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31話 部活動見学

閲覧ありがとうございます。

部活動見学は見るだけでお腹いっぱいでした。


 私たちが通う()()()高校には、たくさんの部活動があります。運動部、文化部が十数個。他にも、部活とは異なるサークルというものもあります。顧問がいない、人数が五人以上で十人未満など、条件に満たない場合はサークルと称されるそうです。


 私たちはひとまず、部活動に分類されるものを見学することにしました。

 サークルはその性質上、積極的にメンバーを募集していなかったり、閉鎖的だったりすることがあるので、初めて行くには難易度が高いと思った私。もちろん、オープンなサークルもありますよ。


「部活動ってこんなにあるんだね」


 一覧が書かれたチラシを眺めながら、「アニメで見た!」と嬉しそうな魔奇さん。


「陸上部、ラグビー部、サッカー部、バスケ部、卓球部、剣道部……。我は運動が苦手だ」

「美術部に園芸部、手芸部、家庭部や映画観賞部、書道部。マンガ部なんてあるんだ。おもしろそう! わたし、絵、描けないけど」

「他にもまだまだあるね。二週間で見切れるかな」

「気になったものだけ見る? 運動部に希望がある人ー」


 魔奇さんの問いかけに手を挙げる人はいません。


「若いくせに動かないのね」


 シロツメちゃんは魔奇さんの頭の上に乗っています。眺めがいいらしいです。


「いやぁ、熱くスポーツをする自分が想像できなくて……」

「興味があったとしても、スペルは活動が少なめの部活動を選ぶべきよ」

「どうして?」訊いたのは私です。

「魔法の勉強もしないといけないからよ。魔法を使わずに生きるとしても、使う力がある以上、多少の知識と経験は必要なの。立派な魔女になりたいのなら、なおのことね」

「うん。だからわたし、活発に活動する部は選ばないよ。最初からそのつもり」

「そうなんだ」


 彼女が言うのなら、私が言うことはありません。


「小悪ちゃんは気になる部活ある?」

「む、そ、そうだな……」


 チラシを握りながら、彼女はもごもごと口を動かします。しかし、言葉になりません。


「迷っているなら見に行く?」


 こくり。小さく頷くのが見えました。


「どこに行く?」

「……しゅ、手芸……部」


 かすかな声でしたが、すぐ隣にいるのでしっかり聞こえました。手芸部は三階です。階段を上り、目的の部屋にやってきました。ドアには『ご自由にお入りください』と書かれた紙が貼られています。あまり音が出ないように開け、教室に入ります。


「あ、こんにちはー。部活動見学の子だよね。近くで見て大丈夫だから、好きなように見学していって。質問したいことがあったら部長の私までどうぞー」


 私たちに気がついた女子生徒が手を振りました。私は「ありがとうございます」と会釈しました。


 穏やかな雰囲気の教室は、生徒たちが好きな椅子に座りながら手芸に勤しんでいました。編み物をしている人、ぬいぐるみを作っている人、フェルトでいろんな形を作っている人。時折、ミシンのトトトト……という音が響き、沈黙と合わさり心地よい空気を放っています。


「すごい。みんな器用だね」

「私、中学校の時に授業でやったくらいだよ」

「わたしは魔法道具を作る時にちょっとだけ。でも針が怖くて……」

「怖いという感情は大事だ。危ないとわかっているからこそ、正しい使い方をする。そうすれば、次第に針は滑らかに動くだろう」


 小さくも凛とした声で小悪ちゃんが言いました。


「苦手でも構わん。時間をかけ、針を指に刺しながら作ったものはひと際愛おしい。自分だけの宝物になるのだ」


 彼女は抱きしめているクマのぬいぐるみの手を動かしました。『こんにちは』とでも言いたげなその手は、よく見ると縫い目が荒い箇所があり、お店で売られている物ではないことがわかります。もしかして、彼女の手作りなのでしょうか。


