45話 またまた転校生
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転校生が多すぎる。
月曜日。
いつもひとりで出る朝は、隣にきとんがいる景色に変わりました。二人でいってきますを言い、通学路を歩いて行きます。
まだ眠そうなきとんの朝支度を手伝い、妹の手を引く姉のように学校に連れて行く私。なんだろう、魔奇さんがまた『アニメで見た!』と言いそうです。
ブレザー制服のジャケットを脱ぎ、淡い水色の上着をまとうきとんはうにゃうにゃ言いながら必死に歩いています。
「眠い?」
「うにゃ……」
「学校がんばれそう?」
「いちにんまえになるためにがんばうにゃ……」
気持ちは確かなようなので、応援の意味を込めて頭を撫でました。
学校に関する手続きは済んでいるらしく、登校後、そのまま職員室に行くと一年二組の先生は「話は聞いてるぞ」と軽く手を挙げました。
「それじゃ、説明とかあるから猫宮はここに残るように」
「しほは?」
「平良は先に教室に行っている。あとで会えるぞ」
「んにゃ……。しほ、またあとで」
寂しそうに手を振るきとん。私も手を振り、職員室をあとにしました。先生が「またあのセリフを言う時が来るとは……」と笑みを浮かべていましたが、見なかったことにしました。
しばらく職員室で話をしていたからか、教室には普段私よりも後に来る生徒たちの姿がありました。というより、思ったよりも予鈴ギリギリでした。危ない。
「おはよう、平良さん。今日はいつもより遅いね。なにかあった?」
「ちょっと職員室に寄っていて。大丈夫だよ」
「遅刻するんじゃないかとヒヤヒヤしたのだ」
「その時は私たちで先生を食い止めますのでご安心を」
「勇者としてそれはどうなのだ?」
みんなの声を聞きながら席につきます。
「平良さん、今日日直だっけ?」
「ううん。別の用事」
「そっか。……あ、なにかついているよ。動物の毛かな?」
指先でつまんだ細い糸のようなものを見せる魔奇さん。ふわりと風に乗って飛んでいきました。
「平良さん、ペット飼ってるの?」
「飼って……はいないかな。一緒に住んでる動物……はいるけど」
非常に曖昧な答えに、魔奇さんは不思議そうに首を傾げました。
「それってどういう――」
予鈴が声をかき消しました。
がらりとドアが開き、相変わらず気怠そうな先生が入ってきました。続けてきとんがてとてとと歩いてきます。
「猫宮、まだだぞ」
「んにゃ?」
「俺が呼んだら教室に入るんだ」
「なんで?」
「転校生はそういうものなんだ」
「なるほにょ」
きとんは廊下に戻っていきます。一部始終を目撃していた生徒たちは、何も言わずに空気を読みます。
「ホームルーム始めるぞー。今日は新しい仲間を紹介する。猫宮、いいぞ……。猫宮ー、入ってこい。……猫宮~~~」
なかなか来ないきとんに手を振り、意識を引き寄せます。慌てて入ってきた彼女は、先生に促されるまま黒板の前に立ちます。
「転校生を紹介する。猫宮、挨拶だ」
「猫宮きとんともうします。よろしくおねがいします」
挨拶は完璧。お辞儀も完璧。私は内心でガッツポーズをします。昨日の夜、一緒に練習しておいたのです。きとん、上手にできたね。
「猫宮はまだ知らないことが多い。みんなで教えてやってくれ」
女子生徒が「はーい」と返事をします。たくさんの生徒の視線をあび、金色の目をまんまるくさせるきとん。きょろきょろと教室を見渡すと、私と目が合いました。
「しほ!」
「えっ、平良さん、知り合い?」
隣から驚く声が聞こえました。軽く首肯し、千切れそうな勢いで手を振るきとんに小さく片手を挙げました。
「猫宮はワケあって平良の家に住んでいる。何かあれば、平良に連絡してもいいからな」
なんてことないように説明し、先生は転校生紹介タイムを終了させます。新しく運んできた机を示し、きとんに座るように言いました。
空席は勇香ちゃんの左隣にあたる場所です。先生から見て廊下列の右側。私からはちょっと遠いですね。きとんはひとりで平気かな。
「しほ~……。とおい~……」
私の右の方からへにゃへにゃの声が飛んできます。……ホームルームが終わったら会いに行こう。
「…………」
きとんも気になりますが、私のすぐ隣で固まってしまった彼女も心配です。ぽかんと口を開け、石像のように色を失くした魔奇さん。だ、大丈夫かな?
