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52話 おばけメニュー

閲覧ありがとうございます。

サブタイにおばけがわんさか。


 小悪ちゃんと話していると、廊下から数人の生徒がトレイを持って教室に入ってきました。その中には勇香ちゃんときとんもいます。


「しほ! これたべて」


 駆け寄ってきた彼女は、勇香ちゃんが持っているトレイを指さします。生徒たちが声をかけ、クラスメイトたちが集まってきました。


「喫茶店で出すメニューの試食をしていただきたいのです」

「もう作ったの?」

「事前に許可を取らないといけないので、進行は早めにしているのです」

「たべものだから、せんせいのきょかいる」

「そういうことです。志普さん、小悪さん、お時間があれば試食してみてください」

「もちろんだ!」


 黒い鎌を机に置き、差し出されたトレイに覗きこむ小悪ちゃん。お皿の上にはおばけ型のクッキーと二つのカップ。


「かわいい……」


 ぷるんと揺れる白いそれは、つぶらな瞳で私を見ています。あれ、でもこの見た目、前にどこかで……?


「生クリームで作ったおばけです。顔はチョコレートですよ」

「ずいぶんキュートなものを作ったではないか。発案は誰だ?」


 カップを手に、自ら揺らしている小悪ちゃん。躊躇いがちに口をつけると、「ココアだ!」と顔を輝かせました。


「発案者は通りすがりのすぺるさんです」


 通りすがりの魔奇さん?


「以前、飲んだドリンクで使われていた手法らしいですよ」

「あっ……」


 思い出しました。魔奇さんと放課後、買い食いをした時のドリンクです。

 あの時はうさぎでしたね。最近、日常が濃いので、もうずいぶん前のように感じます。


「すぺるもなかなかやるではないか」

「ココアと生クリームの甘さはどうでしょうか?」

「私はちょうどいいよ」

「よかったです。クッキーはどうでしょう?」


 一枚ぱくり。ほどよい硬さで食感もよく、ほのかな甘みが口に広がります。単体で食べてもおいしいですが、おばけココアと一緒だとよりおいしいですね。


「すごくおいしいよ」

「ほんとですか。よかった。クッキーの甘さ加減はだいぶ苦労したものでして」

「きとん、たくさんたべた」

「そうそう、味見役のきとんさんが大活躍だったんですよ」

「だいかつやく」


 にぱっと八重歯を見せるきとん。頭を撫でながら「どんな活躍をしたの?」と訊きます。


「失敗したクッキーを全部食べてくれたんです」

「ぜんぶたべた」

「もちろん、あんまり焦げたのは廃棄しましたけど。メニューにはできないようなクッキーを食べ、味について的確なアドバイスをしてくれましたよ」

「猫はにがみよくわかる。ほどよいかげん、おとでわかる」

「へえ……。すごいんだねぇ」


 今度、猫の生態についての本を買おう。


「他にはどんなメニューがあるのだ?」

「食べ物はチョコレートとシフォンケーキ。ドリンクはコーヒーとジュース、あと――」

「ホットミルクある」


 ぴょこん。きとんの三角耳が指先に触れました。


「高校生の文化祭ですので、あまり凝ったものは出せないみたいです。屋台の出店なら軽食も可能ですが、事前にもっと厳しい申請が必要ですからね」

「この高校だと、三年生が屋台をやることが多いよね」


 一般公開で遊びに来た時、案内に書いてあったと記憶しています。以前はお客さんでしたが、今度はもてなす側ですね。


「私たちは喫茶店でもあり、おばけでもあるのです。とはいえ、九割は喫茶店ですけどね」


 準備期間と予算の関係で、おばけ屋敷要素はほとんど衣装に全振りされました。仕方のないことですが、これも含めて文化祭です。限られたものの中で目一杯力を尽くす。何もかもが思い出になっていくはずです。


「ですが、おばけ屋敷を諦めたわけではありません」


 勇香ちゃんが静かに口角を上げます。


「私はすべての班を手伝う位置にいるので少しだけ知っているのですが……」


 ささやく声は私たちの身体をぶるりと震わせました。もちろん、期待の意味で。


「楽しみにしていてください。一年二組はかわいいだけのおばけでは終わりません」


 小悪ちゃんが口の端に生クリームをつけながら笑います。「勇香がこんな顔をしているのは珍しい」


「そうなの?」

「いつもは『勇者としてなんとかかんとか』って硬いことばかり言ってな」


 あ、想像がつく。


「私は勇者ですが、一年二組の生徒でもあります。みなさんが全力で取り組むことには私も誠心誠意力を尽くす。それが勇者として正しい姿だと思います」

「それっぽいこと言っているが、単におぬしも文化祭がめっちゃ楽しみなんだろう?」

「うっ……」


 図星だったのか、咄嗟に言葉に詰まる勇香ちゃん。


「ゆうか、たのしみ。こあもたのしみ?」

「う? もちろんだ。めっちゃ楽しみだぞ」

「きとんもめっちゃたのしみ」

「そうか。いいことだな」


 小さな小悪ちゃんが小さなきとんの頭を撫でる光景。これは……サンクチュアリー?


「志普さん、大丈夫ですか? ココア甘すぎたでしょうか」

「あ、ううん。そうじゃないの。私はいま、ココアよりも甘くて幸せなものを摂取したんだよ」

「なるほど……?」


 不思議そうな勇香ちゃん。きっとあなたもわかる日がきますよ。


 菩薩のような心の芽生えを感じていると、ふと、さっき聞いた話が脳裏に舞い戻ってきました。そういえばきとん、失敗したクッキーを全部食べたと言っていましたね。全部って、どれくらいの量なのでしょうか。


「ねえ、勇香ちゃん。試作品のクッキーって何枚くらい作ったの?」

「そうですね……。ざっと五十枚ほどかと」


 ごじゅ……。


「きとんが食べたクッキーってどれくらい?」

「メニュー班で味見をしたのと、廃棄したのを除いた数ですので、三十枚くらいでしょうか」


 さんじゅ……。ちょっと多いのではありませんか?


「きとん、夕飯食べるお腹は残ってる?」

「……んにぃ」


 途端に目を逸らすきとん。私は正面に立ち、彼女の頬を両手で挟みます。


「お菓子の食べ過ぎはだめだよ」

「んにゃう……」

「これから気をつけてね」

「んにゃ、わかった」


 私は小さく微笑みました。きとんは素直です。


「クッキーおいしかった?」

「うん。あとひゃくまいたべられる」


 誇らしげに言うので、ふにふにのほっぺをえいっと押し込みました。


「んみゅあぅ」

「こら、調子に乗らない」

「ごめんにゃさい」


お読みいただきありがとうございました。

これにて準備期間は終わり。次回からやっとこさ文化祭スタートです。

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