「いいこと言うね」


 魔奇さんが笑顔を浮かべます。同じように微笑んだ小悪ちゃんは、照れくさそうにフードを被ると「まあ、針は痛いが」と付け足しました。


 しばらく手芸部を見学すると、小悪ちゃんがドアに歩き出しました。お礼を言い、廊下に出ます。


「質問とかはいいの?」魔奇さんがドアを閉めながら訊きます。

「うむ。じゅうぶんだ。我はもう満足した。志普とすぺるはどこを見る?」

「わたしは映画観賞部が気になるかな」

「よし、行くぞ。場所は……しちょーかくしつだ」


 視聴覚室は四階の隅です。やってきた部屋には黒いカーテンがかかり、中が見えません。貼り紙もなく、どうしようかと思っていると、突然カーテンが開き、目の前に顔が現れました。

 様子を窺う為、小窓を覗きこんでいた魔奇さんが綺麗な悲鳴をあげました。


「ごめんごめん。見学の子だよね? どうぞ、入って」


 部員と思われる男子生徒がドアを開け、中へと誘います。


「案内がなくてごめんね。何度も貼ろうとしたけど取れちゃって。だから、こうして時々外を見に行くようにしているんだ」

「び、びっくりした……」


 若干腰を抜かしている魔奇さんに、「いい悲鳴だったよ。ホラー映画に出られそうだ」と純粋に褒めている生徒。


「あはは……」


 引きつった笑みを浮かべながら、魔奇さんは視聴覚室に入っていきます。続けて入ると、全体に黒いカーテンが引かれ、真っ暗でした。

 天井から下りたスクリーンには、真っ赤な鮮血とかなり大きめのナイフを振り回す男が映っています。逃げ惑う人間の首が吹き飛びました。わぉ、なんてこったい……。


「ごめん、ちょうどホラー映画の時間だね。苦手じゃないかな?」

「あ、はい。わたしは平気です」


 先ほど、腰を抜かしたとは思えない魔奇さんが平然と答えます。


「急に驚かせるものが苦手なだけで、こういうのは大丈夫」


 ほお、そういうものなのですね。


「わわわわわ我も、べべべべべべ別に、へへへへへ平気だ。ま、魔王だからな」


 上下に揺れる小悪ちゃんが両手を腰に当てて答えます。この子は十中八九だめなタイプですね。はやくここから出そう。


「私、ホラー映画はあんまり観ないからなんとも言えないかも」

「いつもはどんな映画を観るの?」

「サメが陸に上がって暴れる映画とか」

「え、それ、ホラー映画じゃなくて?」

「怖くないから違うと思うよ」

「平良さんって、思ったより耐性があるのかも」


 小声で話していると、激しい爆発音とともに数人の人間が飛び散りました。小悪ちゃんが両目を隠して大きく息を吸いました。


「うぴゃああぁぁぁぁぁぁ!」


 映画内の被害者に負けないくらいの悲鳴をあげ、尋常じゃない震えに襲われる彼女。さすがに心配になり、「すみません、ありがとうございました」と男子生徒に一声かけて視聴覚室を出ました。彼は気を悪くするでもなく「また来てね」と手を振りました。


