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39話 なんとかなれサークル

閲覧ありがとうございます。

なんとかなるか、いかに。


 部活動仮登録及び新規サークル提出締め切り日。

 私たち四人は朝から走り回り、学校中を駆け巡り、片っ端から声をかけ、全敗していました。


 使えるすべての時間を使ったのに、最後の一人を得られないまま帰りのホームルーム前まで来てしまったのです。


 しかも、空き教室はいくらでもあるだろうと高を括っていたことが裏目に出たのか、まだ使用教室の許可も取れていませんでした。どうするサークル……!


「どうする? わたしの魔法で影分身でも作ろうか?」


 遠い目をした魔奇さんが杖を出しました。


「影分身って生徒名簿に登録できるかな」


 訊く私も追い込まれています。登録できるわけないでしょうが。


「誰かの名前を勝手に書くなんてできないし、どうしよう~……」

「一年二組の生徒は……全員聞いたっけね」

「うん。みんなだめだったと思う」

「そっか……」


 項垂れていると、ホームルームが始まってしまいました。提出の締め切りは今日の放課後までです。あと、せいぜい一時間程度。すでに活動が始まっている生徒や、帰宅する生徒がいることを考えると絶望的な状況でした。


「所属しないって答えた人に、名前だけでもってもう一度お願いしてみる」

「うん。わたしも訊いてみるね」


 希望を持つ会話ですが、お互いの顔が晴れないことに気づいています。見なかったふりをするように、前方を向きました。


「部活動仮登録だが、今日までだからなー。どこにも入らなくても提出することを忘れずに」


 先生が教卓に置いた名簿を見ながら話します。


「まだ出してないやつがうちのクラスに五人いる。未提出だと俺が怒られるから、まじで出してから帰ってくれ。まじで」


 切実な頼みを最後に、ホームルームが終わりました。各々活動に移っていく中、私は先生の言葉が頭に引っかかっていました。


 未提出者が五人? 私、魔奇さん、小悪ちゃん、勇香ちゃんが出していないのは知っていますが、あと一人は誰なのでしょう。今日、欠席者はいないはずですが……。


 その一人を捕まえ、マジマジに勧誘する。おそらく、最短で最適で最終的な方法です。さあ、未提出者Xは誰なのでしょう。絶対に捕まえ――。


「あれ……?」


 おかしいですね。もう教室に生徒が残っていないのですが……。


「平良さん、今日まで仮登録なんだけど、今日から簡易オリエンテーションをする部活が多いみたいで、みんな行っちゃった……」


 肩を落として状況を解説する魔奇さんは、おもむろに杖を取り出しました。


「こうなったら、わたしが魔法人形を作るしかないね」

「魔法人形って?」


 聞き慣れない言葉に訊くと、シロツメちゃんが「自分の代わりに魔法を受けさせる贄みたいなものね。魔法の練習でよく使うわ」と説明してくれました。


「それ、意思はあるの?」

「ないわよ。人形だもの」

「じゃあ、人員にはならないよね」

「ならないわ。そもそも、生徒ですらないし」


 その場に崩れ落ちた魔奇さん。シロツメちゃんを抱いて目を潤ませています。


「ああ……、みんなでサークルやりたかったなぁ……」

「魔法で無理やり……もできなくはないけど、あなたはそういうタイプじゃないわよね」

「うん……。自然に任せることも魔女には必要な力だと思ってる」

「そう。じゃあ、これも経験ね」


 立ち上がった魔奇さんは、まだ後悔の色が濃く浮かんでいましたが、先ほどよりは現実を受け入れたようでした。


「仕方あるまい。だが、こうしてサークルについて考え、走り回ったことは思い出だ。楽しかったぞ」


 穏やかに言う小悪ちゃんですが、その表情はフードのせいで見えません。いつも以上に深くかぶり、端を手で押さえています。


「私も、短い間でしたが楽しかったです。それに、学校生活はまだ始まったばかり。今後も仲良くしていただけると嬉しいです」


 勇香ちゃんは落ち着いて胸に手を当てました。


「……心臓が残念だと言っているのも、みなさんに出会えたからこそですね」


 みんなが露と消えゆくサークルに自分なりのお別れをしている最中、私は……。


「待って」


 仮登録用紙を提出しようと準備していた彼女たちを止めました。まだ時間はある。まだ間に合う。


「でも、もう誘う人がいないよ?」


 諭すように言う魔奇さんに、私は首を横に振ります。


「いる。だから、少しだけここで待っていて」

「えっ? それって誰――」


 彼女が言い終わる前に走り出していました。どこにいるかなんて見当もつきませんが、私にだけ告げられた言葉が鮮明に脳裏に浮かんでいるのです。

 困ったことがあったら言って、と言った。力になると言ってくれた。だから私は、それを信じて頼るのです。


 ……いた! 放課後の学校に、まだ彼はいました。


「明杖さん! 待って!」


 図書室の入り口付近、掲示板の前で立ち止まっていた彼は、私の声に振り返ります。


「平良さん? どうしたの?」


 廊下を走ってはいけない。小学校からしみ込んだルールも破り、私は息を切らして彼の元に駆け寄りました。


