34話 動植物公園の植物園
閲覧ありがとうございます。
休日はのんびり植物園に。
行けたらうれしいです。
植物園エリアに入ると、私たちの目に飛び込んできたのは巨大な温室でした。順路に従い、太陽の光を反射する建物へと進みます。
「おお~、あったかいね」
「植物が密集しているから、なんだか森に入った気分」
周囲を見渡す私に、小悪ちゃんが不敵な笑みを浮かべます。
「魔界にも似たような場所があるぞ」
「そうなんだ? 魔界ってどこにあるの?」
興味津々な魔奇さんが顔を覗かせます。
「どこと訊かれると説明が難しいが、途中までは電車で行けるぞ」
「電車で行ける魔界か。アニメでは観たことない」
三人で話しながら歩いていると、腕の中のカーディガンがもぞもぞと動きました。
「花の香りがするわ……」
「あ、シロツメちゃん、おはよう。気分はどう?」
憔悴して眠りについていた彼女は、疲れたようにあくびをします。
「まあまあね。花の香りでちょっと元気が出たわ」
「それならよかった。お花の名前がついているからかな?」
「断定はできないけれど、魔力を使ってつけられた名前だから縁はあるかもしれないわね」
カーディガンから顔だけ覗かせ、色とりどりの花に目を向けます。シロツメちゃんは小さな鼻をひくひくさせ、穏やかな表情を浮かべました。
視線を感じ、顔をあげると心配そうな魔奇さんと目が合いました。言葉を発さずに『大丈夫だよ』と伝えると、彼女はかすかに微笑んで頷きました。
「うぴゃああぁぁぁぁぁ!」
若干、聞き慣れてしまった悲鳴が響き、姿の見えない小悪ちゃんを探して通路の先に走って行くと、
「なんなななななんなんだこれは!」
ドレスの裾が逆さになったような形から、やや黄色っぽい……なんでしょう。ヤングコーン?
「ショクダイオオコンニャクっていうんだって。世界最大の花らしいよ」
魔奇さんが微動だにしない小悪ちゃんを回収……もとい、近くのベンチに座らせながら説明します。
「魔界でも見たことないのだ」
「イメージ的にはそれっぽい花なのに、ないんだ?」
「食人花はいっぱいあるぞ」
「怖いこと言わないでよ」
「我はたまにかじられてた」
「魔王なのに?」
「ちょっとトラウマなのだ」
「なんてこと。よしよし」
小さな魔王さんの頭を撫でる魔奇さん。今は頼れるお姉さんのように見えました。
小悪ちゃんが落ち着いたのを確認すると、次のエリアへ進みます。水の上に浮かぶ大きな葉を見て、魔奇さんが小走りで近寄ります。
「見て、蓮の葉だって。小悪ちゃんなら乗れそうじゃない?」
柵の前で笑う魔奇さん。
「我はそこまで小さくないぞ」
「十五キロまでの体重なら問題ないみたいだよ」
説明が書かれた看板を見ながら言うと、隣から「んなっ」と驚く声がしました。
「志普には我が十五キロに見えるのか?」
心外と言いたげに目を細める小悪ちゃん。さすがにそこまで軽いとは思っていませんよ。さすがに。
「まあ、自分で浮けば乗っているように見せかけることはできるがな」
「浮けるの?」
「魔王を舐めるでないぞ、志普」
誇らしげに胸を張りました。小さい子が自分の手柄を自慢するようで、心の底から拍手したい衝動に駆られます。危ない危ない。
ゆっくり歩きながら見たこともない葉や鮮やかな花々を眺める一行。やがて、大きな満足感とともに温室を出ました。
「ちょっと疲れたのだ……」
「わたし、飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「魔力回復薬で頼む」
「待って、その黒主語録は知らない。平良さん助けて」
「任せて。その飲み物の色は?」
「茶色だ」
「甘い? すっぱい?」
「とっても甘いのだ」
「炭酸は入ってる?」
「我が知る限り、魔力回復薬に炭酸が入っていたことはないぞ」
「家でも作れる?」
「簡単だ。スーパーで粉が売っているから、牛乳と混ぜれば完成する。水でも作れるぞ」
「魔奇さん、ココアだ」
「今の平良さん、ネットで見た精霊みたいだったよ。平良さんは何にする? 一緒に買ってくるよ」
「じゃあ、私もココアで」
「オッケー」
それぞれからお金を受け取ると、魔奇さんは軽い足取りで道の向こうに消えていきました。ベンチに沈む小悪ちゃんと違い、疲労の色が見えません。元気そうでよかった。
小悪ちゃんとシロツメちゃんを任された……と解釈した私は、ベンチに腰掛けながらあたたかな日差しに目を細めます。
「……なんだか、とっても平和なのだ」
「いいことだね」
「志普は魔法も使えぬただの人間なのに、魔女や魔法生物や魔王と一緒にいて平気なのか?」
問いかけの意味が理解できず、すぐには答えられませんでした。平気とはどういうことでしょう。もしかして、魔法使い以外の人間にとって、魔法が悪影響を及ぼすことが?
