32話 遠足
閲覧ありがとうございます。
もう何年も遠足に行っていません。
五月初旬の朗らかな日。
今日は制服での登校ではなく、家から学校ジャージを着てきました。本日はとあるイベント。
「あ、平良さーん。こっちこっち」
「遅いぞ、志普!」
私に向かって手を振る二人もジャージ姿です。小悪ちゃんはジャージの上からフードつき黒カーディガンを羽織り、手には相棒(?)のクマのぬいぐるみもあります。
「まったく、こどもじみたイベントがあるものね」
呆れたように言うシロツメちゃんは眠そうにあくびをします。彼女は魔奇さんの通学鞄の上で身体を伸ばしてリラックス中。
「みんな、おはよう」
「おはよう」
「うむ、よい天気だな」
「魔王なのに快晴はいいの? 曇天の方がそれっぽいけど」
魔奇さんの疑問に、小悪ちゃんは「それはそうなのだが」と唇を尖らせます。
「曇りだと我の気分があまりよくない。洗濯物が乾きにくいからな」
「現実的な理由なんだね」
「生乾きは嫌いだ」
私のお母さんと同じことを言うので、思わず笑ってしまいました。
「ねえ、今日行くところってどういう場所なの?」
話題を変えた魔奇さんは、待ちきれないと目をきらきらさせて訊きます。
「不津乃動植物公園? 名前の通り、動物園と植物園が併設しているところだよ。入場券を買えばどっちも入れるから、親子連れに人気なんだ」
そう、本日は遠足の日。クラスメイトと交流を深める楽しい一日です。
「動植物公園……。どうしよう、わくわくする」
「我もだ。ライオンを我が配下にしようと昨日から計画を練ってきたからな」
「ライオンを? どうやって?」
私の質問に、小悪ちゃんはくぐもった笑い声をあげます。
「決まっておろう。『お願いします』と頼むのだ!」
「二人ともー、そろそろ移動するって先生が言ってるよー」
いつの間にか離れていた魔奇さんが私たちを呼びます。私は、自信満々に胸を張る小悪ちゃんの袖を掴み、「これでライオンゲットだぜ! ふははは!」という高笑いを背後で聞きながら集合場所の方へ。
不津乃動植物公園は学校から約十キロの距離にあります。移動手段はバスなので、三十分ほどでしょう。
学校が貸切った大型バスを見上げ、魔奇さんが「ふおぉぉ~」と手でひざしを作りました。
「バスなんて何年ぶりだろ」
「向こうではほうき移動だっけ」
「うん。バスの本数も少なかったから、ほぼ使ってないよ。黒主さんは?」
「我の行くところに専用の設備があり、専用の運転手もいたぞ」
「えっ、なにそれ。もしかして、お嬢様だったりする?」
「毎日決まった時刻にやってきて、我を運んでくれるのだ。便利だぞ」
「あ、公共交通機関のことかな」
お嬢様説に身を乗り出す魔奇さんに対し、私は黒主語録的な考え方をします。果たして、正解は。
「庶民たちがバスとか電車とか呼んでいるものだ」
「なんだ……」
残念そうに肩を落とす魔奇さん。
「執事が運転するリムジンかと思ったのに……。アニメで観たのに……」
リムジン登校って存在するのでしょうか。あったら見てみたいものですが。
「そういえば、バスって二人掛けだよね。席はどうする?」
私の発言に二人は目を見開きます。そして、同時に勢いよく手をあげました。
「わ、わたし、平良さんの隣がいい!」
「なっ、すぺる、抜け駆けは許さんぞ。我だ」
「抜け駆けじゃないよ。希望を言っただけ」
「言ったもん勝ちという言葉を知らんのか。人は先に言われると断りづらいのだぞ」
「決めるのは平良さんなんだからいいじゃない」
「む、それもそうだな。志普、おぬしはどちらと座りたい?」
赤みがかった黒い瞳と、淡い紫色の瞳に見つめられ……というか、睨みつけられ、私は「ええと……」と視線を逸らします。その先には、やれやれと呆れるシロツメちゃんの姿が。
争いを収めることができ、かつ私が隣に座りたいと思う存在、それは……。
「あなたがいいな」
私は膝を曲げ、目線を合わせます。彼女は仕方なさそうに頷きました。「いいわよ」と。
「シ、シロツメがいいの?」