「うぴゃああぁぁぁ……。血、血がぁぁああぁ……」

「大丈夫だよ。作り物だから」

「そそそそそ、そうは見えんかったぞ……」

「最近はCG技術がすごいからね」

「はぅ~……」


 疲労困憊の小悪ちゃんの背中をさすっていると、彼女越しに「ごめん」としょんぼりする魔奇さんが窓枠に寄りかかっているのが見えました。


「か、構わん。魔王たるもの、あのような光景は日常茶飯事だ」


 それはまずいような。


「ふ、ふっ、まあよくできている。褒めてやってもいいだろう」

「強がらなくていいのに」

「強がってなどいないわ。魔王だぞ」

「どうだか」

「そういうおぬしはさすが魔女。あれくらいどうってことないということか」

「というより、よく観てるからね」

「魔奇さん、ホラー映画好きなの?」

「そこそこかな」


 知られざる一面を知り、新しい彼女の顔を見た気がしました。


「それじゃあ、最後は平良さんが気になる部活を見に行こうか」


 ようやく落ち着いた小悪ちゃんを見て、魔奇さんが言いました。


「うむ。待たせたな、志普」

「大丈夫だよ。私はすぐ済むと思う。行先は図書室だよ」


 そうしてやってきた図書室では、図書部の生徒たちが静かに本を読んでいました。テーブルに部活動の内容が書かれた厚紙が置いてあります。


 各々好きな本を読んだり、自分が読んだ本を部員に紹介するプレゼンテーションを行ったり、手作り紙芝居の読み聞かせタイムもあるそうです。


 会話が必要なプレゼンテーション時は別室を使うようで、タイムテーブルには曜日と時間が書かれていました。今日はひたすら読む日のようです。


 案内には『読書が好きな人、本が好きな人、ただ気になる人、歓迎します』という文字がゴシック体で書かれています。手書きのようでした。

 一通り図書室を巡り、廊下に出ます。


「もういいの?」


 意外そうに訊く魔奇さん。


「うん。どんな雰囲気か見たかっただけだから」

「志普は本が好きなのか?」

「そこそこかな」

「我も本は好きだ。魔王たるもの、常に知識を増やし、配下に指示を出さなくてはならんからな」

「難しい本?」

「……絵はたくさんあるぞ」

「いいね」


 話しながら一年二組の教室に戻って来ました。なんだかんだで時間が経っていたのでしょう。陽が傾き、空に朱がさしています。


「明日も見学しに行く?」


 私の問いかけに、魔奇さんは「そうだねぇ……」と歯切れの悪い回答をします。


「楽しそうな部活はたくさんあるけど、『これ!』というのは、まだよくわからない」

「我も魔王として君臨できる部活がよいが、すでに均衡が保たれていた。むやみに乱すのは我の望むところではないな」

「平良さんは図書部に入る?」


 訊かれ、私は首を横に振りました。図書部は入学前から気になっていた部活でした。入学してからも、仮入部が始まれば希望を出そうと思っていたのに、どうしてか……。


「そんな気じゃなくなっちゃった。なんでだろう」


 自分でもわかりません。ただ、図書部ではないと思ったのです。


「じゃ、じゃあさ、ひとつ提案があるんだけど」


 若干上ずった声で魔奇さんが手を挙げました。


「部活動のチラシに書いてあったこれ、どうかな?」


 彼女はチラシの下部、『あなたもサークルを作りませんか?』という案内を指さします。


「サークルを作る……?」

「そう。自分たちで自分たちが望むものを作る。アニメで見た!」

「アニメではどんな感じだったの?」

「すごく楽しそうだったよ。青春って感じ」

「青春か。……いいね、サークル。自分たちで作るなんて想像していなかったけれど、どきどきしてきた」

「でしょ? まだ見学期間はあるから、最後まで見て、それでもピンとこなければ、その時は一緒にサークルを作ろう。きみもね」

「わ、我もか?」


 想定外だったのか、小悪ちゃんが素っ頓狂な声を出しました。


「もちろん、入りたいところがなければの話だけど」


 ぽかんと口を開けた小悪ちゃんは、何度も首を縦に振りました。口が開いたままなので、壊れた人形のようでおかしな光景に見えます。


「よ、よいではないか。そうだな、配下がそう言うのであれば、魔王たるもの、断るわけにはいかんな!」

「じゃあ、明日から部活動の見学をしつつ、どんなサークルにするか考えていこう」

「賛成」

「うむ!」


 魔奇さんはノートのページを三枚破き、私たちに一枚ずつ手渡しました。


「こういうのやってみたかったんだ。夢が叶っちゃった」


 えへへ、と紙で口元を隠す彼女は、夢心地になりながら左右に揺れました。


「アニメで見たまんまだ~」


 一体どれだけアニメを観ているんだろう。


お読みいただきありがとうございました。

魔奇さんはアニメ大好き。

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