35話 また転校生
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新キャラが出ます。
遠足の翌日。いつもより早い時間に教室にやってきた先生に、生徒が訝しげな目を向けていました。
「なんだよ……」
「先生が予鈴前に来るなんて珍しいので、雪でも降るのかと」
「俺への信頼なさすぎる。先生泣くぞ」
「はあ」
「生徒が冷たいって教育委員会に相談しようかな……」
割と本気でしょげている先生は、気を取り直してチョークを持ちました。
「高校生って多感な時期だもんな……、うん……」
あ、気は取り直してないみたいです。
何かを書き終えた時、校内に予鈴が鳴り響きました。
「よし。おーい、入ってきていいぞ」
がらりとドアが開き、姿勢よく入ってきたのは綺麗な青の髪の少女。私たちと同じ制服を身に付けているはずなのに、凛と立つ姿からは気品が溢れているようでした。少々長めの髪はサイドテールで結ばれ、彼女が歩くたびに優雅に揺れました。通学鞄の他に、布に包まれた何かを背負っているようです。
「あっ! 昨日、動植物公園で会った人だ!」
魔奇さんが目をまん丸くさせて私に言いました。たしか、おばあさんに捕まった魔奇さんを助けてくれた人でしたっけ。
そんな偶然があるのかと驚いていると、右隣から「やっぱりか……」と呆れた声が聞こえてきました。小悪ちゃんがクマのぬいぐるみに隠れながら、眉をへの字に曲げているようでした。
コツン……。靴の音が止まり、果てしない青空のような瞳がまっすぐ教室に注がれます。
「今日は転校生を紹介するぞ。それじゃ、自己紹介いってみよう」
「みなさん、初めまして。私は剣崎勇香と申します。今日から一年二組で過ごすことになりましたので、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
先生の合図とともに、少女はよく通る声で挨拶をしました。美しい所作でお辞儀をし、また芯の強い瞳で私たちを見ます。
教室内から歓迎を示す拍手が起こりました。
「他に言いたいことがあったら言っていいぞ」
「では」
整った顔を崩すことなく、彼女は再び口を開きます。
「私の生家、剣崎家は代々勇者として悪を倒し、人々を助けることを生業としています。私は二十二代目勇者。どうぞ、困ったことがあったら私までお知らせください。全身全霊でお助けいたします」
そして、またかっちりとお辞儀をします。
『勇者』。その言葉に生徒たちはざわめきましたが、その波は小さく、すぐに消えていきました。
「よろしくねー、剣崎さん」
生徒のひとりが手を振りました。
「はい、よろしくお願いします」
妙に硬い挨拶ですが、緊張しているのでしょうか?
「剣崎の席はあそこだ」
先生が指をさしたのは、中央列の最後列。先生から見て左側。小悪ちゃんの隣。一年二組で唯一空席だった場所です。
そこに剣崎さんが目をやった瞬間、青い瞳をかっと開いて端整な顔が崩れました。
「あー! やっぱりいましたね、小悪さん!」
生徒たちがつられて小悪ちゃんを振り返ります。クラスメイトたちの視線を浴び、彼女はクマのぬいぐるみに隠れながらそっぽを向いていました。
「小悪ちゃん、知り合いなの?」
私が訊くと、彼女は眉をへの字に曲げながら「い、いや、知らないぞ」と見え透いた嘘をつきました。
「剣崎は黒主の幼馴染だと聞いたからな。席も隣の方が落ち着くと思って用意しておいたぞ」
珍しく自信ありげに言う先生ですが、対して剣崎さんは浮かない顔です。
「ご配慮感謝しますが、今回ばかりは余計なお世話です」
「まじか」
目を丸くする先生。「まじか……」また肩を落としてしまいました。切ない。
「みなさんはご存知ないかもしれませんが、彼女は魔王。私の宿敵です」
「ココアが魔王なのは知ってるよー」
女子生徒がのんびりと言います。ココアって小悪ちゃんのことですか? かわいらしいあだ名ですね。いつの間に決まったのでしょう。
「ご存知なのですね……。では、改めて言います。何か困りごと、特に魔王に関しての相談がありましたら私まで。助けを求めるのであれば、必ず助けます」
「かっこいいね」
純粋な声が剣崎さんにかけられました。彼女はやっと頬を緩ませ、見る者に安心感を与える微笑みを浮かべて答えます。
「勇者ですから」
一区切りついた空気を察知したのか、先生が満足そうに腕を組みました。どことなく嬉しそうで、生徒がまた訝しげな表情を浮かべます。
「いやぁ俺な、教師になったら『今日は転校生を紹介する』って言うのが夢だったんだよ」
「私と小悪さんは入学から不津乃高校の生徒です。教室に来るのが遅れたのは少し手続きに不備があったからで、厳密には転校生ではありませんよ」
えっ、そうなの?
