43話 化け猫ホームステイ
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猫は猫でも化け猫。
私と母は、コップからそのままミルクを飲む少女を眺めていました。
猫の耳が出現したのは一瞬で、すぐに人間の姿に戻った少女。
それを目撃し、猫が自分だと言われ、ぽかんとした母でしたが、「そうなのねぇ」と頷いて「ミルク飲む?」とコップを差し出したのです。
人懐っこい笑顔で「のむ!」と答えた少女は、私たちに見守られながら一杯飲み干しました。
「ごちそうさまにぇした」
「はい、お粗末様です」
食事(?)が終わると、話があると真剣な顔で言われ、ソファーに座ることに。母は台所で夕飯の支度をしながら聞き耳を立てるそうです。
「はじめまして、猫宮きとんともうすますます」
不思議な言葉で挨拶をし、丁寧にお辞儀をしました。
「平良志普です」
私も頭を下げます。
「たいらしほ?」
「そうだよ」
「なまえどこ?」
「志普のところ」
「しほ!」
「うん。あなたはきとんちゃんでいいのかな」
「きとん」
「うん。きとんちゃんだよね」
「きとんでいい」
「呼び捨てってこと?」
少女はにこにこして頷きました。初対面で呼び捨てはしたことありません。ちょっと緊張してしまいますが、彼女がそう言うのなら。
「じゃあ、きとん」
「んにゃ!」
返事のような鳴き声がしました。それは、あの子猫と同じものでした。
「きとんはどうして雨の中、段ボールに入って私の家の前にいたの?」
「しほのいえだけじゃないにゃ。いろんなところにいたけど、だれもホームステイを
うけいれられないからとばしょをてんてんとしてた」
「ホームステイ?」
「猫宮のおきて、なのにゃ」
おうちの決まりごと、ということでしょう。ホームステイが掟とは一体?
「猫宮は化け猫の一族。いちにんまえになるために、にんげんといっしょにせいかつしてぶんかやことばをまなび、ちからをみにつけるのにゃ。そのために、どこかひとつすをえらび、しばらくすむ。にんげんはそれをホームステイとよぶ?」
「たしかに似ているかな」
「だから、きとんはさがしてた。ホームステイさきをさがすのもしれんのひとつ」
「今までは見つからなかったんだね」
「せつめいするにはひとがたにならないとだめ。これになったとたん、びっくりしておいだされた」
ああ……。想像がつく。
「しほはおいださなかった。びっくりしない?」
言葉を覚え始めた幼子のように、少し拙いしゃべり方。一所懸命に話そうとしていることが窺えます。
「したよ。でも、最近はびっくりすることが多くて、慣れてたのかも」
マジマジメンバーを思い出します。魔女、使い魔、魔王、勇者。不思議な人しかいません。あ、明杖さんは違いますけど、あの人もちょっと不思議なところはあるというか、なんというか。
「しほ」
きとんは金色の目を光らせて私を見つめます。強い意思を感じる瞳に背筋が伸びました。
「しほにおねがいがある」
「なあに?」
「きとんはしほのいえでホームステイしたい。だめ?」
「……私がだめって言ったら、きとんはどうするの?」
「またさがす。みつかるまでずっと」
「今日みたいに雨が降っていても?」
「あめもかぜもかんけいない。それが猫宮のおきて。しれん」
沈黙がおりました。私は視線を落として考えます。ひとりで生きているわけではありません。お金は親が出しているのです。良心が痛もうと、勝手に決めることはできないのです。
「……ちょっと待っててね」
私は立ち上がると、台所にやってきました。
「お母さん、今の話きこえてた?」
「うん。全部聞いてたわよ」
「……その、相談なんだけど」
「うん」
「きとんのホームステイ……、うちで受け入れたい」
「うん」
母は穏やかに微笑んで先を促します。
「お金は……、申し訳ないけど私は親に頼るしかない。けど、バイトする。それでも負担が大きいと思うけど、もうきとんが段ボールの中で雨に濡れるのは見たくない」
「うん」
「人間の生活や文化を教える先生は私ががんばるから、ホームステイやらせてください」
そう言って頭を下げました。世間知らずで頑固者かもしれませんが、『いい』と言われるまで上げるつもりはありません。
「いいよ」
「えっ?」
さらっと聞こえてきた答えに、驚いて顔を上げてしまいました。
「志普ならそう言うかなって思って話を聞いていたから」
「でも、まだお父さんに聞いてないよ」
「お父さんもいいって」
「えっ」
母は携帯の画面を私に向けました。父と母のメッセージのやり取りがあります。
《志普が化け猫ちゃんのホームステイを受け入れたいって》
《もうちょっと説明がほしいよ》
《我が家に猫ちゃんが増えるのよ。しばらく一緒に暮らすんだって》
《なるほど。いいよ》
軽っ……。お父さん、その説明でいいの? ほんとにわかった?
