30話 隣の席の魔王さん
閲覧ありがとうございます。
ファンタジー作品にはやっぱり魔王ですよね。
休み時間になると、小悪ちゃんの周りにはたくさんのクラスメイトたちがいました。みんな、新しい仲間に興味津々のようです。
生徒たちに囲まれ、四面楚歌状態の小悪ちゃん。「我は魔王だぞ。わきまえろ」とか「質問はひとりずつにせんか!」とか「うしろに立つな、びっくりするであろう!」とか、わたわたしながら両手を振っていました。
そんな様子を横目で眺めながら、私はふと思います。魔奇さんの時は普通に話しかけられるまで時間がかかったような……?
私の疑問に答えるように、ひとりの女子生徒が机の前にやってきました。前の席に座り、くるりと振り返ると椅子の縁に頬杖をつきます。
「魔奇さんのおかげで経験を積めたんだよ~」
「経験?」
「話しかけたいけど話しかけられない。でも、クラスメイトなんだから! ってやつ」
「遠慮することはないって?」
「そうそう。だって魔女に魔王だよ? 遠慮してたら楽しいこと逃がしちゃう」
「楽しいこと……」
「一緒にご飯を食べるとかね。最近、魔奇さんは慣れてきたよねー」
笑顔で顔を傾ける生徒。話を振られ、魔奇さんも「ねー」と応えます。
「それにしても、平良さんが羨ましいな~」
唐突な言葉に「羨ましい?」と小首を傾げます。
「だって、左隣は魔奇さん。通路を挟んですぐ隣は黒主さんだよ。わくわくしちゃう」
「たしかに、両隣が埋まっていると嬉しいかも」
「どきどきの学校生活の幕開けだね~」
その時、隣から「うぴゃー!」と聞いたことのない悲鳴があがりました。
「志普! 我が配下よ! 助けるのだー!」
小柄な小悪ちゃんがうもりながらSOSを出しています。
「次から次へと色々質問しよって! 少しは遠慮せんか!」
こぶしを握りながら抗議しますが、小動物が威嚇しているようで何も怖くありません。
「ごめん、仲良くなりたくてつい」
誰かが言いました。怒りで真っ赤になっていた小悪ちゃんの顔に『うっ』と浮かびます。
「ま、まあ、そういうことならば仕方あるまい。配下の進言に耳を傾けるのも魔王の務めよ」
腕を組んで頷く小悪ちゃん。きらりと目を光らせた生徒たちが、言質を得たりと質問し始めます。そして、また「志普ー! 助けるのだ配下! 助けてー!」と両手をあげるのでした。
めまぐるしく時間は過ぎ、あっという間に放課後。教室には私と魔奇さん、そして疲れ果てた小悪ちゃんだけ。普段なら残っている人たちも、今日は姿が見えません。
散々もみくちゃにされた小さな魔王さんは、朝の威厳はどこへやら、解けかけたツインテールが力なく垂れています。クマのぬいぐるみを抱きしめながら、うんうん唸っています。
机に突っ伏す彼女は「おのれ配下ども……。覚えていろ……」と呪詛を吐きながら席を立てずにいました。
「お疲れ様です、魔王様」
私は鞄からチョコレートを取り出し、彼女の机にそっと置きました。
「なんだ……」
虚ろな目がチョコレートを捉えると、「チョコ!」と素早い動きで掲げます。
「もらってよいのか⁉」
「うん。疲れた時は甘いものだよ」
「さすがは我が配下! 仕事ができるではないか」
「お褒めにあずかり光栄です」
今日一日で、それっぽいセリフも言えるようになりました。ふざけているわけではなく、彼女と付き合うのに適していると思ったのです。たった一日で、クラスメイトともだいぶ打ち解けたようでした。……一方的かもしれませんが。
嬉しそうにチョコレートを頬張る小悪ちゃんは、やはり小動物を彷彿とさせます。ハムスターかな。
ぴょこぴょこと動く角のようなものもチャームポイントです。あとでヘアピンかどうか訊こう。
食べ終わると、わざとらしく咳払いを一回しました。
「さて、志普」
