55話 びっくり騒動
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文化祭にトラブルはつきものです。
徒然祭初日、お昼休み。
私、魔奇さん、シロツメちゃん、小悪ちゃん、勇香ちゃん、きとんのいつものメンバーは西棟四階マジマジ部室で昼食を摂っていました。文化祭中ではあるものの、やはりこの階は人がおらず、静かです。
全員が一度はシフトを終え、おばけ喫茶についての感想を話し合います。
「売れ行きは好調です。先生も褒めていましたよ」
「それより、最後のあれだ。誰が作ったのだ?」
「小道具班と装飾班の一部です。クラスの人すらも驚かせたいと、秘密裏に作っていたのですよ」
「えっ、装飾班の人も加担してたの?」
全然気づきませんでしたよ。
「はい。作品は使っていない教室の教壇の下に隠していたそうです」
「手が込んでいることだ。そこまでして驚かせたいか」
「現に、素晴らしい悲鳴を聞くことができましたね」
勇香ちゃんがちらりと私たちを見ます。
「……そ、そうだね」
逸らすようにたこ焼きを口に放り込みました。あ、おいし――あっつ!
「きとん、たこ焼き熱いから気をつけて食べてね」
「んにゃ。じゃあ、まだたべない」
「きとんちゃんってやっぱり猫舌なの?」
焼きそばを食べる魔奇さんが訊きます。きとんは眉を曲げて頷きました。
「あつい、だめ」
「ホットミルクは人肌に冷まさないと飲めないもんね」
「しほまま、いつもさましてくれる」
「赤ちゃんか」
小悪ちゃんの的確なツッコミにきとんの耳が立ちました。
「あかちゃん、ちがう」
「似たようなものだろう」
「きとん、十六歳」
「それ、ほんとかどうか怪しいんだがな」
「ほんと」
あれこれ言い合う二人の近くから、ぷうぷうと空気の抜けるような音が聞こえました。
魔奇さんが焼きそばを喉につっかえます。
「んぐっ……、けほっ、シロツメ! きみ、なにやってるのよ」
「たす、助けなさい、スペルゥゥ~~……」
「もう、なんだかなぁ」
どうやら、わたあめを食べていた時に、わたあめに襲われたようです。ふわふわの丸いフォルムがふわふわのわたあめに絡まっているのが見えました。
布巾で身体を拭きつつ、砂糖でベタついた手にため息をつく魔奇さん。
「思ってた使い魔とだいぶ違うよ」
「他に使い魔を知っているの?」
「お母さんの使い魔は生まれた時からの知り合いだよ。昔は普通にペットだと思ってたけど、火竜を飼っている人はいないって知ってね」
魔奇さんのお母さん、火竜が使い魔なんだ。すごい……。
「火加減ばっちりで料理上手なんだよ。サラちゃんが土鍋で炊くご飯、すっごくおいしいの」
「サラちゃん?」
「使い魔の名前。ああ~、平良さんにも食べさせたい。ほんとにおいしいから」
「機会があればぜひ」
火竜が炊くご飯、とても興味があります。うちわじゃなくて翼で扇ぐのかな?
「文化祭って、何かトラブルが起きるイメージがあったから、何事もなく進んで安心してる」
「それもアニメで観たのか?」
警戒心を纏って小悪ちゃんが訊きます。
「そうだけど、なんで?」
「いや、志普が……。ええと、なんでもないぞ」
私から目を逸らし、話題を変えます。
「午後最初のシフトは志普だったな」
「うん。魔奇さん、きとんのこと頼んでいい?」
「もちろん。いろいろ見て回ってくるね」
「きとん、買い食いはほどほどに。夕飯食べられなくなるから」
「んにゃ、わかった」
「私は、明日は時間が取れると思うので、今日のうちに回るルートを考えておくとよいかと」
「我、見たいものがあるのだ」
身を乗り出した小悪ちゃんがパンフレットを開き、指をさします。
「これだっ!」
そこには、『男装女装コンテスト』の文字。こういうの、フィクションの中だけじゃないんですね。誰か止める人はいなかったのでしょうか。
「主催者はマンガ部と美術部? なんでだろう」
私の疑問に、魔奇さんが当然のように「絵の参考にする為だよ」と答えます。そんなさらっと言われても……。
「参加者には資料用の写真撮影を求められる代わりに、五百円分の図書カードがもらえるらしい。それでマンガを買えってことか? うまい商売だな」
「小悪さん、これが見たいのですか?」
「うむ。すぺるが最初に出した案、覚えているか?」
たしか、男装女装喫茶でしたね。
「我の案により、衣装がおばけになったからな。全部回収するにはコンテストを見に行かなくては」
「お詫びということですか?」
「そんな大層なものではない。我も見たいし、楽しそうだからな。飛び込み参加もできるらしいぞ」
にやりと笑う小悪ちゃん。もしかして、参加するつもりでしょうか。
「図書カード五百円は魅力的だけどね」
