26話 昨日ぶり
閲覧ありがとうございます。
昨日ぶりに再会します。誰とでしょうか。
魔奇さんとコラボカフェに行った翌日、私は自室でのんびりと本を読んでいました。買ったグッズは整理し、学校用のものはすでに準備を整えています。明日、使うのが楽しみですね。
区切りのよいところまで来たので、本を置いて腕を伸ばします。少し運動しましょうか。椅子から立ち上がり、陽の当たる窓際にやってきます。
「…………」
「…………」
「…………」
「……えっ」
呆けた声が出た口をあんぐりと開けたまま、窓の縁を凝視します。
「昨日ぶりね、人の子」
短い腕をあげて挨拶するふわもふ生命体。そこには、星屑柄の絆創膏が巻かれています。
「えっ……、えっ?」
「驚かせて悪いけれど、ちょっと開けてくれるかしら? 結構ぎりぎりなのよ」
「あ、うん。待ってね」
窓を開けると、彼女は足音なく一歩踏み出します。肉球はないのかな?
「えっと……」
名前がわからないので、とりあえず「どうしたの?」と訊きました。
「何か困ったことあった?」
「そういうわけではないわ。まあ、見方によってはそういうことになるけれど」
どっちなのやら。
「あたしたち魔法生物は独自の生態系を築いているわ。でも、昔と比べて人間の力が及ぶ範囲が増えた結果、住処を転々としながら生きていくことを強いられた」
彼女はふわもふの身体を丸めて話し始めます。恰好から察するに、座ったのでしょう。
「魔法生物の中にも強者弱者がいてね、あたしはまあ、そこそこ強いけど?」
誇らしげに顎を上にあげました。撫でたら怒るかな。
「ただ、長く生きてきて、あたしの力が必要な人がいれば貸してあげてきたわ」
「もしかして、魔女とか?」
ふす、と音がしました。鼻を鳴らしたようです。
「えぇ。魔法使いや魔女と呼ばれる、魔法を使う人間にね。彼らは魔法生物と契約し、使い魔を得ることを一人前の条件にしているようだったから」
以前、魔奇さんから聞いた話と同じですね。
「これまで何度も契約をしてあげたわ」
「複数人と契約ができるの?」
「いいえ、ひとりよ」
彼女は首を左右に振ります。ふわふわしているので、目を凝らさなければわかりません。
「契約した人間が死んだ時、主従の関係は終了するの」
「そうなんだね」
「前の主が死んでから、あたしはしばらく悠々自適な日々を過ごしたわ。そんな時、あなたたちに出会った」
私と魔奇さんですね。
「人間は脆いし、あの魔女さんはまだ半人前。まったく、見ていられないわ」
昨日、ケダマリに突撃して驚き、腕をケガしたのは誰だったか……と考え、すぐにやめました。なんとなく、彼女の言いたいことに気づき始めたからです。
「人間は嫌いだけれど、人間の食べ物は美味しいわね」
「いちごとか?」
「高貴なあたしには安物すぎるけれど、なかなかの味だったわ」
なぜかそっぽを向く彼女。その頬はまた赤く染まっています。わざとらしい咳払いの後、「ともかく」と続けます。
「こうして再び会ったのも何かの縁だと思わない?」
私の家の窓に張り付いておいて?
「そうだね」おかしくてつい笑ってしまいました。気づかれないよう、私もわざとらしい咳払いをひとつ。
「そこで、提案があるのだけれど」
「なに?」
「あなたや魔女さんがどうしてもと言うのなら、あたしが力を貸してあげてもよくってよ」
私を見下ろすように言う彼女の姿を想像しますが、実際は私が膝を曲げて見ている状況です。ふわふわ、もふもふの身体では威厳も感じません。幼子が必死に大人っぽく振舞っているようでかわいらしいですね。彼女の口ぶりからするに、年上なのでしょうけれど。
「実はね、魔奇さんにはまだ使い魔がいないんだ」
「そのようね。契約していれば近くにいたはずだもの」
「たくさん練習も勉強もしているけれど、苦手な魔法もあるらしくて」
「転移魔法がそのひとつね。まあ、あたしのサポートがあれば平気よ」
「一人前になる為に頑張っているんだって」
「なら、あたしの申し出は願ってもないことだと思うけれど?」
話している内に、彼女の耳がどんどんピンと立っていきました。
「魔奇さんに連絡してみるね」
「お好きにどうぞ」
メッセージを送っている間、横目で様子を窺うと、顔は背けていますが片耳だけこちらに向けられていました。耳の長さを見るに、一番似ているのはうさぎです。しかし、私の知るうさぎとは明らかに違います。魔法生物とは不思議ですね。
「十五分後に学校近くの公園で会おうって」
「仕方ないわね。行ってあげるわ」
相変わらず上から目線のセリフですが、嬉しそうな声を隠せていないようでした。彼女に言えば怒られてしまいそうなので、私は口のチャックを閉めて出かける準備に入ります。