きれいな紫色の目が私を見ます。この間、公園で見たスミレによく似ています。
「チョコレートの礼をやろう」
「お礼? そんなのいいよ」
小さなチョコレートひとつ。私がやりたくてやったことです。お礼をされるまでもありません。
「まあ、そう言うな。ほれ、手を出せ」
「手?」
言われるがまま、私は片手を差し出します。小悪ちゃんが自分の手を重ね、何やらぶつぶつと唱えているようでした。何を言っているのかと耳を澄ませようとした瞬間、彼女がかっと目を見開きます。
「刮目せよ、これが我が力!」
重なった手を中心に、紫色の光が竜巻のように出現し、私たちを取り囲みました。それは教室中に満ち溢れ、不可思議な形を成しては軽やかに飛び回ります。見たこともない生き物のようなそれは、私の髪をさらったり頬をつついたり肩に乗ったり、幼子のいたずらを思わせる行動を取りました。
少しくすぐったく、笑みがこぼれます。
「うむ、こんなものか」
満足そうに頷くと、教室内に満たされていた紫色の光が小悪ちゃんに収束していきました。『お礼』の前に戻った教室。彼女は誇らしげに「どうだ?」と胸を張りました。
「すごかったよ」
「そうだろう、そうだろう。だが……」
訝しげに指を顔に当て、「あまり驚いてはいないようだ」と頬を膨らませます。
「魔王の力だぞ。人間には馴染みないもののはずだが」
「もちろん初めて見たよ。でも、似たようなものを前にも見たことがあるから、すごくびっくりはしなかったかな」
「似たようなものだと? なんだ、それは」
自分のパフォーマンスが若干不発だったからか、彼女は私を睨め上げます。
「わたしのことだと思う」
ずっと黙っていた魔奇さんがひらりと手を挙げました。
「おぬしは……ええと、質問に来ていないから名前を知らぬ……」
「魔奇すぺる。よろしくね」
「すぺるか。うむ、よろしく頼む」
小悪ちゃんはクラスメイトを下の名前で呼んでいるようでした。
「して、おぬしが我と似たような力を持っているというのか?」
「そうみたい」
「はっ、笑わせる。我は魔王だぞ。おぬしのような人間に類似した力が使えるわけがなかろう」
自信満々に鼻を鳴らす小悪ちゃん。魔奇さんは気を悪くするでもなく、自然な動作で杖を取り出しました。私は一歩下がり、空間をあけます。シロツメちゃんは、自分の出番はないとでも言いたげに座布団から動きません。ただ、きれいな青い目だけが主を見ていました。
「どうしようかな……。なんでもいっか」
ひとりつぶやくと、杖をくるりと回します。杖先が光り、蛍のような淡い光球が出現しました。それは次第に増え、教室内を満たしていきます。
「ほあぁ……」
唖然と口を開き、両手を差し出して光の玉を受ける小悪ちゃん。
ふわり、ぱちり、ふわり、ぱちり。淡い光は、発光したり浮いたりしながら、やがて魔奇さんの身体に纏われていきました。
ひとつひとつの光はほのかですが、集まることで美しく輝きます。中心にいる魔奇さんが女神のごとく煌めくと、光は役目を果たしたとでも言うように、雪解けのごとくゆっくりと消えていきました。
「光の玉を出す魔法だよ。まだ蛍の光くらいの強さしかできないけれど」
「きれいだったよ」
「ありがとう」
私に褒められた魔奇さんは、気を取り直して小悪ちゃんの様子を窺います。彼女は光が消えたてのひらの皿を凝視しながら、わなわなと震えていました。
似たようなもの。それは魔奇さんの魔法。せっかくお礼をしてくれたのに、ショックを与えてしまったでしょうか。
心配になり、声をかけようとした時です。
「なんじゃ今のはーー⁉」
小柄な彼女から出てきたとは思えない叫び声が教室に響き渡ります。
「魔法だよ」
「まままままま、魔法⁉」
「わたし、魔女だから」
「まままままま、魔女⁉」
