28話 新しい日常
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ふわもふは世界を救う。
月曜日。いつものように登校し、まだ生徒がまばらな教室で本を読んでいると、ほどよく隙間を作っていた窓が限界まで開け放たれました。
幽霊が窓を開けた。……というわけではなく、魔奇さんの「窓を開ける魔法」によるものだと知っています。
ふわりと降り立った彼女は白い髪をなびかせながら「おはよう、平良さん」と笑顔を浮かべました。
「おはよう、魔奇さん」
いつもと同じ日常の一幕。ところが、今までとは違う声が飛んできます。
「ごきげんよう、シホ」
「えっ?」
魔奇さんの通学鞄からひょっこり顔を覗かせたのは使い魔のシロツメ。私はシロツメちゃんと呼んでいます。
「ま、魔奇さん、シロツメちゃんも連れてきたの?」
「どうしてもって聞かなくて……。それに、主と使い魔はあんまり離れられないから」
困ったように頬をかく彼女は、「隠せば大丈夫かな?」と小声で問いかけました。
「とりあえず、シロツメちゃんには話さないようにしてもらって……。あ、それか、ぬいぐるみ作戦はどう?」
コラボカフェでは通用した作戦です。幸い、彼女はぬいぐるみボディ。黙っていれば誤魔化せると思うのですが。
「ぬいぐるみだとしても、見つかったら没収されるんじゃない?」
そりゃそうだ。
「大きめのストラップってことで」
「ストラップか……。誤魔化すにしても限度がありそうだね。ずっと黙って鞄の中にいるのも大変だろうし、昼食も食べさせろって言うし」
「いっそ、みんなに言っちゃう?」
大胆な提案に、魔奇さんは大きな目をさらに見開きました。
「びっくりしないかな?」
「自己紹介で魔女って言ったんだし、平気だよ」
「謎の研究所に送られたりしない?」
「それは……どうだろう」
鞄を抱えながら顔を寄せて話していると、「ホームルーム始めるぞー」と入ってきた先生の声がしました。いつの間にか、そんな時間になっていたようです。ただ、問題はそこではなく。
「わぁっ⁉」
驚いた魔奇さんが鞄を天高く放り投げ、その拍子に顔を覗かせていたシロツメちゃんが弧を描いて飛んでいったのです。投げ出された彼女は、「ほああぁぁあ~」と気の抜けた声をあげながら教卓にゴールイン。先生の目の前に着弾し、「ひょゅ」と息を呑みました。
「なんだ……?」
「ぷ……」
「うさぎか? おーい、誰のペットだ」
嘘をつくわけにもいかず、魔奇さんがおずおずと手を挙げました。
「魔奇か。学校はペット禁止だぞー」
「す、すみません……」
「でもわかるぞ。ペットとはいつも一緒にいたいよな、うん」
いいことを言っているはずなのですが、気だるげな声と態度のせいで心を感じられません。しかも棒読みです。近くの生徒が胡散臭さそうな顔をしました。
「ペットは家族の一員というし――ぐはっ」
「誰がペットですって⁉」
何度も頷く先生の顎に衝撃が走りました。回し蹴りしたシロツメちゃんのふわもふ足が見事にヒットしたのです。
教室内がざわめきました。首を伸ばして見ようとする生徒。驚いて声をあげる生徒。なぜか歓声をあげる生徒。今にも悶絶しそうな先生を心配する生徒はいません。心配してあげよう……?
