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29話 転校生

閲覧ありがとうございます。

登場人物が増えます。


 入学してからの一か月、色々なことがあったなぁと思いながら椅子に座っている私は、ホームルームの時刻になろうとしている時計を眺めていました。


 不安と期待を抱いて始まった高校生活。魔奇さんと出会い、普通とは思えないような日常を過ごすうち、不思議が日常に変わっていきました。


 まだ一か月。されど一か月。小説やマンガの中でしか見たことのない魔法がそばにある。私の日常に溶け込んでいき、彼女の日常でもあること。それが、私たちだけでなく、一年二組にとっても当たり前になってきた頃。長く感じた四月が終わり、五月がやってきました。


「先生、遅いね」


 隣で魔奇さんがつぶやきます。時計の針はホームルームの開始時刻を五分ほど過ぎていました。


「寝坊かな」

「また怒られたりして」

「何かやらかしたってこと?」

「ありえそうじゃない? 前も委員会の締め切り忘れていたし。わたし、あの後、またやらかしたら時間を巻き戻す魔法を使ってくれないかって言われたよ」

「いつの間にそんなことを」

「断ったけどね」

「厳しいルールがあるの?」

「ううん。わたしが時間に関する魔法が苦手なだけ」


 意外と苦手な魔法が多そうですね。得意な魔法はなんでしょうか?


「あたしがいるのに苦手だなんて」


 美しい女性の声がしました。女子高校生の声ではありません。


「とはいえ、使い魔がいても苦手なものは苦手。その辺は才能と経験、相性の問題ね」


 声の主はのんびりと耳を揺らしました。魔奇さんの机の上、小さな座布団。彼女の使い魔である魔法生物、シロツメちゃんです。学校に届出をしているので、一緒に学校に来ることが許されています。


「まあ、あたしの主なんだから、あらゆる魔法を使いこなしてもらわないと困るんだけど」

「がんばるよ」

「がんばってちょうだい」


 その時、がらりとドアが開いて先生がやってきました。「遅れて悪い」と頭をかきながら、「今日は転校生がいるぞ」とチョークを持ちます。


 さらっと言うので、一瞬遅れて教室がざわめきました。


「平良さん、転校生だって! すごい、アニメみたい」

「どんな人なんだろうね」

「楽しみだなぁ。宇宙人だったら嬉しいな」

「宇宙人かぁ……」


 いやいやそれは、と思いましたが、期待に目を輝かせる隣の人が魔女なので、ないとは言い切れません。そういえば、魔女ってどれくらいいるのでしょうか。私が知らないだけで、もしかしたらたくさんいるのかもしれません。


「おーい、入ってきていいぞ」


 黒板に向きながら誰かを呼ぶ先生。みんなの視線が開いたドアに集中します。


 コツン、コツン。緩慢な足取りで入ってきたその人は、フードのついた真っ黒なパーカーを身につけ、俯いているのか顔は見えません。


 ちらり。教室の電気のスイッチに顔を向け、先ほどとは比べものにならない速さで消しました。真っ暗……にはなりませんが、少し薄暗くなります。


 また、ゆっくりと歩き、黒板の前へ。先生が持っていたチョークを奪い取り、ダイナミックに何かを書きます。終えると同時にフードを脱ぎ捨て、露わになった顔は下方から出ている光に照らされます。紫色の髪は二つに結ばれ、小柄であることも相まってどこか幼い印象を受けました。少女の手には灰色のクマのぬいぐるみ。学校には不似合いなそれが、やけに似合っているように思えます。