「まだ半人前だけどね」
「魔法……。魔女……。そんなまさか、そんなまさか!」
「あ、ついでに髪も結ってあげる。解けかけているから」
杖を一振り。ふわりと浮いた髪がきれいなツインテールを作ります。
「な、なななななん、なんだなんだ⁉」
頭を抱える小悪ちゃん。魔奇さんは杖を仕舞うと、「なんだって言われても、きみは魔王なんでしょ?」と小首を傾げます。そんなに驚くことなのか、と疑問に思っているのでしょう。
「だ、だって……、魔女ってそんな……」
「てっきり、自称魔王かと思ってたけど、違うみたいだから魔法を見せたんだよ」
「うっ……、び……び……」
「び?」
小悪ちゃんの目元がきらりと光りました。
「びっくりしたぁ…………」
大粒の涙をため、フードつきカーディガンでぐしぐしと拭きました。
「そ、そんなにびっくりした? ごめんね。魔王っていうから大丈夫だと思って」
「魔王だろうと驚くものは驚くのだ! それに、キャラが被っているではないか!」
「そう言われても、わたしの方が先にいたし」
「それはそうだな」
冷静に言う小悪ちゃん。しかし、すぐに勢いを取り戻します。
「それはそれとしてだ! この教室は我の支配域。勝手な手出しはさせぬぞ!」
「どういう意味?」
魔奇さんは私を見ます。今日一日でだいぶ『黒主語録』がわかるようになってきているので、「ひとりだけ目立つのはやめてほしい。仲良くしてね」と翻訳します。
「んなっ! し、志普、おぬし何を言うか! そそそそそんなわけあるか。我は魔王だぞ!」
顔を真っ赤にする小悪ちゃん。どうやら翻訳は正しかったようです。
魔女と魔王。二人とも不思議な力が使えますが、同じ一年二組のクラスメイトです。これから一緒に過ごすのですから、仲良くしたいと思うのは当然のこと。
「ちょっと態度は大きいけど、シロツメに比べたらかわいいから嫌じゃない」
魔奇さんは素直に言いました。
「誰がかわいくないですって?」
微睡んでいたシロツメちゃんが鋭い目を向けます。魔奇さんは気づかないフリ。
「う、うさぎみたいな動物がしゃべった……⁉」
「わたしの使い魔だよ。というか、さっきもしゃべってたけど」
「気づかなかった。うぴゃー!」
素敵なリアクションをしてくれる小悪ちゃんに、シロツメちゃんは新しい獲物を見つけたと言わんばかりににやりと笑いました。
「さて、仲も深まったことだし、そろそろ行こうか」
魔奇さんが両手を合わせ、ぱちんと音を立てます。小悪ちゃんと私は顔を見合わせ「どこに?」と問います。
「どこって、部活動見学だよ。今日の朝、ホームルームで先生が言ってたでしょ。今日から二週間、放課後に部活動の見学ができるから、希望者は参加するようにって」
そんな話、してましたっけ……?
「平良さんってば、ずっと上の空だったから聞いてなかったでしょ」
「うっ……」
どうりで、いつもより早く教室から人がいなくなったわけです。みんな、部活動見学に行ったのですね。
「わ、我も一緒に行っていいのか……?」
自分を指さし、遠慮がちに訊く小悪ちゃん。魔奇さんは笑顔で頷きました。
「もちろん。ね、平良さん」
話を振られ、私は答えます。「うん。一緒に行こ」
どこか不安そうだった小悪ちゃんは、みるみるうちに顔を輝かせました。
「我はよき配下を持った!」
あ、一応、言っておきますが、黒主語録で『配下』とは『友達』という意味です。
とまあ、独特な語彙の彼女ですが、こうして私たちに小さな魔王さんが加わりました。
「褒めてつかわす! ふははは!」
態度は大きいですが。
お読みいただきありがとうございました。
天目の作品では常連キャラの魔王さん。
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