とりあえず、少し大きめのトートバッグを手に、普段使っている鞄から荷物を詰め替えました。トートバッグにした理由は簡単です。
「一応、見つからないようにお願いしてもいい?」
色々と説明するのが大変そうですからね。カーディガンをオシャレに身体に巻いている生き物を抱えている画は若干怪しいです。遠くから見れば服のかたまりを持っている人ですから、不審に思われるかもしれません。お母さんに見つかったら「新しいうさ之助のぬいぐるみ? 見たい」と言われるに決まっています。
「あたしにそんなことをさせるの?」
「公園までだから」
「……まったく、仕方ないわね。ご褒美はあるんでしょうね?」
「いちごはないなぁ……。今はチョコレートしか持っていないから、あとで何か買う――」
「チョコレートでいいわ!」
私の言葉を遮って叫ぶ彼女。チョコレートって、猫には毒だったような。いや、この生き物は猫でないのですが。
「食べられるの?」
「あたしを誰だと思っているのかしら。当然よ」
「じゃあ、公園に着いたらあげるね」
トートバッグを向けると、やや上機嫌になった生き物はぴょんと飛び込みました。やっぱりうさぎに似ています。
「友達に会いに、不津乃公園に行ってくるね」
リビングにいたお母さんに一声かけます。
「お友達って、もしかして昨日の子?」
「うん」
「二日連続で会うなんて仲良しねぇ。いってらっしゃい」
無事に突破し、あまり揺らさないように公園に歩いて行きます。散歩にうってつけの気温と天気です。のんびりと過ごす人々の横を通り過ぎ、不津乃公園に到着しました。
かなり広い公園なので、場所を選べば日曜日の午後でも人のいないベンチがあります。着いたメッセージを送信し、周囲を確認すると膝の上にトートバッグを置きました。
「もういいよ」
言うやいなや、軽やかに飛び出してきた生き物はベンチにもふっと座りました。
「ここに来るまでの間、静かにしてくれていてありがとう」
「それくらい余裕よ。ほら、はやくしなさい」
鼻先で太ももを突かれました。
「ほんとに食べて大丈夫?」
「魔法生物は犬猫と違うのよ。人間の食べ物はなんだって食べられるわ」
「それならいいんだけど」
まだ心配が残りますが、はやくしろと鼻先アタックが凄まじいのでチョコレートをてのひらに乗せました。
一口サイズの四角いチョコレートです。ちょっと食べたい時に便利なので、いつも鞄に入れています。夏は気をつけないと悲惨なことになりますが……。
苦い記憶が脳裏に浮かび、浮かない顔になる私。ふと、てのひらがくすぐったくて身をよじりました。
「ちょっと、動かないでくれる?」
「ごめん。……ふふっ」
鼻先のふわふわが皮膚に触れて幸福感が溢れていきます。なにこれハッピー……。
「く、くすっぐたい……」
「んもう、止まりなさいってば」
「だって……」
ペットを飼っている人はこんな幸せな感覚を日々得ているのでしょうか。なんて羨ましい。
「まあ、悪くない味ね」
口周りをぺろぺろ舐めながら満足げに言う生き物。私は散々舐められた手をハンカチで拭くと、名残惜しい気持ちを堪えながら姿勢を戻しました。
ベンチの周辺にはたくさんのシロツメクサが咲いています。広場の方にも続いているようなので、ここなら四つ葉のクローバーも見つかりそうですね。
「いつの時代もチョコレートは美味しいわね」
短い手で顔を洗いながら、まだぺろぺろと舌を出しています。動画で観たうさぎの行動によく似ています。撫でたら怒るかな。そうだ、チョコレートと引き換えになでなでとか――。
「平良さん、お待たせ!」
頭上から降ってきた声。顔をあげると、すぐ目の前に魔奇さんの赤みがかった黒い瞳がありました。
「大丈夫? 何かされてない?」
不安そうな彼女は、すぐ隣にいる生き物に怪訝そうな顔をします。
「なんできみがここに?」
「あなた、なんてメッセージを送ったの?」
魔奇さんの質問に答えずに、生き物は私に問いかけます。
「昨日の魔法生物について話したいことがあるから公園で会わない? って」
「じゃあ、そういうことよ」
「いや、全然わからないんだけど……」
魔奇さんは首を傾げながら、生き物を挟んでベンチに座りました。
「魔女と魔法生物。もうわかるでしょう?」
「え、ううん……」
「仕方ない子ね。全部言わないとわからないのかしら。まったく……、いい? よく聞きなさい」
短い手が魔奇さんに向けられます。おそらく、『ビシッ』と決めたいのだと思いますが、ふわもふ過ぎて勢いがありません。魔奇さんも反応に困っているようでした。
自分よりも遥かに大きな人間に挟まれながら、彼女は臆することなく胸を張り、こう言いました。
「魔女よ、あたしがあなたの使い魔になってあげる」
お読みいただきありがとうございました。
とてもファンタジーな言葉が出てきて大変喜ばしいです。