「我の名は(くろ)(ぬし)小悪(こあ)! 今日から一年二組を統べる存在だ!」

「転校生の黒主だ。みんな、仲良くするんだぞ」


 少女が叫び、先生が気だるげな声を出します。その温度差に教室が鎮まりました。


 ぱちり。廊下側の生徒が電気のスイッチをオンにします。顔を下から照らしていた懐中電灯が見えました。


「あっ、なにをするのだ!」


 不満そうに指をさす黒主さん。生徒は「ごめん、暗いと顔がよく見えないから」と会釈します。


「む……、ならば仕方あるまい。皆の者、我の尊き顔をとくと見よ!」

「ちっちゃくてかわいい~」


 どこからか女子生徒が言いました。黒主さんの不満がさらに高まります。


「我をちっちゃいと言うか! まあよい。知らないようだから教えてやろう。我の正体は……」


 紫色の髪が揺れ、両耳の上あたりについている角のようなものがぴょこんと立ちます。


「魔王なのだ!」


 どうだ、と言わんばかりに胸を張る黒主さん。あの角みたいなもの、どうなっているのでしょう。ヘアピンかな?


「平良さん、魔王だって!」


 小声で声を張る魔奇さんは、「本物かな⁉」と楽しそうに言いました。


「どうだろう……。見た感じ、ただの女子高校生だけど」

「魔王なんて初めて見た」

「魔女なのに?」

「ずっと田舎暮らしだったから、魔法を使わない人ともあんまり関わらなかったよ」

「そうなんだね」


 私たちが話していると、先生が「ということで、今日から一緒に勉強することになった。席はひとまず、中央列の一番後ろに用意した。黒主、いいか?」と、私の隣あたりを指さします。


「我が支配域をすべて見渡せるよい場所だ。感謝する、先生」

「おう、じゃあ席につけ。ホームルーム始めるぞー」


 席と席の間をてくてくと歩いてくる黒主さん。生徒たちから「よろしくね」「初めまして」と声をかけられながら、その都度「うむ」「くるしゅうない」と手を振っています。


 やがて、彼女は最後列までやってくると、二つの空席を見て小首を傾げました。


「そこの者、これはどちらに座ればよいのだ?」


 髪と似た色の瞳が私を見ます。


「平良志普だよ。好きな方で大丈夫だと思う」

「そうか、わかった」


 頷くと、彼女は躊躇いなく窓側の席に座りました。教卓から見て中央の最後列、右側の席です。つまり、通路を挟んだ私の隣。今まで空席だった場所です。


 座るやいなや、彼女は私に手を差し出しました。


「よろしく頼むぞ、志普」

「こちらこそ、黒主さん」


 手を握り返すと、彼女は不満そうに首を横に振ります。角らしきものがぴょこぴょこと揺れました。


「おぬしはもう我の配下だ。堅苦しい呼び方をするでない」


 ええと、どういう意味でしょう。小首を傾げていると、なぜか必死な様子の彼女が「だから!」と続けます。


「おぬしは我の友ということだ。わかったか?」


 な、なるほど。私は少しずつ理解していきました。彼女はこういう人なんですね。ちょっと変わっていますが、転校初日で友達を欲しがるただの女の子です。


 私はくすりと笑って応えます。


「よろしくね、小悪ちゃん」

「うむ、それでよい」


 満足そうに大きく首を振ると、彼女は私よりも小さな手を離しました。さて、先生の話を聞かないと……。


 そう思い、前に向き直った時でした。隣から強い視線を感じたのは。

 隣、私から見て左側。魔奇さんがいる方です。

 何事かと思って顔を向けると、


「………………ほあぁ」


 謎の声を発する彼女が、筆舌しがたい表情をしていました。どういう感情?


「魔奇さん、どうしたの?」

「いや…………なんでもない……」


 なんでもなくなさそうな目でした。


 不思議に思いますが、魔奇さんはそれ以上なにも言わず、前方を見ます。仕方がないので先生の話を聞くことにしました。


「まったく、まだまだこどもね」


 座布団の上でシロツメちゃんが呆れたように、しかし、どこか楽しそうにあくびをしました。


お読みいただきありがとうございました。

魔奇さんの様子がおかしい理由はなんじゃほら。

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