54話 おばけ喫茶
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おばけシリーズはここまで。
「ようこそぉぉ~~……、おばけ喫茶へぇぇぇ~~……。って、平良さんだ。いらっしゃーい」
声を震わせてそれっぽく言っていた女子生徒は、私を見て素が出ました。隣のおばけに頭を軽く叩かれ、「おっと、いけない」と役に戻ります。
「こちらへぇぇ~、どうぞぉぉ~~……」
真っ黒なテーブルクロスが敷かれた机は、いつも座っているものをくっつけて作っています。ところどころの赤い染みは、誤ってペンキ缶をひっくり返した生徒のミスを演出に昇華させたものです。
半泣きだった生徒は、「いいんじゃない?」「めっちゃ血みたい」「おばけっぽいね」と褒められたことで胸を張っていました。
「メニューはこちらですぅぅ~~……」
メニュー表は小道具担当の人が作ってくれました。本当にお店のようです。こちらの血飛沫らしきものは、赤い絵の具を散らしたそうです。アイデアですね。
「おばけココア二つと、おばけホットミルク一つ。あと、食べ物を全部一つずつください」
「かぁぁしこまぁぁりましたぁ~~……」
おどろおどろしい言い方ですが、裏方に戻っていくおばけスタッフの足取りは軽やかです。
暗幕の向こうから「シェフ~~」と呼ぶ声がしました。「こらっ、聞こえるでしょ」と咎める声もしましたが、何も聞かなかったことにしました。
数分後、ひとりのおばけがトレイを持って近づいてきました。
「お待たせしましたぁぁ~~……、あっ!」
低めに話していたおばけが声をあげます。反動で長いうさぎの耳がぴょこんと立ちました。
「いらっしゃい、みんな! 来てくれたんだね」
「すぺるか。来たぞ」
「えへへ、うれしい。散々味見しただろうけど、楽しんでいってね」
商品をテーブルに置くと、手を振りながら去っていきます。布の上からでもきらきらした何かが飛んでいることがわかります。めっちゃうれしそうな魔奇さんだ。
生クリームでできたおばけは安定のキュート。商品と一緒に小悪ちゃんやきとんの写真を撮り、満足感を味わいながらココアを一口。甘くておいしい。
三つのお菓子はみんなで分け合うことにし、おばけ型のチョコレートをつまみます。あ、かなり甘いですね。これは小悪ちゃんが好きそう。
「たまらんのだぁぁぁ~~」
溶けている小悪ちゃん。その時、チョコレートが置かれているお皿に忍び寄る白いもふもふが……。
「なにをやっているのだ、シロツメ」
「スペルが仕事の間はあたしもここにいないとダメなのよ」
「そういう話ではない。おぬし、チョコレートを盗み食いする気だな?」
「ひ、ひとつくらい、いいじゃないの」
お皿ごと宙に上げていた小悪ちゃんは「別によいが」とテーブルに戻します。
「盗み食いではなく、欲しいと言えばいいだけの話だ」
「魔王だからくれないと思って」
「魔王をなんだと思っているのだ。チョコレートくらいあげるぞ」
「そう? じゃあ、遠慮なくいただくわ」
身体を小さくしていたシロツメちゃんは、堂々とお皿に近寄ってきました。
「まったく、こやつは……。って、ちょっと待て!」
「な、なによ」
「おぬし、チョコレートなんぞ食べて大丈夫なのか? 猫には毒だぞ?」
大真面目に心配する小悪ちゃんに、シロツメちゃんは耳を鋭く伸ばして突撃します。
「ぐはっ。な、なんだ一体」
「あたしは猫じゃないわよ! よく見なさい、この素晴らしいボディを!」
「ん? シロツメ、前より太ったか?」
「失礼ね、この魔王!」
わーぎゃー言い合う二人を眺めながら、私の隣できとんが「ぷはっ」とカップから口を離しました。白いおひげができています。
「きとん、おひげできてるよ」
「んにゃ?」
持っていたハンカチで拭く間、彼女は大人しく目を細めていました。こういう時、本当に十六歳か疑いたくなるのです。
「しほ、ケーキたべる」
「三等分するね。……あ、フォークもらわないと」
ひとり分なので付属のフォークは一本です。使いまわすのは気が引けるので、近くのおばけスタッフを呼んで追加をお願いしました。
「お待たせしました……あ」
テーブルにやってきたおばけスタッフは私を見て止まりました。店内が賑わってきたので、声がうまく聴こえませんでした。誰だろう?
