50話 おばけ衣装
閲覧ありがとうございます。
順番にマジマジメンバーの様子を見ていく時間。
文化祭の準備が大きなトラブルもなく進み、少しずつ出し物の形が見えてきた頃のこと。
私は休憩がてら、他の班の様子を見に行くことにしました。
「魔奇さん、調子はどう?」
声をかけたのは魔奇さん……のはずです。
大きな布から白い髪が垂れているので、暗がりで見れば紛れもなくおばけですが、魔奇さんのはずです。床にそのまま座っている彼女は私の声に顔を上げます。
「あ、平良さん? いい調子だよ」
真っ白な布が答えました。魔奇さんの声です。よかった、合ってた。
「お化け屋敷と喫茶店をどちらもやりたい。その気持ちから始まったおばけ喫茶。おばけの国に迷い込んだお客さんをおばけの店員がおもてなしする……。楽しみだねぇ」
「そうだね。衣装はおばけでかわいいし」
「おばけとフリルを上手に組み合わせるのが大変だけど、衣装班はがんばるよ」
「お願いします」
丁寧に頭を下げると、真っ白おばけも頭を下げました。どこで見ているんだろう?
「そうだ、平良さん。いま時間あれば、試作品の試着をお願いしてもいいかな?」
「うん、いいよ」
真っ白おばけは布から手を出すと、いそいそと山盛りの布から何かを引っ張り出します。両手で広げられたそれは、やはり真っ白ですが、ところどころカラフルな布が縫い付けられてかわいらしいものでした。
ワンポイントでワッペンがついていたり、レースがついていたりします。オシャレだ。
「じゃーん、ここ見て」
真っ白おばけが頭の部分を指さします。滑らかに湾曲する頭部には、心が躍る長い耳がついています。
「うさ耳だ」
「そう! うさぎおばけバージョンだよ」
「ということは、他の動物もあるの?」
「うん。予定では、うさぎ、猫、犬、クマ、ゾウを作るよ」
ゾウのおばけってなんだろう。
「平良さんは裏方だっけ」
「うん。料理のサポートをする係だから、おばけ衣装は着ないね」
「残念……。でも、せっかくだから、みんなで衣装着て写真撮らない?」
「いいね。楽しみにしてる」
「わたしもがんばろっと。……それにしても、自分で作った衣装を着て文化祭をやるだなんて、昔のわたしに言っても信じてもらえないかも」
真っ白おばけはわずかに俯いたようでした。
「なんにもない田舎だったから、集めた情報のどこまでが現実で、どこからが作り物か、わたしには判断できなかったんだ。だから、いまこの瞬間も、もしかしたら夢なのかもって思う時があるよ」
私は膝をつき、真っ白おばけの布をめくり上げました。絹のように細く美しい白い髪が露わになり、彼女の目が私を捉えます。
「これが夢?」
「あ、ええと、いや、現実……かも」
視線を右往左往させながら、魔奇さんは両手を胸の前で振ります。まっすぐに見る私を直視できないのか、目をぐるぐるさせています。しかし、白い布で逃げる範囲が限られている為、やがて諦めて上目遣いに私を見ました。
「あ、あの……」
「夢だと困る」
「そ、そう?」
「いつか醒めちゃうでしょ?」
「まあ……、たしかに」
「文化祭はたった二日間だけど、終わったあとの日常にも続いていくんだから。夢だと困るよ」
繰り返す私に、魔奇さんは真っ白な布を握りしめながら頷きました。
「それに、来年も文化祭はある。楽しみだね」
「まだ一回目の文化祭もやってないのに、もう来年のこと言ってるの?」
おかしそうに笑う彼女は、どこか安心したように息をはきました。
「夢だとか現実だとか、心配している場合じゃないね。時間は有限。衣装の数もまだまだ足りない。がんばらなくちゃ」
「これは野暮かもしれないけれど、魔法で作ることはできないの?」
「細かいことって魔法でやるのが難しいんだよ~……。派手にどーんとか、大きいものをどかーんとか、強くばこーんとかなら簡単なんだけど」
どーん、どかーん、ばこーん。
「例えば、刺繍が施された布を破るのは簡単でしょ? 何も気にせずおりゃーってやればいい。でも、刺繍をやるのは細かくて丁寧な作業が必要になる。手先の器用さも求められるよね。魔法も似たようなものなんだよ」
「だからといって、できないわけじゃないのよ」
布の山の中から声が聞こえ、心臓がひゅっとなりました。なに⁉
山はもぞもぞと動き、いくつかの塊を岩のように転がしながらふわふわが出てきます。
「魔法はなんでもできる。やろうと思えば不可能はないの」
あくびをしながらシロツメちゃんが這い出てきました。押し潰されていた長い耳が解放され、みょんっと伸びます。
「ただ、それには知識と経験、才能と気持ちが大事。まあ、これは魔法に限らないけれどね」
「何事も大事なものは一緒ってことらしいよ」
魔奇さんが疲れたように笑います。「毎日毎日魔法の勉強だよー……」
「立派な魔女になる為でしょ」
「わかってます。わたしはやりたくてやってるから、がんばるよ。魔法も衣装作りもね」
「ちなみに、これは結構意外に思われるかもしれないけれど」
短い手をぺろぺろ舐め、毛づくろいをするシロツメちゃんは続けます。その手には星屑柄の絆創膏がありました。思わず頬が緩みます。
「魔法を使う者にとって、気持ちはとっても大事なの」
「火事場の馬鹿力みたいなこと?」
「えぇ、そうよ。普段は何度やっても成功しない魔法が、ある瞬間だけ使えたりする事例はいくらでもある。リミッターが外れるのかもしれないわね。その分、不安定だったり想定以上の効果をもたらしたりするけれど」
「加えて、『たまにしかできない』じゃだめなんだよ。しっかり制御できてこそ、一人前だからね」
「そうよ。すべては魔法に繋がる。ほら、手が止まっているわよ、スペル」
「こ、これは平良さんとしゃべってたからじゃん」
「休憩はおしまい。どんどん作りなさい」
「やるってば。でも、シロツメもちょっとは手伝ってよ」
「あたしはこれから昼寝でいそがしいの」
「さっきも寝てたのに――って、あー! 衣装用の布がシロツメの毛まるけ!」
「じゃあ、作る前にきれいにしなさいな」
「もう! 仕事増やさないでよう」
「スペルの気持ちのコントロール修行の為よ」
「それ、いま考えたでしょ?」
じろりと睨んだ魔奇さんは、ため息をつきながら布を抱えて立ち上がります。
「窓ではたいてくるね……」
「手伝おうか?」
「ううん。使い魔の責任は主の責任だから……」
嫌そうに口を歪める魔奇さん。
「スペル、感情のコントロール」
「うるさいでーす……」
私がめくった彼女の布がぺろんと下がりました。どんよりとした空気をまとうおばけが目の前に。
「あら、スペル。おばけ役の練習? 完璧よ」
真っ白おばけがプルプルと震え始め、それは全身に広がっていきます。
「うるさいでーす!」
「スペル、感情のコントロール」
「もうっ!」
真っ白おばけは怒りを露わにしますが、あいにく、中身が魔奇さんなので微塵も恐怖を感じません。というか、かわいくも感じます。
「…………」
なんて、そんなことを言えば、彼女は怒るでしょうか。
「シロツメはその辺ですぴすぴ寝てればいいんだー!」
めっちゃ言いたい。
お読みいただきありがとうございました。
どんどん愉快になっていく魔奇さん。




