40話 マジマジ始動
閲覧ありがとうございます。
いよいよサークル活動スタートです。
仮登録終了から数日後。
新サークル設立の申請を行った私たちは、先生から『許可証』をもらうことができました。以上をもって、正式にマジカル☆マジカルサークルが不津乃高校に誕生したのでした。
許可証を得た日、私たちはさっそくマジカル☆マジカルサークルの活動場所である教室にやってきました。使用許可を取ってくれた明杖さん以外、正確な情報を知らないので、彼に案内役を務めてもらうことに。
「でも、よく空き教室なんて知ってたね」
「先生の手伝いで近くに行くことがあったから。それと、あの教室はちょっと有名なんだよ」
「有名?」
「学校の教室で生徒に有名ときたら、なんだかわくわくしない?」
妙に楽しそうな表情を浮かべるので、なんとなく嫌な予感がしました。学校で有名。それだけ聞くと、頭の片隅で『怪談』という言葉がチラつくのです。
「サークルですが呼び方は部室でよろしいのですか?」
「うん。その方がわかりやすいから」
「部室と聞くと、一気にそれっぽくなりますね。楽しみです」
階段をのぼるたび、勇香ちゃんが背負っている勇者の武器が揺れました。
「まだのぼるのかぁ……」
「四階だからね」
「マジマジ活動の為に毎度四階まで行くのはめんどうなのだ」
「いい運動になると思いますよ」
「勇香は体力あるからそう言えるんだ」
校舎の西棟、四階に到着すると、長い廊下にひんやりとした空気が流れているのを感じました。五月に入り、暖かな日も増えてきましたが、ここはまだ取り残されているようです。
「わたし、西棟って初めて来た」
「授業で来ることはありませんね」
「そもそも、どんな教室があるのかも知らんぞ」
「東棟の四階は視聴覚室があったけど、こっちは私も知らないな」
学校内なので自由に行動してよいはずなのに、なんとなく後ろめたい気分になってきます。明杖さんは気にせず「こっちだよ」と進んでいきます。
いくつかの教室を通り過ぎますが、誰もおらず静かです。放課後だから部活やサークルがあってもいいと思うのですが、異常なくらい静寂が広がっています。五人の足音がやけに大きく聴こえました。
廊下を曲がり、突き当りまで歩いて行くと、明杖さんが「ここだよ」と手で示しました。
「教室の名前が書いていないけど……」
「今は使われていないからね」
「あ、だからすぐ許可が下りたの?」
「そんなとこ」
明杖さんはポケットから鍵を取り出し、ドアを開けました。普段は施錠されているのですね。
彼を先頭に、ゆっくりと入室します。明杖さんはドアの脇にあった電気のスイッチを押し、部屋に光をもたらします。
「わっ、広いね!」
部屋の全貌を目撃した魔奇さんが声をあげました。
「しちょーかくしつと同じくらいあるではないか」
「本当にここを使ってよいのですか?」
勇香ちゃんは間違っていないか不安になったのでしょう。明杖さんに問いかけますが、彼がしっかりと頷いたのでそれ以上は何も言いませんでした。
「ここにある物も自由に使っていいみたいだよ」
「ずいぶん太っ腹なんだね」
「もう使わない物なんだって。捨てるにもお金がかかるから、使った方が物も嬉しいと思うし」
「それなら、ありがたく使わせてもらおっか」
部屋の中には古ぼけた机や椅子、かつて使っていたと思われる大きな黒板や使いかけのチョーク、ホワイトボードもそのままです。分厚いカーテンもまだまだ現役ですね。
木目が見える床も抜けることはなさそうです。脳裏に浮かんでいた廃墟のイメージを取り払い、素敵な部室に感謝しました。
「じゃあ、僕はこれで」
「もう行くのか? 今日は記念すべきマジマジ始動初日だというのに」
「ごめんね。ちょっと用事があって」
「志普さんから聞いています。あまり活動には参加できないのですよね」
「幽霊部員みたいなものだと思ってもらっていいよ」
「それはなんだか寂しいね。名誉部員はどう?」
倒れていた椅子を起こしながら魔奇さんが提案します。明杖さんは笑って首肯しました。
「畏れ多いね」
帰る明杖さんを見送ろうと、私はドアの外までやってきました。やはり、四階は誰もいないので非常に静かです。
「前も言ったけど、あなたもマジマジメンバーなんだから、いつでも来てね」
「ありがとう。これ、平良さんに渡しておくね」
そう言うと、彼は先ほどの鍵をポケットから取り出しました。小さな紙に包み、私に差し出します。
「この紙は?」
「必要になった時に見て」
開こうとして、彼にやんわりと止められました。必要になった時っていつのことでしょう。なんだか曖昧な言い方ですね。
「帰る時、鍵は誰に渡せばいい?」
そもそも、教室の鍵を閉めるのは教師と警備員のはずです。一生徒が鍵を持っているのは不自然なような気がします。ほのかに覚えていた違和感は、彼の発言で形を明確にしました。
「鍵は返さなくていいよ。平良さんが持っていて」
