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36話 魔王さんの隣の席の勇者さん

閲覧ありがとうございます。

今日は勇者さんのお話です。


 魔王の小悪ちゃん。勇者の剣崎さん。

 自己紹介の時に『宿敵』と言ったことが気にかかりながらも時間は流れます。


 小説の中では敵同士の名称を持つ二人が、どのように学校生活を送るのか心配に思った私ですが……。


「小悪さん、学校にぬいぐるみを持ってきてはいけないのですよ」

「先生はいいと言ったぞ。それに勇香の『武器』だってアウトだろう」

「私は学校に届出を提出して許可されています。これなしで勇者業は難しいですから」

「そんな危ない物に許可を出すとは、学校もおかしなことをする」

「剣崎家の功績は広く知られていますし、悪以外に向けるわけではありませんよ」

「あんまり働かない勇者センサーなのにな」

「んなっ! 失礼ですよ、小悪さん!」

「正義感が強いのは構わんが、節度を保たねば壁にぶつかるぞ。物理的に」

「さっきから失礼なことばかり言いますね」

「だって、よく壁にぶつかるのは本当だしな」

「……い、言わないでください!」


 言い争っているかと思いきや、結構仲良しみたいです。


「志普、すぺる、聞いてくれ。こやつときたら、昔から猪突猛進でいろんなことに首を突っ込んでな、ひとりで解決できないと我に泣きついてきたんだぞ」

「なっ、な、なん、なんですかそれ! 泣きついてなどいません!」

「木の上の猫を助けに行って降りられなくなった時なんて、わんわん泣いて我を呼ぶんだ」

「泣いていませんってば! あれは……、あ、汗です」

「目から流れる汗があるか」

「涙も汗も元は同じですし」

「それを屁理屈と言うのだ」


 険悪な空気を想像していましたが、先生が言っていた『幼馴染』のイメージが正しいようです。なんやかんやで仲良しということですね。安心しました。


 他のクラスメイトの前では、品行方正な模範的な生徒です。端整な顔立ちでよく通る声なので、頼りがいのある人の印象が強いらしく。


 転校から数日でクラスに馴染み、困った時は剣崎さんの名前が飛び交うようになりました。『勇者』としてだけではなく、単純に彼女自身が真面目でリーダーシップがあるようです。

 一日でクラス全員の名前を覚え、礼節を忘れず、けれど親しみやすく下の名前で呼ぶ剣崎さんは、いつの間にか『委員長』と呼ばれるようになりました。ちなみに、魔奇さんが「アニメで見た!」と喜んでいました。


 しかし、小悪ちゃんを前にすると態度は一変。

 表情はころころ変わり、あれこれ言い合うのです。そのたびに、小悪ちゃんはため息をつきながらクマのぬいぐるみに隠れるのでした。


 幼馴染という存在がいない私から見ると、なんだかんだ言いつつも本音をさらけ出せる相手がいるというのは羨ましく思います。でも、友達である小悪ちゃんに笑顔がないのは残念です。昔の話はわかりませんが、何か因縁があるのでしょうか。


「志普さん、日誌はこんな感じでよろしいでしょうか」


 帰りのホームルーム前、私の席までやってきて日誌を見せる剣崎さん。魔奇さんの一件から、先生はこういった事に関して私を頼るように言っているようです。


「うん、大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 丁寧にお辞儀をし、教室を出ようとする剣崎さん。その手には、日誌の他に、運ぶように言われていた荷物があります。

 ひとりで持って行くには大変そうな量ですが、彼女は当然のようにすべてを抱えました。


「日誌の件、お手数おかけしました。それでは志普さん、また明日」


 小悪ちゃん以外の人が相手の時、彼女はいつもこのような態度を取ります。


 彼女の言葉が決まり文句であることは理解していますが、クラスメイトに対しては少々慇懃すぎるような気もします。同い年で同じクラスなのです。もっと気を抜いてもいい。私はずっとそう思っていました。