「そやつはすぺるの使い魔ではないか。ひとり分の席はないぞ」
「そ、そうだよ。わたしの鞄に乗って行くつもりだったでしょ?」
主に言われますが、使い魔は知らんぷり。
「ちょっとー!」
「シホが決めたことよ。あなたたちがとやかく言うことじゃないと思うけど」
「うっ……。正論アタックやめてよ」
「ま、待て。じゃんけんというのはどうだ? 公平な決定だと思うのだが」
「魔法で勝負するのはどう? 魔女同士の決闘に使われる魔法があるんだよ」
あれこれと案を出す二人。私が口を開きかけた時、先生が乗車の案内をしました。生徒たちがぞろぞろと歩き出します。
「行こうか」
置いていかれたらたまりません。十キロの道を徒歩は勘弁ですから。
「あっ、ああ~……」
目をしょぼしょぼさせる魔奇さん。
「席はどうするのだ!」
慌てて言う小悪ちゃんに、私は最適だと思った提案を伝えます。
「魔奇さんと小悪ちゃんが隣。私はシロツメちゃんと座るよ」
「な、なんでなのだ」
「もっとみんなと仲良くなりたいからだよ」
「む、む……?」
「争いはよくないってこと」
「それはわかるが……」
納得いかない様子の彼女に、私は笑顔を浮かべました。
「私の友達が仲良しだと嬉しいな」
「志普が嬉しいのか?」
「うん」
「そうか。ならば仕方ない。すぺる!」
「へっ? な、なに?」
突然、大声で名前を呼ばれ、魔奇さんは目を白黒させました。
「夜が明けるまで語り明かそうではないか!」
「どうしたの、急に……」
「配下のことを知るのは魔王として当然のこと! 言葉は手段のひとつに過ぎないが、交わすことで得られるものは多い。よって、語り明かそうぞ!」
「えーーーーっと……、たくさんおしゃべりして仲良くなろうってこと……?」
魔奇さんは顎に手を当てながら私を見ます。私は黙って頷きました。彼女も黒主語録がわかってきたみたいです。
怪訝そうに眉をひそめていた魔奇さんは、憑き物が落ちたように晴れやかな笑みをこぼしました。
「なんかごめんね。わたし、変に力が入ってた」
「どういうことだ?」
「ううん、気にしないで。たくさんお話しよっか、黒主さん」
軽やかにバスに乗り込んだ魔奇さん。ふと、口をもごもごする小悪ちゃんに気がつきます。
「どうしたの、黒主さん?」
「な、名前……」
「ん?」
「……っ堅苦しい呼び方をするでない。落ち着かんではないか」
ぽかんとした魔奇さんは、言葉の意味を理解して目を丸くしました。元々大きいので、飛び出さないか不安になるほどです。
「……ええと、じゃあ、平良さんに倣って呼んでもいい?」
クマのぬいぐるみがはち切れそうなくらい抱きしめ、何度もこくこくと頷く小悪ちゃん。
視線をあちこちに動かしながら、ややあって魔奇さんは口を開きます。
「改めてよろしくね、……こ、小悪ちゃん」
「……う、うむ! よろしく頼まれてやらんこともない、すぺる」
不思議な言い回しをしながら、小悪ちゃんもバスに飛び乗りました。二人の頭上に汗が見えるような気がしますが、指摘するのは野暮というものです。
いつの間にか腕の中に移動していたシロツメちゃんが「あなたも大変ね」とあくびをします。
「そう? 見ていて楽しいよ」
「大人しそうに見えて、意外とそういうとこあるわよね」
「どういうとこ?」
「知りたい?」
「ぜひ」
シロツメちゃんは耳を揺らして答えます。
「くせ者を篭絡するところ」
ちなみに、せっかくだからと暇つぶしで何度かじゃんけんをした結果。
「な、なんなんだ一体……⁉ おぬしは一体何者なんだ……!」
天を仰ぎ、青天の霹靂に目を見開く小悪ちゃん。
「どういうことなの……。わたし、こんなことがあるなんて想像すらしていなかった……!」
頭を抱え、絶望に打ちひしがれる魔奇さん。
「へえ、じゃんけん強いのね、シホ」
意外そうに私を見上げるシロツメちゃん。
「うん。昔から負けたことないんだ」
私の全勝でした。えへん。
お読みいただきありがとうございました。
平良さんの意外な特技。




