5話 日誌
閲覧ありがとうございます。
時系列的には2話の続きです。
入学式から数日後、魔奇さんが日直担当の日。
朝から遅刻ギリギリ騒動がありましたが、なんとか無事に一日が終わろうとしていました。
先生から頼まれたこともあり、一緒に日直の仕事をこなした私。知らないことだらけの彼女はメモを取りながら説明を聞いていました。
さて、最後に教えるのは日誌です。
「今日一日のまとめを記入して、先生に提出したら仕事はおしまいだよ」
「まとめって何を書いたらいいの?」
「特に決まりはないと思うよ」
「ふうむ……。魔法薬のレシピとか?」
「あ、お礼用の?」
「そう。いつでも作れるように」
好きなマンガの話や、食べて美味しかったお菓子の話を書く生徒もいるらしいので、本当になんでもいいとは思いますが。
「それ、魔奇さんじゃなくても作れるの?」
「ううん。魔女だけ」
ですよね。
「あ、先生に教える為じゃないよ」
「違うんだ?」
「わたしが忘れないように」
「魔奇さん、忘れるんだ」
「割とすっぽ抜けるタイプで。家族に呆れられたことあるよ」
「へえ……。勝手になんでもできるタイプだと思ってた」
ミステリアスで、クールで、才色兼備のすごい人。そこに『魔女』が加わり、どこか遠い世界の人のように思っていました。
「全然そんなことないよ? 田舎から出てきたから知らないことばかりだし、魔法はまだまだ練習中だし、魔法薬は特に苦手だし、日直の仕事も平良さんがいなければできなかった」
「でも、そつなくこなしてたよ」
「だって、平良さんが一緒だったから安心できたんだもん」
机の上に日誌を広げ、うさぎのチャームがついたシャープペンシルを揺らす魔奇さん。
「ひとりだったらパニックだったと思う」
「パニック?」
「うん。魔法をあっちこっちに飛ばしていたかも」
魔女のパニックってそんな感じなんですね。
「前にね、慌てふためいてほうきが勝手に飛んでいちゃったことがあって」
ほうきが。
「家の窓ガラスを盛大に割ったんだ」
ひぇ。
「窓ガラスとほうきに向かって謝ったなぁ。三時間くらい」
「た、大変だったね……?」
「そういう経験を積んだわたしは、魔法の勉強をしっかりしようと思ったわけです」
遠い目の魔奇さん。きっと、いろんなことがあったのでしょう。
「ほんと、学びって大事……」
どこを見ている?
「でも、これからはもっと学ぶことが増えるからね」
頑張るぞ、と小さなガッツポーズをする魔奇さん。
「今日もさっそく、ひとつ学んだから」
「日直の仕事だね」
「うん。先生も待っているだろうから、まとめを書かないと」
そう言うと、持っていたシャープペンシルを机に置きました。おや?
「えいっ」
日誌にてのひらをかざす魔奇さん。何をするのかと顔を出して見ていると、『今日のまとめ』欄に浮かび上がる不思議な形。
こ、これは……!
「魔法陣……?」
「そうだよ。見るのは初めて?」
「うん。びっくりしちゃった」
「実はね、こっちに来てから魔法陣を見せた人、平良さんが初めて」
「第一目撃者だ。秘密にした方がいい?」
「ううん」
「じゃあ、自慢しよう」
「自慢?」
どこにでもある日誌。でも、一年二組の日誌はちょっと特別。
「魔奇さんの魔法陣を最初に見たぞ! ……って?」
「……ふふっ、なにそれ」
「みんな見たがるかも」
「珍しいものじゃないけどなぁ」
「明日の日直が見たらびっくりすると思うよ」
「その前に、先生がなんていうか――あっ、提出しに行かないと。平良さん、今日はありがとう!」
「どういたしまして。行ってらっしゃい」
時計を見て立ち上がった魔奇さんに手を振り、通学鞄を手に帰ろうと席を立ちました。
「…………」
しかし、また座りました。
日誌を出せば仕事は終わり。もう私の出番は終了したのですが……。
「なんとなく、なんとなくね」
誰もいない教室に言い聞かせ、カチコチと動く針を眺めていました。
魔奇さんが出て行ってから十分後。
「あれっ。平良さん、どうしたの?」
戻ってきた彼女が当然の疑問を口にしました。針を見ながら考えていた言い訳を伝えます。
「魔法陣を見た先生の反応を訊きたくて」
「あぁ、あれね」
くすくす笑う彼女は、ふいに声のトーンを落として表情を変えます。
「『これ、俺も使えるのか?』」
「それ、先生の真似?」
「うん。似てた?」
「えーっと」
実を言うと、あんまり。なにせ、彼女の声と先生の声は違いすぎます。気だるそうな表情もただかわいいだけ。
「なんとなく?」
「なんとなくかぁ」
「うん、なんとなく」
「えへへっ」
似てるとも似ていないとも言わない私でしたが、彼女は嬉しそうに笑ってくれました。
それぞれ帰り支度をしながら、
「他には何か言ってた?」
「これまでの教師人生で、日誌に魔法陣を描いてきたやつは三人目だって」
「魔奇さん以外にもいるんだ」
「絵が好きな子がお絵かきしたらしいよ」
「なるほど」
「でも、わたしが一番上手だって」
そんなことを言うので、思わず笑ってしまいました。
そりゃそうだ。だって魔奇さんは。
「魔女だもんね」
お読みいただきありがとうございました。
どんな魔法陣なのかは、読者様の想像力任せです。