 だから、私は彼女を引き留めました。


「ねえ、剣崎さん」

「はい?」

「困ったことがあったら、私に言ってね」

「……えっ?」


 想定していなかったセリフに、剣崎さんはぴたりと動きを止めました。言葉の意味を調べるように、数秒、無言で私を見つめます。やがて、いつもと同じ綺麗な笑顔を浮かべました。


「お気遣い感謝します。でも、大丈夫です。だって私は勇者だから」


 私は首を横に振りました。


「違うよ。勇者の剣崎さんじゃなくて、ただの剣崎さんに言ってるの」

「ただの私?」

「まだ出会って数日だけど、剣崎さんはたくさんの人を助けているって知ってる」

「それは、私が剣崎家の勇者だから……ですよ」


 私の意図が掴めず、彼女は歯切れ悪く言います。


「うん。私は勇者でも魔法使いでもないから、勇者のあなたを助けるのは難しいかもしれない。でも、『剣崎さん』を助けることは、きっとできると思うんだ」

「助ける……とは?」

「そんな大層なことじゃないよ。知らないことがあったら教えたり、手伝ってほしい時に手を貸したり、一緒にいたりするだけ」


 悪い人を倒したり、世界を救ったり。それはちょっと難しいですが、いま言ったことはすぐできます。そして、こういう関係を友達と呼ぶことも、私は知っているのです。


 ところが、剣崎さんは整った顔を歪め、ゆるゆると首を左右に振りました。


「……そんなこと、だめです。私は勇者だから、誰かに手を差し伸べる側でなくてはならないのです。誰よりも強くあり、誰よりも優しくあり、誰よりも気高くあれ。それが剣崎家の教えなのですから」


 模範たれ。その教え通り、彼女はリーダー的存在として一年二組を支えてくれています。でも、リーダーだって困る時はあります。助けてほしい時はあります。手を差し伸べる人に、手を差し伸べる人がいてもいいはずですよね。