「珍しいね、平良さんが廊下を走るなんて。でも、それだけ重要なことがあるんだよね」

「……そう、そうなの。ねえ、明杖さん」


 息を整える私を、彼は静かに待っていてくれました。


「なに?」

「部活、もう決めた?」


 彼はわずかに微笑みます。「まだだよ」


「先生が言っていた未提出者五人。その一人って、明杖さんじゃない?」

「どうしてそう思うの?」

「なんとなく。でも、絶対そうだと思った」


 明確な理由も根拠もないセリフに、彼は微笑みを深くしました。そして、頷きました。


「そうだよ。まだ決めていないから白紙のまま」


 最後の最後まで迷っている人もいるでしょう。その可能性がじゅうぶんにあることを理解しながら、いくつもの段階を全部すっ飛ばして私は言います。


「私たちのサークルに入りませんか!」

「平良さんたちのサークル?」

「うん。マジカル☆マジカルって言うの。略してマジマジだよ」


 私が大真面目な顔で言っているからでしょうか。彼は笑いませんでした。


「何をするサークルなの?」


 なんとしてでもメンバーになってほしい。焦る気持ちから、ゆっくり説明する余裕はありませんでした。


 一言でマジマジを表す為に、私はなんて言えばいいのでしょう。閃光のような逡巡の後、私はこう言いました。


「自分が自分らしく学校生活を楽しむ為にがんばるサークルだよ」


 沈黙の幕が下りました。明杖さんの答えを待ちます。

 やがて、彼はくすくすと笑い声をあげました。嘲笑ではありません。とても楽しそうな声でした。


「素敵なサークルだね。本当にマジカルだ」

「そ、そうかな」

「うん。平良さん、誘ってくれてありがとう」


 その言葉に、私の心臓がどきりと音を立てます。それはどちらの意味の『ありがとう』なのでしょう?


 脈打つ波が鼓膜を揺らし、静寂を破るほどの大音量で鳴り響きます。答えを聞き逃さないよう、必死に深呼吸をしました。


 窓から差し込む放課後の太陽の光。紫色の彼の瞳がきれいな青色に光ったように見えました。


「僕でよければ、マジマジのメンバーにしてください」

「……ほんとっ⁉」

「ただ、学校が終わると用事があることが多くて、サークル活動にはあんまり出られないと思うけど」

「だ、大丈夫。名前だけでも嬉しい。明杖さんでちょうど五人になるから」


 胸を撫でおろしながら、私は湧きだす喜びに頬の緩みを抑えられません。


「でも、マジマジメンバーになるんだから、いつでも気軽に来てね」

「ありがとう。そういえば、サークルの部室ってどこなの? 聞いておかないとお邪魔できないから」

「…………あっ」

「ん?」


 安堵したばかりの胸が物凄いスピードで鳴り出します。サークルで使う教室の許可、まだ取ってない!


「あ、あっ、ええと、教室、ま、まだで……どうしよう!」


 パニックになりかけた私とは対照的に、明杖さんは落ち着いています。


「教室が必要なら、いいところがあるよ」

「どこ?」

「四階の一番奥の部屋、知ってる?」

「ううん。授業で使ったっけ?」

「あの部屋は使わないよ。でも、すぐに許可が出るはず。部室の心配はいらないから、用紙を提出しに行こう」

「う、うん。みんなにも言ってくるね」


 こうして、怒涛の展開により、私たちは無事、時間内に新サークルの届出を提出することができたのでした。


 部室についても、私たちが職員室に行く間に明杖さんが話を通してくれていたようで、あっさり許可がおりました。


「これから会議にかけるが、基本的に人数がクリアしていれば通る。お疲れさん」


 時間ぎりぎりの提出により、若干青ざめていた先生が安堵の息をはきながら受理してくれました。


「お前たちが来なかったら、俺が会議で怒られてた……。まじでありがとな」


 ドキドキさせてごめんなさい。


 半ば放心状態で教室に戻ってきた私たちは、しばし無言で顔を見合わせた後、


「やったーーー!」


 全員でハイタッチをしました。時間に間に合って喜ぶのはコラボカフェ以来ですね。なんだか、ハラハラしつつも楽しい時間でした。


「ところで、最後のメンバーの明杖とやらはどこだ?」


 小悪ちゃんが教室を見渡しますが、彼の姿はありません。


「まだお礼を言っていません」

「クラスメイトだから明日も会うけど、今日のうちに言いたいね」

「…………」


 なんとなく、これもまた、なんとなく、私は窓に近づきました。そこで、下校する彼の後ろ姿を見つけたのです。ハッとした瞬間、思わず窓を全開にしていました。


「明杖さーーーーん!」


 全力で名前を呼びました。羞恥心などを気にしている暇はありません。


「ありがとうーーーー!」


 私に続き、みんなが「ありがとう」を叫びました。


 彼は驚きつつも、手を振り返してくれました。帰る姿を見送り、窓を閉めます。

 まだ熱を持つ身体を冷ますように、ゆっくり息を吸うと、


「なんとかなった!」


 みんなに向けて笑顔を浮かべました。


お読みいただきありがとうございました。

なんとかなったサークル。

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