41話 勇者のお悩み相談所
閲覧ありがとうございます。
平和なマジマジ活動。
本格的に部活動やサークル活動が開始されて数日、私は勇香ちゃんと一緒にマジマジの部室へと向かっていました。肩にはシロツメちゃんが乗っており、頬にふわふわを感じます。
「小悪さんたち、いつ来られるでしょうか」
「もしかしたら、今日は無理かもしれないね」
「まったく、二人して小テストの補習だなんて呆れるわ」
揺れた耳が私の髪をさらいます。ため息をつくシロツメちゃんは「スペルはあたしの主という自覚はあるのかしら」とさらに深い息をはきました。
「もうすぐ中間テストだしね」
「テスト範囲でもある小テストの補習です。ありがたいことですね」
「ここにいるってことは、あなたたちは大丈夫だったのよね」
シロツメちゃんの問いに私たちは頷きます。
「二人とも満点でしたよ」
「小テストの範囲は狭いから」
「二人をスペルの家庭教師に採用しようかしら」
真顔で……おそらくそのような真剣な顔で使い魔は言いました。
西棟四階、一番奥の部屋がマジマジの部室です。廊下を歩き、曲がり角を超えるとその部屋が見えてきます。
脳裏に明杖さんから聞いた『噂』がチラつきますが、隣にいるのは勇者さんです。何も心配いりません。……いりませんよね?
「あ、見てください、志普さん」
「うん?」
「今日も来ているみたいですよ」
軽やかに駆け寄ったところには、手作り感満載の箱が置いてあります。使わない椅子を一脚教室の外に置き、その上に箱があるのですが、この箱は何かというと。
「『勉強の仕方がよくわかりません。おすすめはありますか?』『最近、ついスマホを見て寝る時間が遅くなります。気持ちを強く持つ方法はありますか』『小テストの点数が悪く、補習が決定しました。助けてください』……。ふむ、なるほどなるほど」
「学生っぽい悩みがたくさんあるね」
「志普さんの知恵もお借りしていいですか?」
「もちろん」
私は鍵を開けて部室に入りました。電気をつけ、部屋を見渡します。最初より明るい雰囲気が感じられました。
始動以降、ひとまず部屋の片づけをメインに活動しています。長らく使われていなかったからか、ほこりが多く、どことなく陰鬱としていた教室。
窓を全開にし、ひたすら掃除をした結果、そこそこ居心地はよくなりました。噂の幽霊って、あの雰囲気から生まれた話なのでしょうか。そんなことを思うくらい、閉じられていた部屋には淀んだ空気が溜まっていました。
ちなみに、鍵は私が持つことになりました。私なしで部室に行く時は、事前に渡すことになっています。少々不便な時もありますが、ひとまずこの方式で落ち着きました。
開けっぱなしにしようかと思いましたが、考えは保留となりました。活動が長くなれば、大事な物も増えていくでしょう。いざという時の為に、鍵の存在は大きいのです。
……というのは実際、建前でして。『噂』を聞いた私は、もしかしたらと思わずにはいられないのです。だから、部屋を使いつつも、今まで通り施錠をすることにした、というわけです。
明杖さんはあの日から一度も部室を訪れていません。噂のことを聞こうと会いに行きましたが、詳しいことは知らないと言うばかり。紙に書かれたことについては、黙って微笑むだけでした。何か言って欲しい。
片づけばかりではつまらないと、並行して各々好きなこともしています。その一つが勇者のお悩み相談所。
相談所といっても、マジマジ活動時間は基本放課後なので、意見箱を設置したというわけです。
意見箱の存在をお知らせするチラシを作成し、学校内の掲示板に貼ったのが三日前。口コミでも広めたおかげか、チラシを貼った日から意見箱の中にはいくつかの紙が投函されるようになりました。
とはいえ、中身は先ほどの通り。勇香ちゃんは用紙にメッセージを添え、意見箱の隣にあるバスケットの中に入れるのです。
「話を聞き、私が持つ考えや意見を伝える。それも勇者の仕事です」
彼女は常々そう言いました。