「あなたはとても立派だし、かっこいいと思う。でも、せっかく同じクラスになったんだもん。私のことも頼ってほしいな」

「頼る……。どうやって」

「たとえば、荷物を持つのを手伝ってほしいって言うとか」


 私は視線を彼女の持つ荷物に向けました。


「ひとりで持って行くにはちょっと大変でしょ。手伝うよ」

「えっ、でも、私は勇者だから……」

「勇者だろうとなかろうと、関係ないよ。私は誰かを助けるあなたを見て、いま剣崎さんを助けたいと思っただけ」

「私を見て……」


 彼女に歩み寄りながら、それに、と続けます。


「あんまり肩に力を入れすぎると疲れちゃうよ。少しリラックスしてもいいんじゃないかな」

「リラックスですか。それは……どのような感じに?」

「小悪ちゃんと話している時みたいな」

「……へっ?」


 私たちと接する時と、小悪ちゃんと接する時。どちらが楽しそうかと訊かれたら、小悪ちゃんの方と即答します。


「わ、私、変な態度でしたか⁉」

「変というより、あっちの方が素というか。本来の剣崎さんって感じがした」

「本来の……私……。そうですか、小悪さんといる時、私は……」


 彼女は困ったような笑顔を浮かべました。「甘えていたのですね……」


 そして、力なく首を振ると、作った『模範生徒』の表情を顔に貼り付けます。


「気をつけます。今後、そのようなことがないように。勇者として、人々の手本となるように――」


 彼女の前に立っていた私は、断りを入れずに荷物を半分奪い取りました。


「し、志普さん?」

「もう、そうじゃないってば」


 知らずのうちに頬が膨らんでいました。不満です。私は不満ですよ、剣崎さん。


「勇者としてきっちりかっちりしている剣崎さんはとても素敵だけど、私は先生じゃないんだよ」

「それはもちろん、知っていますけど……」

「私は生徒。剣崎さんも生徒。同じクラスで、ここ数日は一緒にいることも増えたよね」

「小悪さんに言われて、食事などお邪魔するようになりましたね」

「こういうの、なんて言うか知ってる?」

「こういうの、ですか。ええと……、クラスメイトではなくてですか?」


 合っていますが、少し違います。私はこの一か月ほどで言い慣れてしまった言葉を口にします。


「友達だよ」

「友達……ですか。でも、私は勇者として……」


 口癖のように出てくる『勇者』に、私は。


「勇者だって友達がいてもいいと思う。それに私は、模範的な剣崎さんも、小悪ちゃんと一緒にいる時のおちゃめな剣崎さんも素敵だと思うよ」

「お、おちゃめ⁉」

「うん。かなり」

「そ、そそそそんな私、人様の前でそんな……!」

「あ、そうそう、それ」

「わ、わああぁぁぁぁやめてください、見ないでください!」

「どうして?」

「こんなのは勇者として失格です。もっと清らかで美しくて冷静でいなくてはっ」

「私たちと一緒にいる時くらいはいいんじゃないかな?」

「私……たち?」

「うん。私、魔奇さん、小悪ちゃん」


 いつの間にか出来上がっていた『いつものメンバー』というやつです。


「で、でも……本当にいいのでしょうか……」


 まだ迷いが残る彼女ですが、その頬はほんのり朱に染まっています。あと一押しですね。


 私は再度、あの言葉を使うことにしました。平凡で簡単なのに、とても大事な言葉を。


「いいんだよ。だって、友達だから」


 彼女の目が見開き、時間が止まったように青い目が私を見つめます。きれいなきれいな青。

 放課後の教室に差し込んだ夕日前の黄金色が彼女の頬を照らします。そこには、先ほどよりも色を濃くした少女の顔がありました。


 また、困ったような笑みが広がります。遊び方を知らないおもちゃをもらった幼子のような、でも、底知れぬ嬉しさが滲み出ているような、大きな笑顔。


「そんなふうに言ってもらったの、初めてです。順序も方法もよく知らないのです。だから、困らせてしまうかもしれません」

「大丈夫だよ。いつでも頼って」

「志普さんはすごいですね。勇者の私を救ってしまうなんて」

「そんな大層なことをしたつもりはないけど……。剣崎さんが嬉しそうで私も嬉しいよ」

「あの……、せっかくですから、私のことも『剣崎さん』ではなく、名前で呼んでいただけませんか? その、友達……なのですから」


 二人一緒に歩き出した私たち。隣を歩く彼女は照れくさそうに、でもまっすぐに言いました。

 私はすぐに頷きました。


「じゃあ、勇香ちゃん」


 小悪ちゃんや他の女子生徒を呼ぶ時につられ、『さん』ではなく『ちゃん』で呼んでしまいました。どちらがいいか訊こうとしましたが、隣から溢れる幸せそうな空気を感じ、口を閉ざしました。


「そうだ、荷物を運ぶのを手伝ってくれてありがとうございます、志普さん」

「どういたしまして、勇香ちゃん」

「……本当は、だいぶ重くて」

「困ってた?」


 彼女はしっかりと頷きました。その顔に迷いはありません。


「はい、困ってました。だから、助かりました」

「それはよかった」


 人のいない廊下に響く小さな笑い声を足音がかき消していきます。


 曲がり角に差し掛かった時、長い廊下の先で何かが動いたような気がしました。私たちが歩いてきた廊下です。誰もいないと思ったのですが……。


 私は彼女の声に耳を傾けながら、今しがた視界の隅で動いたものを思い返します。学校には不似合いなかわいらしいものでした。丸い耳とふっくらフォルム。そう、あれはいつも小さな魔王さんと一緒にいる――。


お読みいただきありがとうございました。

ゆうしゃさん が なかま に なった !

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