本って高いんですよ。最近では文庫なのに千円近いものも多くて。まあ、買いますけど。できれば一万円くらいドカンと手にして、値段を気にせず買いまくりたいですね。ああ~、想像しただけで夢いっぱい。
「男装女装コンテストは明日の午後一時からですね。スケジュールに入れておきましょう」
「わたし、隣のクラスのおばけ屋敷行きたいな。シフト中、たくさん悲鳴を聞いたから気になって」
「一年生の出し物は全部回れると思うよ。うまくいけば、学年全部見られるかも」
「きとん、おかしたべたい」
「家庭部の出店ですね。寄り道ルートに入れておきます」
それぞれ話し合い、勇香ちゃんがまとめてくれたスケジュール。
「順調にいけば、の話ですが」
断りを入れつつも、その顔には喜色が浮かんでいます。
「明日が楽しみですね」
「コンテストの飛び入りも楽しみにしているぞ」
悪い笑み。「見るだけだってば」と頬をつつく魔奇さんを眺めながら、私はこんなことを考えていました。
全員出れば、図書カード二千五百円ですか。結構本が買えますね。ほしいな、図書カード……。
「……平良さん、何かおそろしいこと考えてない?」
「へっ? ううん、考えてないよ」
本のことを考えていただけです。そういえば、気になる本がシリーズで六冊くらいあったなぁ。
「平良さん、やっぱり考えてるでしょ」
「考えてないって」
「わたしと目が合ってないよ。もしかして、コンテストの――」
魔奇さんが詰め寄ろうとした時でした。近くで地響きが轟き、校舎が沈下するような縦揺れに襲われたのは。
「うっ……!」「ひゃっ!」「なんだなんだ⁉」「んにゃっ!」「みなさん、無事ですか?」
咄嗟に隣にいたきとんに覆いかぶさり、彼女の小さな身体を全身で包み込みました。勇香ちゃんが姿勢を低くし、動かないように指示を出します。
数秒後、何も起こらないことを確認し、勇香ちゃんが立ち上がりました。
「みんな、大丈夫?」
魔奇さんが心配そうに訊きます。顔を上げると、ほのかに光る壁のようなものが、固まる私たちを円形に包んでいました。
「防御魔法だよ。魔法使いの基本的なやつ。見たことない?」
「ある……。アニメで観た」
「でしょ。ちょっとやそっとじゃ壊れないから安心して。立てそう?」
「うん、ありがとう。きとん、小悪ちゃん、大丈夫?」
「んにゅぁ~」「平気だぞ~……」
もぞもぞと動き、冬眠から覚めた動物のように伸びをする二人。ケガなどもなさそうなので、一安心です。
「ねえ、さっきのなんだろう? 地震かな?」
「いえ、違います」
魔奇さんの問いを、窓際にいた勇香ちゃんがきっぱりと否定します。その力強さから、彼女は原因を知っているようです。
「みなさん、グラウンドを見てください」
西棟四階。位置を変えればグラウンドが見える場所。勇香ちゃんが示す方向に視線をやると、そこには。
「なんじゃあれは⁉」
小悪ちゃんが口をあんぐりと開け、「んなあほな!」と手を振りました。
「わたし、アニメで観たことある!」
「それはフィクションだろう。現実であるのか、あんなものが」
「そこそこ目撃情報はあるよ。よくテレビでも特集されているし」
「だからってな、なんでそれが学校のグラウンドにあるのだ」
「推測するに、落下したのではないでしょうか」
「いや、見りゃわかるけど。なんか煙でてるし――って、なにやってる勇香!」
「救助です。落下したのなら助けが必要でしょう」
「理屈はわかるが、ここは四階だぞ! 窓から足を離さんか!」
「小悪さんこそ放してください。勇者たる者、救いを求める人に手を差し伸べなくては」
「だから! 一階までおりてグラウンドに行け!」
「はやく救助に!」
「その脳みそは飾りかっ!」
小悪ちゃんの力では勇香ちゃんを止められないので、魔奇さんと協力して部室に引き込みました。一応、と魔奇さんが窓の錠に魔法をかけます。一定時間、何をしても開かなくなるそうです。便利な魔法だ。
「えっと、グラウンド行く?」
私の言葉に、マジマジメンバーは遠慮がちに頷きました。勇香ちゃんは首がもげそうなくらい首肯していました。
昼休みも後半。
のんびり文化祭の話をするはずだった私たちは、混乱したまま部室を出ます。
脳内に浮かぶのは窓から見た光景。銀色に輝く円形の物体がグラウンドの真ん中に突き刺さっているなんて、現実とは思えません。
それよりも、あのフォルム……。フィクションの中で何度も見た円盤状の浮遊物体。
「あれ、UFOだよね……」
知らずのうちにこぼれたつぶやきに、何かに気がついた魔奇さんが私を凝視します。
無言で片手を頭のうしろに持って行き、ちょうどてのひら全体が見える位置で止め、こう言いました。
「UFO」
魔奇さん、それちょっと古いかも。
お読みいただきありがとうございました。
突如脳内に流れ出す軽快なミュージック。




