありがとう」

「これであなたもおばけの仲間入りだねぇ」


 それだけ言って去っていきました。衣装班が丹精込めて作ったおばけウエイトレス。動物の耳がチャームポイントだそうですが……。


「猫耳だ」


 この一か月ほどで見慣れてしまった三角耳。傍から見ると、とてもかわいいですが、自分が着るとなると……。


「……恥ずかしいかも」


 しかし、そうも言っていられません。熱を帯び始めた頬を隠すように衣装を着ると、深めにフードを被りました。


「あー、あ、あーー、ああ~。……よしっ」


 おばけっぽい声を出す練習もばっちりです。若干薄暗い店内に顔が隠れるフード。私だとはわからないでしょう。


 しかも、直前の担当交代です。知っているのは頼んできた女子生徒と声をかけたキッチン担当の生徒だけ。いつものメンバーの中に、私とシフトが被っている人もいません。何も問題ありませんね。


 あ、ちなみに天河さんですが、先生とクラスメイトの許可を得て、教室の前で呼び込みをしてもらっています。そして、彼女の近くには猫感満載のきとんが威嚇しているはずです。どうにか仲良くできないかな?


「それじゃあ、午後の部最初のシフト始めるよ~。お客さん入れるね」


 開店を報せる声が響き、背筋が伸びます。私だとバレないようにがんばろう。そう決意して数分後のことです。


「あ、もしかして平良さん? 平良さんでしょ! うっそ、やだかわいい! すっごく似合ってるよ~! あとで絶対写真撮らせてね!」

「あれ、志普はキッチンじゃなかったのか。まあ、よく似合っているぞ。すぺる、ちょっとやかましい」

「とてもかわいらしいですよ、志普さん」


 秒でバレました。なんで?


「ご、ご注文は……」

「平良さんが入れてくれたココアで」

「すぺる、そういう店じゃないぞ」

「私はホットミルクとシフォンケーキをお願いします」

「勇香の我が道をゆく感じ、我はいいと思う」

「か、かしこまりました~……」


 なぜか小悪ちゃんが二人の手綱を引いている絵が思い浮かび、慌てて頭を振りました。

 手が空いている人が注文を取り、商品を持って行くスタイルなので、ピンポイントで彼女たちに当たるわけではないのですが、不思議なことに運ぶ人も私でした。なんで?


「お待たせしました~……」

「ちょっと声低くしてる? なにそれめっちゃかわいいんだけど。驚き!」

「我はおぬしのキャラ変わりに驚きだぞ」

「わたし、ずっとこんなんだよ?」

「さすがに嘘だろう」

「わあっ、おいしそうですね。いただきます。……うん、完璧な味です!」

「おぬしは勝手に楽しそうで何よりだ」


 そんなこんなで、私の写真を撮りたくて必死な魔奇さんと、全メニュー制覇しようとする勇香ちゃんを引きずりながら小悪ちゃんは帰っていきました。


 ……あとでココアの缶、買ってあげよう。そう心に決め、次のお客さんの元へ。


「…………っ」


 思わず踵を返そうとしましたが、フードを被っていると言い聞かせて近寄ります。


「いらっしゃいませ~……。ご注文は~……、お決まりですか~?」


 裏返りそうになる声を抑え込み、三人のお客さんに問いかけます。一年二組の男子生徒。つまり、めちゃくちゃクラスメイトです。なんで自分たちの出し物に来るかな! でも、私も行ったから人のこと言えない! わあん!


 三人中、二人はそんなに話したことがないのであまり緊張しませんが、問題は……。


「俺はコーヒーにしよっと。お前はどうする、明杖?」

「ココアにしようかな。実は試飲してないから気になってて」


 そう、もう一人は明杖さんなのです。そこそこ知っている人だから、恥ずかしくてたまりません。『絶対に気がつくなよ』オーラを全身にまとい、注文を受けました。気持ち早足で去り、キッチンにオーダーを放り投げると深呼吸を繰り返します。


 よし、いいですよ。バレていません。あとは、運ぶ人を別の人に当たるようになんとか――。


「これ運んでもらってもいいー? コーヒーとココア二つ、シフォンケーキ三つとチョコレートとクッキーが一皿ずつのテーブル。あ、平良さん、ちょうどいいところに。お願いしまーす」

「……はーい」


 明杖さんのテーブルなんですけど⁉ もー!


 震えながらトレイを持ち、躊躇いがちに目的のテーブルへ。


「お、お待たせしましたぁ~……。ごゆっくりどうぞ~……」


 言葉はゆったりと、動作は俊敏に。瞬く間に商品をテーブルに乗せ、お辞儀をして立ち去ろうとします。


 明杖さん以外の二人はさっそくシフォンケーキにフォークをさし、私が見えていないようです。そんなに急いで食べなくても誰も取らないのに、と微笑ましく思った時でした。


 おばけ衣装の裾がかすかに引かれた気がして、二人から視線を移すと、軽く顔を傾ける明杖さんがいました。暗がりのせいか、紫色の瞳が青く見えます。


 ひょあーーーーーー‼ このままだとバレる! バレてしまいます!


 心の中で叫びながら、気づかないフリをして一歩後ろに下がります。このまま立ち去りますよ、志普!

 全力で身を翻し、おばけとは思えない速さでテーブルから離れました。ミッションコンプリート……。


 その後、滞りなくシフトを終え、猫おばけの衣装から解放された私は、心置きなく素顔で廊下を歩いていきます。


 魔奇さんたちとのメッセージで、一旦部室に集合することになっていたのです。シフトに入る人以外、部室で合流してから文化祭を回る予定なんだとか。


 携帯の画面を時折見つつ、生徒の間を抜けていく私は、ふと、前から明杖さんが歩いてくるのに気づきました。

 どきりと心臓が鳴ります。いや、大丈夫です。猫おばけの中の人が私であることは、彼は知らないのですから。


「あ、平良さん。シフトお疲れさま」

「あ、ああ、うん、ありがとう、えへへ……」


 明らかに動揺した返答です。もうちょっとがんばれない?


「明杖さんはこれからどこか行くの?」

「うん。今から二年生のクラスに行くよ。三人で回っているところなんだ」


 さっきの人たちですね。


「そっか。楽しんできてね」


 彼が頷いたのを確認し、手を振って階段に足をかけた時でした。


「猫おばけさんもね」

「…………っ⁉」


 背後から聞こえた優しい声に、私の心臓は完全に止まりました。あ、比喩です。一応ね。


 振り返った時、もう彼の姿はありませんでした。

 学年が混ざり合う人の波の中に、それらしい影も見えません。


「…………」


 ひとり取り残された私は、真っ赤に染まる頬を隠す白い布がないのでその場にへたり込むしかありません。


 バレてた……。完全にバレていた……。どうして、顔は見えなかったはずだし、声は変えたし、ヘマもしていないのに……。


「…………うぐぐ」


 なんでわかったのでしょうか。いえ、そんなこともはやどうでもいいのです。


 私はとあることを心に決めました。クラスメイト全員のシフトが載った表データを携帯の画面に映し、じっと睨みます。


『明杖』


 その名前があるシフトを確認し、とても悪い事を考えます。脳内に小悪ちゃんのセリフが再生されました。

 ――志普、男にかわいいは禁句だぞ。


「…………ふふ、ふふふ……」


 何度でも言ってやりますから震えて待っているがいいです。


お読みいただきありがとうございました。

次回が平良さんの悪だくみ回というわけではないです。

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