「白い目で見られたりはしていないか?」
ああ、そういう。
私は首を横に振ります。
「大丈夫だよ。先生も何かやらかした時は魔奇さんの魔法に頼ろうとするし、クラスメイトたちもみんな仲良しだから。まあ、初めのうちは緊張して遠巻きに見ていた人も多いけど、今ではだいぶ慣れてきたんじゃないかな」
「狭い世界の外はどうだ?」
つまり、一年二組以外の目ということですね。
「まだあんまりかかわりがないからわからない。でも、きっと大丈夫だよ。魔女でも魔王でも、魔奇さんは魔奇さんだし、小悪ちゃんは小悪ちゃんだから」
「そうか。ならよいのだ」
「心配だった?」
「魔女だの魔王だのと言われたら、普通は不審に思うのだ、志普。世界はそういう風にできている。だから、一応訊いたのだ」
「今のところ、問題も不安なこともないよ。強いて言えば、部活動仮登録まで日数がないことかな」
「うっ……。そういえばそうだな。残り一週間くらいか」
「そろそろサークル案を話し合っておく?」
「うむ。……ところで、すぺるはまだなのだろうか」
そういえば、飲み物を買いに行ったにしては時間がかかっています。案内図によると、自販機はすぐ近くにありました。買ってくるだけなら五分もあればじゅうぶんなのですが、何かあったのでしょうか。
「私、様子を見に――」
「大丈夫よ」
私の膝の上でひなたぼっこをしていたシロツメちゃんが耳を揺らします。
「主に何かあれば、あたしが察知できる。あんまり遠く離れることもできないから、スペルは近くにいるわ」
「じゃあ、自販機で苦戦しているのかも。やっぱり、見に行く……あ」
立ち上がりかけた時、道の先から缶を三つ抱えた魔奇さんが走ってきました。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、ありがとう。ちょっと遅いから様子を見に行こうかと思ってたところなの。何かあった?」
「実はね」
魔奇さんは缶のココアを差し出しながら説明します。ホットのココアは少しだけぬるくなっていました。
「植物園に散歩に来ていたおばあさんが足をくじいちゃったみたいで、わたしが魔法で治していたの」
「おばあさんが……。大丈夫だった?」
「うん。そんなにひどくなかったからすぐに良くなったんだけど、お話が好きな人みたいでね、その、捕まっちゃって」
頬をかきながら困ったように笑う魔奇さん。なるほど、それで時間がかかっていたのですね。
「切り上げるタイミングを窺っていた時、通りすがりの女の子が話し相手を交代してくれたんだ。あと、道案内も」
「通りすがりの女の子?」
「困っている気配を察知してきてくれたみたい。綺麗な青い髪の子だったよ。歳はわたしたちと同じくらいだったから、他のクラスの子かも。あ、でも、制服じゃなくて私服……だと思うけど、見たことない服を着てた。すっごく親切な子だったなぁ。礼儀正しくて、敬語も素敵だった」
「そっか。なにはともあれ、事件や事故じゃなくてよかった」
胸を撫でおろす私の隣で、幸せそうにココアを飲んでいた小悪ちゃんが眉をひそめていることに気がつきます。
「お人好し……。青い髪……。敬語……」
「小悪ちゃん、どうかした?」
「……い、いや、なんでもない」
誤魔化すように缶を盛大に傾ける小悪ちゃん。一気に口内に入ってきたからか、むせていました。
「理由があったにせよ、待たせてごめんね。ココア冷めちゃったでしょ?」
私はぬるくなったココアを一口飲みます。冷めてもおいしいですよ。
「これはお詫び」
魔奇さんは杖を一振り。缶に口をつけていた小悪ちゃんが「ぬおっ⁉」と声をあげました。
光が三つの缶を包み、すうっと消えていきます。てのひらに柔らかなぬくもりを感じたと同時に、開け口から細い湯気が出てきました。
「冷めた飲み物を温める魔法です」
魔奇さんがコーンポタージュの缶を傾けながら言いました。な、なんて便利な魔法……! 私もほしい。使いたい。
「魔女は便利だな」
「魔王に言われても」
「我はこんな技は使えんぞ」
「じゃあ、どんな技が使えるの?」
「缶の上に立つことができる」
飲み終えたココアの缶を地面に置き、軽やかにジャンプする小悪ちゃん。直径十センチほどの缶の上に、片足でバランスよく立ちました。
「どうだ?」
「うーん」
魔奇さんと出会ってから知ったことがあります。彼女は結構、素直に物を言うということを。
「割と誰でもできると思う」
「おぬし、素直でよいな」
「えっ、今の、なんて答えるべきだった?」
彼女は私に訊きます。熱々ココアに息を吹きかけていた私は、「すごいねって褒めてあげると喜ぶと思うよ」と答えました。
「我は知っている。意外と志普の方が言葉の威力があるということを」
「でも、褒められたら嬉しいよ」
「いや、そうなんだが、そうではないというか、まあ、うん。志普はそのままでいればよい」
含みのある言い方をすると、小悪ちゃんは「さて」と植物園の時計塔を見上げます。
「もうじき集合時間だな」
「まだ見ていないところ、結構あるね」
「不津乃動植物公園はかなり広いから、全部見るには時間が足りないと思うよ」
「仕方ないかぁ。学校行事だもんね」
「また来ればいいよ。みんなで」
「それは、休日に集まるということか?」
目を丸くして私に近寄る小悪ちゃん。顔を凝視され、圧に押されます。
「うん。予定が合えばだけど」
「……も、もちろんだ。配下が言うのであれば、我はいくらでも時間を作ってやろうではないか」
「よかった。楽しみにしておくね」
「うむ!」
「わたしもスケジュール帳に書いておかなくちゃ」
こうして、穏やかな遠足は終わりを迎えたのでした。
ちなみに、帰りのバスも座席は行きと同じ為、私は横目で二人を見ることになったのですが。
「…………ふふっ」
クマのぬいぐるみとライオンのぬいぐるみを抱きしめながら眠る小悪ちゃんを見て、微笑まずにはいられません。
魔奇さんは「赤ちゃんみたいって言ったら怒るかな?」と口元に手を当てていました。
学校到着後、我慢できなかったらしい魔奇さんがそのことを伝えると、
「だ、誰が赤ちゃんかー!」
ふたつのぬいぐるみを両手に掴みながら噴火する小悪ちゃんがいたそうな。
お読みいただきありがとうございました。
アキネ〇ター平良さん。




