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3話 入学式

閲覧ありがとうございます。

3話は過去編です。

といっても、1話と2話の数日前程度なので、深く気にしないでください。

 

 春。新年度。新しい学校に通う最初の日。

 私は少しだけ変わった朝の時間に気をつけながら、まだ見慣れない道を歩いていました。


 今日は高校の入学式です。どんな日々が始まるのか、不安と期待を抱きながら新品の通学鞄を揺らしていました。


 視界の隅で桜の花びらが舞っていきます。年々、開花が早くなっているとニュースで聞いていましたが、今年は無事、新年度と共に花を咲かせたようです。


 私の歩いて行く方向に、同じ制服を着た人が何人も向かって行きます。この中に、同じクラスになる人がいるのでしょう。


 友達になれたら嬉しいです。歌のように百人とはいかなくても、一緒に思い出を作っていける人が隣にいてくれたらいいな。

 これからの生活に想像を膨らませ、澄んだ青い空を見上げました。


「ん?」


 視線の先に何かあります。


「飛行機……にしては形が違うよね。鳥……にしては大きすぎるような」


 太陽の光を見ないようにしつつ、じっと目を凝らします。


「んん?」


 軽やかに空を流れていくそれは、何度見ても――。


「人?」


 口に出して数秒後。


「いやいや、そんなまさか」


ひとりでしゃべりながら、ひとりで否定しました。


「空飛ぶ車は開発されているらしいけれど、あれはなんというか」


 本の中に出てくる魔女のような。


「ほうきみたいな物も見えたなぁ……」


 たぶん、寝不足でしょう。入学式だから眠れなかったのでしょう。夜九時には布団に入りましたが、すっきりした目覚めも夢だったのでしょう。きっとそうだ。

 言い聞かせながら、私は学校へと歩き出します。


「…………」


 でも、と心の中で考えます。平凡に生きてきて、ごく普通の人生を送っている私。夢でも幻でも、普通ではない光景を見たことに高揚している気持ちがありました。


 もし、本当にいるとすれば。


「会ってみたいなぁ」


 きっと、楽しいことが待っているに違いありません。

 ……と、まるでファンタジー小説の一ページ目のようなしてみましたが、実際は平凡で平穏な時間が流れていきました。


 滞りなく入学式が終わり、指定された教室に案内されます。

 最初に座る席は、大体出席番号順というのがお決まりです。名字が『平良』なので、この辺だろうと机を見ますが、全然違いました。


「あ、悪い。ネームプレートなんだが、テキトーに配ったから自分の席を探してくれ」


 そんなことある?


「最初から席替えしてるみたいだね」


 誰かがつぶやく声が聞こえ、呼応するようにくすくすと笑い声が響きました。


 初対面の人ばかりなので、自分の席を見つけた人から着席し、何かのゲームのように残された私たちは焦っていきます。ここだよ、と教えてくれるようになるまで時間が経っていません。


 少しずつ空席が埋まっていき、私は窓側までやってきました。まさかこんな方に私の席は……。


「あった」


 横並びになった二つの机。その列が全部で三つ。私の席は黒板から見て一番右の最後列。もうひとつ隣だったら、窓際で桜がよく見えただろうと思いつつ、着席しました。


 すでに座っていた男子生徒に「よろしくね」と会釈します。


「こちらこそ」


 視線を合わせて挨拶をしてくれた彼。紫色の瞳は、光の加減か青色に光ったように見えました。

 ふと、私を見て一瞬止まります。しかし、すぐに穏やかに微笑み、会話が終わります。


 簡素な対応ですが、初日なので当然でしょう。社交辞令だとしても、微笑まれただけ安心です。私も緊張からか、まだ心臓がどきどきしているような気がしました。


 やがて、すべての席が埋まったのを確認し、先生が自己紹介をします。


「一年二組の担任だ。一年間よろしく」


 非常に簡潔です。せめて名前くらい言った方がいいような気が。


「それじゃ、あとやることないから、自己紹介タイムといくか」


 先生の自己紹介は今ので終わりなのでしょうか。


「窓列の窓際からどうぞ」


 ややこしい表現をしたのち、先生はいそいそと引っ張ってきた椅子に座ってあくびをしました。

 立ち上がったトップバッターの生徒から『ちょっと?』という視線をかけられ、「ちゃんと聞いてるから……」と若干姿勢を直しました。


 ひとり一分程度。簡単な自己紹介が進んでいき、私の番がやってきました。


平良(たいら)志普(しほ)です」


 ほとんどの人は、名前のあとに好きなものを言っていたので私もそれに倣おうと続けます。


「好きなものは……」


 ただ、わずかに躊躇いがあり、思い浮かべていたものとは違う言葉を声にします。


「本を読むことです。よろしくお願いします」


 一分にも満たない簡素な挨拶。人様の前で得意不得意を言うほど個性はなく、当たり障りのないことしか言うことがありません。今までもそうして生きてきたので、特に困ることはないでしょう。