唖然としていると、「お金のことだけれど」と話が変わります。
「一人くらいなら大丈夫よ。貯えもあるし、お父さんに頑張ってもらうから」
お父さん、さらに頑張るのですか。
「本当に大丈夫?」
「うん。お母さんも、志普と同じくらいの子が雨に濡れているのを見るのは嫌だからね。バイトする時間はきとんちゃんと遊ぶ時間にあててあげて」
「……ありがとう、お母さん。帰ってきたらお父さんにもお礼言うね」
「そうね」
いつの間にか熱を帯びていた頬もそのままに、私はソファーに駆け寄りました。
「きとん!」
「んにゃ?」
勢いよく座ると、彼女の小柄な身体がふわりと浮きました。
「な、なんなのなののにゃ?」
「ホームステイ、うちでいいよ!」
「……ほんと?」
「うん。両親の許可は取れたから、大丈夫」
「ほんとのほんと?」
「ほんとのほんと」
不安そうな色が濃く浮かんでいた顔がみるみる明るくなっていきます。まるで、雨が止むように。
「…………しほ!」
「なあに?」
「ありがと!」
「どういたしまして」
「うれしい、うれしいなのにゃ!」
「わっ……」
飛び出したきとんを抱きとめ、小さな身体に手を回します。人間の姿ですが、猫の姿も知っているので、脳内には猫と戯れる自分が想像できました。
頬ずりしてくる距離の近さも、きっと元来猫だからなのでしょう。子猫が甘えていると思うと、私もつい頭を撫でてしまいました。
ポンッ。指先に柔らかい毛の感触がありました。視線の先で細長い灰色が揺れています。
「あわわ……、まだまだなのにゃ」
「耳としっぽ……」
「まだひとがたはにがて」
両手で耳を隠す彼女を見ていると、イマジナリー魔奇さんが『アニメで見た!』と叫びました。魔奇さん、すごく喜びそうだなぁ。
「にゃって言っちゃうのも猫だから?」
「きをつけるようにいわれたけど、きをぬくという」
「かわいいよ」
「猫のときはいい。ヒトのときはヒトのことば」
「それもこれから練習していくんだね」
「んにゃ」
「一緒にがんばろうね」
「んにゃ!」
力強く頷くきとん。私はよしよしと頭を撫でました。ふわふわの三角耳がてのひらに寄り添うように動きました。
「志普、お姉ちゃんみたいね」
「妹ができた気分」
「賑やかになりそうで楽しみだわ」
優しく微笑んだ母でしたが、数時間後に目を白黒させることになりました。理由はというと。
「これがきとんのおやからのてがみと、ホームステイきょかしょー。こっちがきとんのよーいくひがはいったつうちょーとキャッシュカード。……ですにゃ」
「許可証があるんだね」
「あとでけーさつとほけんじょにもれんらくする」
「そこそこしっかりしてる……」
母はきとん親からの手紙を読み、通帳を開きました。私も覗いてみると、たくさんのゼロがみえました。先頭には一があります。いち、に、さん……とゼロを数えたところ、全部で六つ。
「ひゃくまんえん……」
「まあ……」
「これ、何のお金?」
「きとんちゃんの養育費ですって。とりあえず百万円入れて、毎月二十万送金するから自由に使ってください……わあ……」
「ほんとに使っていいのかな?」
「足りなかったら連絡くださいって書いてある……。わあ……」
母は「たくさん美味しいもの食べさせないと」と強く頷きました。
「きとんのおこづかいもそこからだす」
「いくらもらってたの?」
金額を見るに、数万円はくだらないでしょう。私、そんなにもらってない。
「ご!」
きとんはてのひらを見せました。ご、五万円⁉ すごい!
「ごひゃくえん」
「少なっ」
「ミルクはかえるからじゅうぶん」
「志普と遊びに行く時もあるだろうから、さすがにもっと渡すわね」
母は小さく笑いました。
その後、父の帰宅までにきとんの荷物が宅配で届きました。
「いつの間に知らせてたの?」
「猫にいってつたえてもらった。猫のことばははやい」
「そうなんだ。すごいなぁ」
ひとりでは大変だろうと荷解きを手伝うことに。きとんの部屋は私の隣です。物置になっていた部屋を片し、使用することになりました。
そんなに多くない荷物の中には、見慣れた制服が入っていました。おや、これは……。
「私が通ってる高校の制服だ」
「ホームステイさきでがっこうにいっているヒトがいたらおなじがっこう、いなければいちばんちかいがっこうにかよう」
「じゃあ、一緒に学校に行けるの?」
「んにゃ。クラスもおなじ。それがおきて」
「そうなんだ。うれしい。いつから登校?」
「あさって」
「明後日?」
ふむ、なるほど。なるほどね。明後日ですか。明後日から、私のクラスには魔女と使い魔と魔王と勇者と化け猫がいるわけですね。
ふむ、なるほど。なるほど……。
「だいぶカオスだなぁ」
「かおす?」
「ううん、なんでもない。楽しくなりそうだなって」
本心です。これまで以上に愉快な日々が待っている予感がします。まあ、それはそれとして。
「やっぱりカオス」
お読みいただきありがとうございました。
学校だけでなく自宅も愉快になる平良さん。