「えっ、でも学校の鍵だよ? 万が一落として、盗まれて悪用されたら私……」
「大丈夫」
明杖さんははっきりと言いました。
「何か理由があるなら教えて」
「隠すことでもないからね。実はこの教室……」
二人だけ。周囲が騒がしいわけでもないのに、彼は声を潜めます。自然と耳を澄ませるので、静寂が痛いほどに鼓膜に突き刺さるようです。
「とある噂があるんだよ」
「噂?」
「そう。不津乃高校では有名なんだけど、聞いたことない?」
「う、うん……」
ただ答えただけなのに、私の声はか細いものでした。ふと、明杖さんが笑顔を浮かべます。柔らかなそれに、渦巻いていた不安がいくらか解消されました。
「大丈夫だよ。ここには魔女も使い魔も魔王も勇者もいる。一応、僕も」
「うん」
「だから、噂なんかに振り回されずにマジマジを楽しんで」
「わかった。でも、気になるから噂のこと訊いてもいい?」
「ありふれたものだけど……」
明杖さんはさらに声を小さくします。囁くように発せられたのは……。
「――不津乃高校西棟四階の一番奥の部屋には、幽霊が出る」
いつの間にか俯きかけていた顔が勢いよく上がります。
そこには、不敵な笑みを浮かべた少年がいました。一瞬の後、また柔らかな表情に戻ります。自分の見間違いかと思い、咄嗟に目を擦ります。やはり、優しげな明杖さんがいるだけです。
「僕もそんなに詳しくは知らないんだけどね」
「あの……、あんまりサークルに顔を出せないのはこれが理由ってわけじゃ……?」
空気に呑まれ、思い浮かんだ疑問をそのまま言ってしまいました。案の定、明杖さんは目を丸くして固まります。
慌てて訂正しようとした時、彼は声を出して笑いました。
「違うよ。ほんとに用事があって、今日もこの後行かなきゃいけないんだ」
「そ、そっか。ごめんね。変なこと言って」
塾か何かでしょうか。あまり引き留めて時間を使ってはいけませんね。
別れの挨拶を交わし、彼は背を向けます。
西棟四階の噂を知り、落ち着きを失いそうな心臓から不安定な鼓動の音が聞こえるようでした。ひとりでいることが不安になってきます。
見送ろうと出てきた手前、せめて見えなくなるまではここにいようと思うのですが、はやく魔奇さんたちに会いたくて仕方ありません。
ふと、握りしめていた紙から鍵が滑り落ちました。廊下の床に当たり、高い音が響きます。正直、めちゃくちゃ驚きました。
鍵が落ちただけと言い聞かせながら拾い、ふと紙に目をやります。そういえば、この紙は何なのでしょう?
私は先ほどの明杖さんの発言を思い出します。――必要になった時に見て。
「…………」
もしかして、幽霊の対処法が書かれているのではないでしょうか。彼はここが『そういう場所』だと知りながら部室に選んだわけです。つまり、除霊とかそういうものが……と紙を開くと。
《平良さんなら幽霊とも仲良くなれるよ》
丁寧な字でそう書かれていました。
この人、何を言っているのでしょう。まじで何を言っているのでしょう。幽霊と仲良く? 誰が? どうやって? ていうか、本当にいるってことですか⁉
慌てて廊下の曲がり角まで走りましたが、もう彼はいませんでした。はやくない⁉
とぼとぼと部室まで戻ってきた時、閉めておいたドアががらりと開きました。今はなんにでも驚く私は、間抜けな声をあげて固まります。
「遅いぞ、志普。部室を大まかに片づけるから手伝うのだ」
「う、うん。今いくね」
「……? どうした、顔色が悪いぞ」
上目遣いに顔を覗きこむ小悪ちゃん。私は咄嗟に紙を制服のポケットにねじ込むと、彼女の背を押しながら教室の中へ。
「おかえり、平良さん。……って、どうしたの?」
「なんだか視線があっちこっちに飛んでいるようですが、何か気になることでも?」
魔奇さんと勇香ちゃんに訝しげな目を向けられますが、全力で首を横に振って応えます。
「ななななんでもないなんでもなんでもないよ」
「何かある時の答え方よ、それ」
椅子の上でくつろぐシロツメちゃんが耳を揺らします。
「なんでもないから……」
作り笑いを浮かべ、両手を振りました。
「さあ、部屋の片づけしよ。今日は記念すべきマジマジ始動日なんだから、楽しくね」
「そうだね。わたし、重いもの魔法で動かすよ」
「助かります。では、こちらの方に」
「シロツメは何もしないのか?」
「あたし、重労働は向いていないの」
「たしかに、机が倒れてきたら潰れそうだな」
「なんですって?」
賑やかに動き出したマジカル☆マジカルサークル。
それぞれ椅子や机を動かす彼女たちを眺めながら、私は制服のポケットに手を入れました。
学校で使用されているにしては錆ついた古い鍵。やけにひんやりとした感触が指先を伝い、全身に広がっていく気がしました。
お読みいただきありがとうございました。
普段使わない校舎の教室にはロマンがいっぱいあるような気がしたりしなかったりします。