朝のホームルームが終わり、一限の授業の準備を始める頃。私が立ち上がる前にきとんが飛びついてきました。
「しほー!」
「わっ、急に抱きつくと危ないよ」
「しほとがっこう、うれしい」
「今日から勉強がんばろうね。一限は国語だよ。教科書とノートを出しておくこと」
「んにゃ!」
「志普、おぬし妹がいたのか?」
教科書を取り出しながら私にくっつくきとんを見る小悪ちゃん。違うと首を振りますが、はたして見えているのやら。
「きょうだいは同じクラスにはなれなかったはずですし、名字が違うので、もしや……?」
勇香ちゃんが深刻な顔をします。おかしな勘違いをしている予感。彼女は真面目に言ってしまうので、誰かに聞かれたら変な噂が広がりかねません。
「妹でもないし、親戚でもないよ」
説明しようと小悪ちゃんたちの方を向いた時、後ろで音がしました。
「あ、あの平良さん……」
まだ色を失っている魔奇さんは、遠慮がちに私の制服を引きます。
「妹でもなく親戚でもない少女とひとつ屋根の下だなんて……、一体どこのアニメなの⁉」
割と想定通りの反応に、思わず笑みがこぼれました。安心と信頼の魔奇さん。
「小悪ちゃんより小さいけど本当に高校生? かわいすぎる……。みんなの妹感が溢れ出しているし、平良さんのお姉ちゃん感も新鮮で大変にグッド……」
赤みがかった黒い瞳が私を射抜くように注がれています。落ち着いてほしい。
「しほのともだち?」
「うん。きとんも仲良くしてくれると嬉しいな」
「する。はじめまして、きとんです。しほはきとんのかいぬしです」
「飼い主?」
魔奇さんの目が光ります。美しい赤色が弾けました。目聡いなぁ。
「ええと、きとんは私の家でホームステイをすることになって、飼い主っていうのはホストファミリー的な意味だと思う」
また勘違いされそうなだったので、慌ててそれっぽい説明をします。
「しほ、かいぬしちがう?」
「こういう時はホストファミリーっていうんだよ」
「猫宮ではホストファミリーのなかのさいしょにきょかをだしてくれたヒトをかいぬしっていう」
「そうなんだ。知らなかった」
というか、飼い主だと本当に猫――。
「きとんは猫みたいだな」
心臓がどきりと跳ね上がりました。何気ない小悪ちゃんの発言に冷や汗が流れていきます。
……ん? そもそも、きとんが化け猫だと隠す必要はあるのでしょうか? 特にないのであれば、私がどきどきする意味はありません。
「ねえ、きとん。あなたが化け猫だってことは隠した方がいい?」
本当に本当に小さな声で訊きました。猫であるきとんは耳がよく、ほんのわずかな声でも拾ってくれることを知っていました。
「わるいヒトにはかくすっていわれた」
「じゃあ、みんなには言っても大丈夫かな」
「んにゃん」
水色の鈴がちりんと鳴りました。「しほのともだちならいいヒト」
頬ずりしてくるきとんをあやしながら、「実はね」と話し出そうとした時でした。魔奇さんが「ほあぁえ?」とかなり間抜けな声を出し、すらっと長い指を伸ばしました。
小悪ちゃんと勇香ちゃんが指先に目を向け、「なんだなんだなんだ⁉」「なんと……」と目を見開きます。
まさか。私は事態を察知し、穏やかな笑みを浮かべます。きとん、あなた……。
「み、耳が生えてるーーー‼」
魔奇さんの叫びが教室にこだましました。驚いた生徒たちが振り返り、きとんを見てあんぐりと口を開けます。
「んにゃ?」
「きとん、耳でてるよ」
「あっ、やっちゃった。もっとれんしゅうする」
「そうだね。あと、しっぽも出てるよ」
「うにゃっ……」
灰色の尾が私に寄り添って甘えています。これ、無意識なの?
「…………」
一人前になるには、まだまだ先は長そうです。……でも。
「待って、うそでしょ。本物? 猫耳少女? 平良さんの家に小さな猫の女の子がホームステイしてるってこと? わたし、そんなのアニメでも見たことない!」
「なんだなんだなんななななだなんなんだ一体⁉ それ本物なのか⁉」
「小悪さんって魔王の割に、こういうことにちゃんと驚きますよね」
「むしろなんでおぬしは冷静なんだ、勇香……」
「驚いていますよ。すぺるさんと小悪さんにかき消されているだけです」
「やばいめっちゃかわいい耳ふわふわすごい触りたい平良さんとセットでいるのめちゃくちゃいい画すぎて写真撮りたいなにこれ幸せな光景すぎる~~」
「ていうか、すぺるは何なのだ? こやつ、こんなキャラだったか」
「明るくて元気で素晴らしいじゃないですか」
「だから、なんでおぬしは冷静なんだ」
もうしっちゃかめっちゃかです。クラスメイトたちも顔に驚きの色を濃く浮かべていますが、ちょっと不思議な転校生にわくわく感を抱かずにはいられない様子。
女子生徒から歓声を受け、きとんは尾を揺らしました。一瞬で変化した教室の空気に理解が追い付いていないきとんは、にこにこしながら首を傾げます。
「しほ、ここにぎやか」
「そうだねぇ。みんな、きとんが来てくれて嬉しいって」
そう言うと、彼女は八重歯を見せて笑うのです。
「きとんもうれしい」
お読みいただきありがとうございました。
だいぶキャラクターが増えました。




