4話 席替え
閲覧ありがとうございます。
この話まで過去編です。次回から時系列は戻ります。
次の日。
私ははやる心をそのままに、まだ家でゆっくりしているはずの時間から登校していました。案の定、教室には一番乗り。
まだ課題もないので、私は鞄の中から本を取り出しました。
窓を開け、春の風を感じながらの読書は格別です。
少しずつ、生徒たちが登校し、他愛ない会話をして仲を深めているようでした。
「おはよう、早いね」
隣の席の生徒があくびをしながら着席しました。
「おはよう。ちょっとどきどきしちゃって」
「もしかして、魔奇さん?」
「うん。ほんとに空を飛んでいくものだから、今日もそうなのかなって」
「魔女流の登下校スタイルなのかも。あ、だから早く来たの?」
思わず本を閉じました。完全に図星だったからです。
「ま、まあ……」
「たしかに、何度でも見たい光景だよね」
「うん。あと、それ以外にも理由はあって。あなたに相談なんだけど」
「相談?」
二日目にして何を相談するのかと、小首を傾げられました。そりゃそうですよね。
「あのね――」
私の話に、彼は「なるほど」と頷きました。
「わかった。先生には僕から言っておくよ。魔奇さんには平良さんが言ってみて」
「いいの?」
「いいよ。実は昨日、僕も同じこと思ってたから」
そうして、彼女を抜きに勝手に話が進んでいると、
「あ、ねえ見て! あれ、魔奇さんじゃない?」
「ほんとだ。やっぱり飛んでるよ!」
「すごーい!」
楽しそうな声が教室に響きました。私が立ち上がろうとすると、彼がそれとなく窓の開きを大きくします。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ふわりと降り立った魔奇さんは、全開の窓を見て、窓際の私たちを見ました。
「寒くない?」
「大丈夫だよ」
「そう」
いつの間にか、ローファーは中履きに変わっています。
「ほうき、ここに立てかけてもいいかな」
教室の隅っこを指さす魔奇さん。
「たぶん。あとで先生に訊いてみて」
「わかった」
その会話の間、私はつい本を読むふりをして黙っていました。
横目で彼女を見ますが、制服と三角帽子というのは独特な格好です。でも、とても似合っていると思いました。
「…………」
通学鞄に揺れているもの。目で追いますが、生徒たちに紛れて見えなくなりました。
「じゃあ平良さん、そっちはよろしくね」
「あ、うん。訊いてみるね」
ところが、なかなか話しかけられず、タイミングも合わず、あっという間に帰りのホームルームの前まで来てしまいました。
な、なんてこったい……。私、人見知りだったでしょうか。いや、今まで特に会話に困るようなことはなかったのですが、なぜかうまく彼女に話しかけられません。
「平良さん、先生は相手がいいなら好きにしろって言ってたよ」
「ほんと? よかった。訊いてくれてありがとう」
「いえいえ。そっちはどう?」
「うっ、ごめん、まだ訊いてないんだ」
「そっか。……あ、今チャンスじゃないかな」
「えっ」
見ると、魔奇さんの周りには誰もおらず、彼女も忙しそうではありません。もう今しかありません。行け、私!
「ま、魔奇さん、いま平気?」
「う、うん。なに?」
私の緊張が移ったのでしょうか。なぜか彼女も背筋を伸ばしました。
「昨日の帰りとか今日の朝とか、ほうきで通学してたよね」
「うん」
「それで、相談があるんだけど」
「相談?」
「もし魔奇さんがよければ、席を交換しない?」
「……交換?」
意味がわからないのでしょう。はて、と顎に手を当てました。
「ほうきで来るなら、窓に近い方が便利かなと思って。あ、無理にとは言わないよ。一応、訊いてみただけだから、あんまり気にしないで」
「交換……。席の交換……。席替え……」
何やらつぶやいていると思ったら、「いいの?」と問いかける小さな声。
「うん。隣の席の人にはもう言ってあるから」
「……じゃ、じゃあ、お願いしようかな」
「わかった。ホームルームが終わったら席替えしよっか」
「うん。ありがとう」
手を振り、早足で自分の席に戻りました。はあ~……、緊張した!
「どうだった?」
「お願いしますって」
「そっか。よかったね、平良さん」
「うん」
胸を撫でおろし、ほぐれていく緊張が安堵に変わっていくのを感じながらホームルームが始まりました。あとで先生にもお礼を言わないと、と思っていた時のことです。
「ホームルームを終える前に、ひとつだけ」
先生がチョークを持ちました。腕を大きく動かし、黒板いっぱいに書いた文字。
「今から席替えをする」
教室内にざわめきが起こりました。私もびっくりです。一体どういうことでしょう?