「一見すると小さな悩みでも、書いた人にとっては重大な悩みかもしれない。そして、私が出動する事案が紛れているかもしれない。どんなに小さなことも見逃さず、使命を全うする。マジマジではそれができると思いました」
ありがたいお言葉ですが、補習から助けることはできないんじゃないかな。
どうするのか見ていると、彼女は補習助けてマンからの投書に『応援しています』と書いていました。なるほどね……。
「この補習の人、名前が書いていないから、もしかして小悪ちゃんだったりして」
「ふふっ。でも、字が違うので小悪さんではないようです」
「わかるんだ?」
「幼い頃からの付き合いですから」
意見箱は匿名でも受け付けています。勇香ちゃんが投函した人を特定できるよう、なるべくクラスと名前の記入をお願いしていますが、強制ではありません。匿名の投函は何通もありました。
意見箱の中身を机に広げながら、勇香ちゃんは一通一通確認し、丁寧にメッセージを書いていきます。
あらかた掃除も終わっているので、私は彼女のペンの音を聴きながら読書タイム。シロツメちゃんは私の膝の上でお昼寝。勇香ちゃんに知恵を借りたいとお願いされた時だけ、私はお手伝いをすることになっています。
どのくらい経ったでしょうか。キリのいいところまで読んだ私は、一旦本を閉じました。まだ投書とにらめっこしている勇香ちゃんに近寄り、「終わりそう?」と訊きます。
「はい、もうそろそろ」
「今日は勇者が出動しそうなお悩みあった?」
「いえ。平和でした」
「それはよかった」
勇香ちゃんはいくつかの投書を私に見せてくれます。個人情報やプライバシーを守る為、特定できない悩みだけですが、なかなか興味深いものも多いのです。
「ただ、少し不思議な投書がありまして」
「不思議な?」
首を傾げながら投書に目を通します。
《友達から聞いた話なのですが、最近、捨て猫をよく見かけるという噂が広まっているそうです。誰かの家の前や公園、店の脇や自販機の隣など、気がつくと段ボールに入った猫が鳴いているのだとか。どうやら、すべて同じ猫らしいのですが、一体誰が移動させているのかわかりません。本当に猫なのか怪しく思えてきます。ただ、捨て猫なら、誰かに拾われて幸せになってほしいです》
おそらく、女子生徒が書いたであろう投書。たしかに不思議な話ですが、誰かに拾ってもらう為に猫を移動させているとすれば、そんなにおかしな話ではありません。
捨てた人が移動させているのか、見かけた人が別の場所に運んでいるのか、不明ですが、自分の家の前にあったら、まるで自分が捨てたと思われかねません。咄嗟に移動させてしまう人がいた。それなら一応、筋は通ります。
「私の家は猫を飼えないので、里親を探す手伝いならできるのですが……」
勇香ちゃんは眉を曲げました。投書を見ると、署名がありません。どこの誰が投函したのか不明でした。
「志普さん、もしこの話の猫だと思われる子を見つけたら連絡していただけますか?」
「うん、わかった」
なぜか移動する捨て猫の噂。幽霊の話より怖くありません。
その時、換気用に隙間を作っておいた窓から何かが飛び込んできました。それはふらふらと浮きながら勇香ちゃんの机に落ちます。
「折り紙の鳥?」
「これ、魔奇さんじゃないかな。前に見たことあるから」
「一体どうしたのでしょう」
力を失った鳥を開き、中身を見る勇香ちゃん。私も覗き込むと、
《補習……。もう無理……。助けて……タスケテ……》
細くふにゃふにゃな字でそう書いてありました。思わず顔を見合わせます。
勇香ちゃんは真剣な顔でペンを取り、『がんばれすぺるさん! 応援しています!』と強く添えました。折り目に従い、改めて鳥を作って机に置きます。
「…………」
「…………」
こてん。力なく倒れた鳥は悲しそうな目で私たちを見ます。
折り紙の鳥が再び飛び立つことはありませんでした。
お読みいただきありがとうございました。
マジマジの活動内容がよくわからないという方へ。『基本なんでもあり』です。