 一年間、一緒に過ごすクラスメイトたちの名前を頭に刻みながら、立ち上がっては座る様子を眺めました。


 やがて、廊下列の廊下側へと移ります。一人目、二人目と挨拶をし、三人目が立ち上がりました。


 きらりと輝いたような気がして、思わず目を見開きました。教室の中央に身体を向けた彼女は、赤みがかった大きな黒い目で私たちを見ます。


「初めまして、魔奇すぺるです。高校進学を期に越してきました。かなり田舎の出身なので知らないことがたくさんですが、教えていただけると嬉しいです。……えっと、他に何を言えばいいんだっけ。あ、好きなもの! 好きなものは、うさ之助です。あとは……」


 整った顔を傾け、他に言うべきことを探しているようでした。思いついたようで、最後にこう言いました。


「魔女です。よろしくお願いします」


 ぺこり。頭を下げる動作とともに、腰まで届く真っ白な髪が揺れました。


「ねえ、魔女だって」

「すごいね。ほんとかな?」

「魔法が使えるってこと?」

「話しかけて機嫌を損ねたら、魔法でタライに変えられちゃうのかも!」


 ひそひそ声で聞こえてきたのは、興味と疑心とわずかな恐れの話。一方、私はというと。


「…………」


 別のことで頭がいっぱいでした。


 魔女。

 魔奇さんは確かにそう言いました。となると、もしかして、今日の朝に見かけたあれは……。


 最後のひとりが自己紹介を終え、のんびりと待っていた先生が腰を上げました。


「よっこらせ……」


 かなり重そうです。立ち上がりたくないのでしょうか。


「そういうわけで、このメンバーで一年間よろしくな。友達はまあ、いたらいたでいいし、いないならそれでもいい。好きに過ごせ」


 そうして、入学式の一日は終わりました。帰り際、さっそく友達を作ろうと話しかけるクラスメイトたち。

 私も何人かと会話を交わし、改めて挨拶をしました。まだ時間に余裕があるのでしょう。帰る人はまばらで、各々好きなように席を離れて話をしています。


 数人の集まりに混じって会話を聞いていた私は、クラスメイトたちがチラチラと視線を向ける方向に目を向けました。


「ねえ、誰か話しかけた?」

「ううん。しゃべってみたいけど、何を話していいかわかんなくて」

「魔女ってほんとかな。魔法、見てみたいな~……」

「お願いしてきたら?」

「無理だって! 見て、あのミステリアスな雰囲気。髪も真っ白でびっくりだし」

「誰か話してきてよ。あとからついていくから!」

「ええー……!」


 話しかけたくても、なかなか一歩が踏み出せないようでした。魔奇さんはというと、配られたプリントを見るなどして無言。


「話しかけてくるから、何か話題ちょうだい」


 ひとりがそう言いますが、


「話題っていってもね……」

「やっぱり魔法じゃない?」

「暗い部屋で大きな壺をかき混ぜたりするんですかって訊いてみて」

「普段、何食べるのか知りたいかも」


 いくつか出ますが、やはり足は動かないようです。私は、彼女の自己紹介を聞いた時から浮かんでいる話題を胸に話しかけようと考えていました。


 決心し、前に出ようとした時。


「あ、どこ行くんだろう」


 魔奇さんが鞄を手に、窓の方へと歩き出しました。


「空でも見るのかな?」

「でもあれ、どう見ても帰る感じだよね」

「なに言ってるの。向こうは窓だよ」


 不思議そうに話すクラスメイトたちを横切り、彼女はがらりと窓を開けました。


 何をするんだろう? そう思った瞬間、教室の中に強い風が吹きました。咄嗟に目を閉じ、次に開いた時に見たのは。


「ほうき……」


 細長い木の棒の先端は盛り上がった枝の束。光を反射して輝く白い髪の上には、見覚えはあるものの実物は初めて見る尖った三角帽子。


 窓枠を越え、ほうきに腰かけた彼女を見て、思わず声をあげていました。


「魔奇さん!」


 私の声が聞こえたのでしょう。自己紹介の時より赤が濃く見える瞳がこちらに向けられました。


「また明日ね!」


 三角帽子の下の顔は、なぜかきょとんとしていました。と思ったら、これまたなぜか三角帽子の先をつまんで深く被りました。


 そのまま飛び去ってしまうかと思われた時。風に飛ばされそうな小さな声で彼女は言いました。


「うん、また明日」


 彼女が空へと消えていってしばらく、静まり返っていた教室に歓声があがりました。


「ねえ見た⁉」

「すごい! 空飛んでったよ!」

「ほんとに魔女なんだね、魔奇さん」

「クラスメイトに魔女がいるなんてわくわくしちゃう!」


 楽しそうな彼らを見て、私は知らずのうちに微笑んでいました。


『また明日』。そう、また明日も会えるのです。だって、私たちは一年二組のクラスメイトだから。


 不安と期待を抱いてはずの私は、急かすように脈打つ心臓を感じていました。

 また明日。明日から、どんな日々が待っているのでしょう。


お読みいただきありがとうございました。

この辺りでは、まだミステリアスだった魔奇さん。今後をお楽しみに。

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