「身長とか視力の問題とかあるだろ。あと、エアコンの風が当たりすぎるとか。自分が移動したい席の生徒が了承したら交換ってことで、各自好きなように話し合う時間を取る。そうだな」
時計を見て、「今から十分間、席替えタイム。それが終わったら帰っていいぞ」と、また椅子に座ってしまいました。
生徒たちは少し困惑した後、
「席替えだって!」
「ねえ、交換しない?」
「私、廊下側だと少し寒いから真ん中の列がいいなぁ」
などと声が聞こえ始めました。
「公平を期す為かな」
隣の席の生徒がつぶやきました。なるほど。これなら違和感を覚えたり反感を買ったりすることなく、魔奇さんと席を交換できます。
それではさっそく、と立ち上がろうとした時、遠慮がちに魔奇さんが歩いてくるのが見えました。両手いっぱいに荷物を持っています。
「あ、ちょっと待ってね。すぐ移動するから」
「えっ?」
「ん?」
驚いた魔奇さんに、私も釣られて首を傾げました。そういう約束でしたよね?
「わたしの隣が平良さんになるんじゃなくて……?」
「へっ?」
「あれっ?」
彼女の言っていることがわからず、間抜けな声を出してしまいました。
「あ、もしかして、わたしの勘違い……?」
みるみるうちに真っ赤になっていく魔奇さん。
「ご、ごめん! やっぱり大丈夫だから――」
「ちょっと待って」
踵を返そうとした彼女を止めたのは隣の生徒でした。
「僕、この席だと黒板が少し見えにくくて、もしよかったら魔奇さんの席と交換してくれないかな」
「えっ……」
「それに、女子同士の方が話しやすいだろうし」
どうかな、と問いかける彼。
私が口を開こうとしたのに気づき、小さく首を振りました。ややあって、魔奇さんが答えます。
「きみがいいなら、ぜ、ぜひ」
「よし。じゃあ、平良さん、またね」
「あっ……」
一日だけでしたが、彼が隣の席でよかったと思いました。だから、立ち上がり、感謝をこめて笑顔を浮かべます。
「明杖さん、ありがとう」
「どういたしまして。席は離れるけど、一年間よろしくね」
「うん」
「それと」
ふと、明杖さんは声を潜めます。私にしか聴こえない声量。
「困ったことがあったら言ってね。力になるよ」
「……え?」
どういう意味か訊く前に、彼は笑顔で手を振ります。
「じゃあ、また」
「あ、うん。またね」
手を振り合い、彼の後ろ姿を見送りました。魔奇さんもお辞儀をし、困ったように私を見ます。
「い、いいのかな?」
「いいんじゃないかな」
「じゃあ……、お言葉に甘えて」
「うん、いらっしゃい魔奇さん」
まだ教室内は席替え交渉やすでに交換を終えて話をする声で騒がしいまま。窓側の最後列に隣り合う私たちは、少しだけ切り離されたように静かな中にいるような気がしました。
私の席と交換したいと言ってくる人は今のところいません。このままいけば、しばらく私の席の隣は魔奇さんになります。
これからの為にも、滑らかに話しかけられるようにしなければいけませんね。
「あの、魔奇さん」
「ん?」
「私、説明不足だった。ごめんね」
「あ、いいの! 気にしないで。わたしも勝手に思い込んじゃって」
「一応、確認なんだけど、他に気になる人がいたら私の席と交換しないか訊いてくるよ」
まだ高校生活は始まったばかりです。通学に便利な窓際の席を獲得したならば、あと気にするのは隣の生徒。まだ時間は残っているので、私が交渉役を務めることも可能――。
「い、いい! わたしはきみがいいから席替えしたの!」
思いがけない言葉に、春のそよ風が私の髪を揺らしたことも気になりませんでした。
「さっきの相談もそう。きみの隣の席になれると思って嬉しくて……。か、勘違いだったけど」
「なんで私……?」
さっぱり理由がわからずにいると、彼女は真っ白な髪で顔を隠しました。ただ、隣の席の私だけには見えます。そこには、とても嬉しそうな笑顔が咲いていました。
「だって、平良さんは最初に話しかけてくれた人だから」
「もしかして、昨日の帰り際の?」
「そう。すごく嬉しかったんだ。ありがとう」
「…………」
すぐに返事はできませんでした。胸がいっぱいで、何を言ったらよいのか、わからなかったからです。
代わりに、こくりこくりと頷き、「私も」と言葉を紡ぎます。
「私も嬉しい。ずっと話したかったから」
「ほんと? じゃあ、これから毎日お話しようね」
「うん。よろしくね、魔奇さん」
「こちらこそ、平良さん」
こうして、高校生活二日目、私の隣の席は魔女さんになったのでした。
お読みいただきありがとうございました。
創作でお世話になりやすい窓際の最後列の席さんが当作品にもご登場です。
みなさま、拍手でお迎えください。