驚いて隣を見ると、小悪ちゃんが肯定を表すように頷いていました。
「我は転校生ではない。勇香の言う通り、一か月遅れて学校に来たのは手続きがなんか、あれになってこれになってしたからなのだ」
詳細な情報は欠片もありませんが、思いがけない事実に頭が働きません。
「もしかして、入学式の日から空席が二つあったのって……」
閃いた魔奇さん。出たな、名探偵。
「先生、私たちが来ることを事前に言っていなかったのですか」
「秘密の方がおもしろいと思ってだな」
「理解できない思考です。もしや、悪いものが憑いているのですか」
「なんでそうなるんだ」
「倒しましょうか?」
「えっ、なにを? どうやって? た、倒すってなんだ?」
本能的に危険を感じたのか、先生は咄嗟に後ずさりします。剣崎さんは表情を動かさずに背負っていた何かを手に取ります。
「そういや、それなんだ? さっき訊いても答えなかったが」
「剣崎家の家宝であり、勇者の武器です」
「仰々しいな。エクスカリバーだったら見てみたいものだ」
冗談めかしてつぶやいた先生をじっと見つめる剣崎さん。先生から薄く浮かんでいた笑みが消えていきます。
「え、まじ?」
「気になるのならお見せしましょう。これこそ、我が剣崎家に伝わる伝説の武器……。エクスカリ――」
「ちょっと待てーーーー!」
布から取り出そうとした瞬間、椅子から立ち上がった小悪ちゃんが叫びました。
「待たんか、勇香。先生は悪いものが憑いているのではない。根っからの気だるい人間というだけだ!」
全力フォローがフォローになっていないことにも気づかず、優しき魔王さんは追いうちをかけます。
「教師らしく笑おうとするが、その実怪しげな笑みにしかならんし、スーツはいつもしわしわだし、予鈴には大体遅れるし、締め切りを忘れて魔女であるすぺるに泣きついたりしているし!」
「黒主……黒主……、頼む、俺が悪かったからその辺で……」
塩をかけられたナメクジのような先生がよろよろと手を伸ばします。身長が低い小悪ちゃんは見えていないのか、止まりません。
「たまにいいこと言うと生徒から雨が降るとか雪が降るとか怪しまれるし、猫背を直そうと背伸びしたら腰を痛めるし、いつも菓子パンしか食べない不摂生だが!」
先生は両手を顔に当て、天を仰いでいます。悪意なき暴露に感情が追い付いていないようです。というか、小悪ちゃんよく知ってるね。
「だが、がんばって先生をしているぞ」
「黒主……!」
優しい言葉に胸を押さえる先生。小悪ちゃんは微笑みながら頷きます。
「空振っているがな」
「黒主……」
先生、撃沈。その様子を見るに、すべて事実なのでしょう。だから余計にダメージが大きいのでしょう。
「なるほど、よくわかりました」
事件解決後の探偵のように剣崎さんが静かに言いました。
「勘違いをして申し訳ありません。先生は立派に働いているのですね」
「おう……、たぶん……」
「今後は一生徒として先生を支えます。よろしくお願いします」
「おう……、よろしく……」
「困ったことがあれば、いつでも相談してください。勇者としてお助けします」
「いま助けてほしい……」
弱々しく言う先生に、剣崎さんは「お任せください。なんでしょう?」と小首を傾げます。
「今日のホームルームで言う事、全部忘れちまった」
剣崎さんはにっこり笑い、よく通る声で言います。
「教育実習からやり直しますか?」
お読みいただきありがとうございました。
あらすじに書かれたキャラクターが出揃いましたね。
ちなみに、あらすじにないキャラクターもぞくぞく出てきますのでお楽しみに。