「いらっしゃい、平良さん」
「……もしかして、明杖さん?」
「うん、そうだよ」
わずかに上げられた布の向こうには紫色の瞳がありました。角度的に、私だけに見えています。
「遊びに来てくれたんだね」
「お客さんとして来るのも大事かなって。明杖さん、それもしかして猫おばけ?」
白く滑らかな布には見慣れた三角耳がついています。隅の方を引っ張るので、耳がピンと立ったように見えました。思わず笑みがこぼれます。
「ふふっ、かわいい」
「志普、男にかわいいは禁句だぞ」
いつの間にか三等分に切り分けてくれた小悪ちゃんが、シフォンケーキをフォークにさしながら目を細めます。
「そうなの? ごめん、ほんとにかわいかったから、つい」
「志普、また言ってる」
「わわっ」
咄嗟に口を塞ぎます。
布で顔を隠していた明杖さんは、わずかに上ずった声で「平良さんって怖いもの平気?」と問いかけます。
「いや、あんまり……? どうして?」
おばけフードの下で彼の瞳が青く見えました。ちょっと薄暗いからかな。
「……えっと、お会計して教室を出ていく時なんだけど」
「うん」
「……気をつけて出てね」
「えっ? 気をつけるって、何を?」
「それだけ。もう行かないと。またね、平良さん」
詳しいことは言わず、おばけフードを深く被った彼は去っていきました。
「ねえ、今のなんだろう?」
彼女たちに向き直りながら訊きますが、
「んあ?」「んにゃ?」「なあに?」
シフォンケーキを頬張っていて聞いていないようでした。みんなほっぺが飛び出ているので、かわいくてなんでもいいやという気持ちです。
「しほ、ケーキなくなっちゃう」
「一口あればいいよ」
そして、微妙にもやもやした感覚を抱きながらお会計へ。お金を払い終えると、係のおばけがドアを開けてくれる仕組みのようです。
「またのお越しをぉ~、お待ちしておりますぅぅ~~……」
緩慢な動作でドアを開けていきます。
「そういえば、おばけ喫茶といっても怖い感じは一ミリもなかったな」
少し残念そうに口を尖らせる小悪ちゃん。
「かわいい方に振ったからかな」
「どうせなら、ちょっとくらい怖い部分も――」
彼女の言葉が喉の奥に吸われていく音がしました。私たちは開いたドアの先を見ながら目を見開きます。
次の瞬間。
「きゃああああああああああ!」
「うぴゃあああぁぁぁぁあぁ!」
「にゅああぁあぁあぁあああ!」
三者三様の悲鳴が見事に響き渡りました。
叫ぶ私たちの前にぶら下がるのは、頭に鎌が刺さった大男のミイラ。真っ赤なペンキがべっとりとつき、真っ暗な眼窩が私を睨んでいるようです。
ふと、背後から忍び寄るお会計係のおばけ。
そっ……と肩に手を置き、耳元で囁いたのは……。
「次はおまえだぁ~~……」
「ひっ、い、いやぁぁぁぁぁああぁぁ!」
ドアから飛び出した私たちは、廊下で折り重なって息をします。
「ぜえ……まあ、なかなかやる……ぜえ……ではないか……はあ……」
「こわ……怖かった……」
「しほのひめい、こわかった……」
「ごめん、きとん……」
「ていうか、我の鎌が喫茶店の飾りにないと思ったら!」
「むしろ、正しい使い方をされていたね……」
「ぐぬぅ……、勇香が満足そうに笑っているような気がするぞ……」
まだ腰を抜かしている二人の隣で、私は一足先に立ち上がりました。やれやれ、明杖さんにほのめかされなければ、私も腰を抜かしていたでしょう。
いやぁ、本当に聞いていてよかったです。
おかげで、致命傷で済みました。いやぁ、よかっ――。
「…………こわかったぁ」
お読みいただきありがとうございました。
きとんは平良さんの悲鳴にビビっただけです。