立ち上がりかけた私よりも先に、魔奇さんが表現できない悲鳴をあげて走り出しました。
「すみませんすみませんすみません! こらっ、なにやってるの!」
シロツメちゃんを両手で掴み、ぐいっと顔を近づけて叱ります。主に怒られていますが、シロツメちゃんはどこ吹く風。
「あたしはペットじゃないわ」
「似たようなものじゃない?」
「失礼ね。言葉を操り、魔女をサポートする力を持つ使い魔をペットだなんて」
「不満だとしても、先生を蹴らなくなって――って、しゃべるなーーー!」
回し蹴りに気を取られ、シロツメちゃんが人前で普通にしゃべっていることに気づいていなかったようです。
「どうする……、魔法で記憶を操作するか……? でもあれやっちゃだめだし、例のごとくそんな難しい魔法できないし……」
黒板の前で目をぐるぐるさせる魔奇さん。その時、教卓の下に崩れ落ちていた先生が、顎を押さえながらよろよろと立ち上がりました。
「なるほど、使い魔ねぇ」
「あ、先生……。大丈夫ですか?」
「ああ。これくらいなんともなくないが」
なんともなくないんだ。
「先生だから頑張るぞ」
頑張るんだ。気持ちの問題なんだ、あれ。
「ペットって言って悪かったな」
「わかればいいのよ」
「使い魔ってことはあれか? 魔奇と一緒にいた方がいいんだよな」
「えぇ、まさしく」
やけに理解のはやい先生に、魔奇さんが不審な顔をします。
「いつの時代のアニメも、主と使い魔は一緒にいるもんなんだよ」
「先生もアニメ観るんですね」
「最近のは追えないし、昔のばっかり観るようになったけどな……」
悲しそうに言いました。どうしたんだろう。
「まあ、学校にはいろんな事情の人がいる。あとで職員室まで届出を出しにこい」
「ぼ、没収ですか?」
「いや? 使い魔同伴届出」
そんなのあるんだ。
「そんなのあるんですか」
私と同じ疑問を抱いた魔奇さんが訊きます。
「いま考えた」
私たちの担任、こういうところありますよね。
心配そうな魔奇さんに、先生は優しく微笑みます。慣れていないからか、若干怪しい笑みでした。
「たぶんなんとかなる」
表情とセリフが合っていません。
「よーし、気を取り直してホームルームを……」
言いかけた先生は、顎を押さえて魔奇さんに手招きをします。
「なんかこう、痛みを軽減させる魔法ってないか……?」
今にも死にそうな声でした。
「先生だけど頑張れなかった……。めっちゃいてぇ」
あまりにかわいそうで、先ほど胡散臭そうに顔を歪めていた生徒も憐れみの目をしていました。
私も切なくてたまりません。先生、何も悪いことしていないのに……。
小さな事件が起きた朝のホームルームから時間は過ぎ、帰りのホームルームも終わった放課後。
魔奇さんが一枚の紙を私に見せてくれました。そこには『許可書』と書かれています。
「オッケーだって」
「なんとかなったね」
「ちゃんと面倒を見れば問題ないらしい。一応、混乱を避ける為になるべく一緒にいるようにしてくださいって」
「迷惑なんてかけないわ。あたし、こどもじゃないもの」
「…………」
「その目は何かしら、スペル?」
「いや、なんでも……」
魔奇さんは言葉を飲み込むことにしたようです。私は小さく笑いました。
なにはともあれ、これからはシロツメちゃんとも学校生活を楽しむことができるのですね。新しいメンバーが増え、これが『日常』になっていく。幸せなことです。
ちなみに、一年二組のクラスメイトたちには、すでに受け入れられたようでした。昼休みは女子生徒たちからなでなで攻撃を受け、「んもう、失礼な子たちね!」と怒りながらも気持ちよさそうな顔をしていたシロツメちゃん。男子生徒は混ざれないからか、携帯を構えて写真を撮っていました。
そういうわけで、ひとつ心配が減った週の初め。どんな日々になるのか、わくわくしますね。
帰ろうと通学鞄を持った時、ほうきを手にした魔奇さんが「それ!」と声をあげました。持った鞄を指さしています。
「朝から気になってたんだけど、その缶バッジ……」
私は頷きます。
「魔奇さんと交換した缶バッジだよ。通学鞄はほとんど毎日使うから」
「すごくいいと思う。かわいいよ」
「ありがとう。魔奇さんが交換してくれたおかげ」
そう言うと、彼女は照れくさそうに白い髪を揺らします。ほうきにぶら下げた通学鞄には、魔法使いを目指すうさ之助缶バッジが輝いていました。
お読みいただきありがとうございました。
次回、新しい登場人物が出てきます。お楽しみに。




