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22話 遊歩道

閲覧ありがとうございます。

もうすぐ春ですね。

 

 ウィンドウショッピングを楽しみつつ、休憩がてら近くの公園にやってきました。土曜日ということもあり、親子連れが目立ち、遊具で遊ぶこどもたちのはしゃぎ声が響いています。


 もう少し時間を潰したら、いよいよコラボカフェです。魔奇さんが見るからにそわそわしているのがわかります。


 園内を一周したら行こうと言い、私たちはのんびりと遊歩道を歩いて行きます。前方に花壇が見えました。


「チューリップだ。きれいだねぇ」


 花の前にしゃがんだ魔奇さんは色とりどりのチューリップを見て頬を緩めます。


「ちょうど見頃みたいだね」

「意外と見ない花じゃない? こんなに間近で見たの、初めてかも」

「そう言われるとたしかに。じっくり見たことないかもしれない」

「実家では結構植物が多かったんだけど、今は一人暮らしだからそうもいかなくて。でも、やっぱり花はいいね。かわいい」


 視線を動かすと、他にもモモやスミレ、タンポポなどの花が目に映ります。花壇外で咲いている自然のものも多く、公園が鮮やかに彩られているようでした。


「平良さんは何の花が好き?」


 唐突な質問にすぐ答えられません。好きな花といわれても、あまり考えたことがなかったのです。うーんと首を捻りながら何か言おうと探していると、


「あ……」


 広場に密集する白いものを見つけました。あ、ケダマリではありません。


「魔奇さん、こっちに来て」

「うん?」


 彼女を連れて行った先には、足元の低い場所で咲き誇る白い花。若葉色が広がる中に、散らばった金平糖のような花が顔を覗かせています。


「シロツメクサだ」

「私の好きな花のひとつだよ。なんていうか、うさぎのしっぽみたいでかわいい?」

「たしかに! うさぎがお尻を向けて丸まっているみたい」


 想像したのでしょうか。口元に手を当てて笑う彼女は携帯電話を取り出すと写真を一枚撮りました。


「想像力の勝利なり」


 満足そうな彼女に目をやりながら、今度は私がしゃがみました。花ではなく葉をじっと見つめます。ふと、隣に同様の姿勢をとる魔奇さんの姿が目に入りました。


「何を見ているの?」

「四つ葉のクローバーないかなって。本で読んだけど、クローバーの一種がシロツメクサらしくて、四つ葉を探すならシロツメクサの周辺を探すといいみたい」

「そうなんだ。四つ葉のクローバーってあれだよね、幸運の花言葉があるとかいう」

「うん。シロツメクサを見かけるたびに探すけど、まだ見つけたことはないんだ。プロフィールの苦手なことに『四つ葉のクローバーを探すこと』って書かないと」


 四方に動かしていた視線を止め、私は立ち上がります。そう簡単には見つからないか。


 遊歩道に戻り、歩きながら花壇の花に目を向けます。


「四つ葉のクローバーを見つける魔法、かけてあげようか?」


 ふと、シロツメクサの群生地を振り返っていた魔奇さんが言いました。


「そんな魔法があるの?」

「うん。四つ葉のクローバーって魔法薬を作る時に割と使う材料で、探すのが大変だったから魔法を創った人がいたんだよ。今では品種改良で大量に四つ葉になるものがあるから使わないけど」


 知られざる魔女事情の話に、色々と大変なんだなと思う私。彼女のご厚意に背くのは気が引けますが、私は首を左右に振りました。


「ううん、大丈夫。自力で見つけたいから、気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」


 気を悪くしないように言ったつもりでしたが、彼女は応えませんでした。機嫌を損ねてしまったかと慌てて隣を見ると、


「……ふふっ」


 なぜか嬉しそうな、満足そうな、それでいて誇らしげな魔奇さんが笑顔を浮かべていました。どういう感情?


「平良さんならそう言うんじゃないかと思った。あ、でも、『全然見つからない。もうだめだー!』ってなったら言って。わたしも一緒に探すよ。もちろん、魔法を使わずにね」

「魔女なのに?」

「魔女だからだよ」


 唇に人差し指を当て、妖艶な笑みを浮かべる魔奇さん。普段は表情豊かで幼子のような好奇心を持っているゆえに、ギャップにどきりとしました。端整な顔立ちに真っ白な髪に赤みがかった黒い瞳という容姿が加わり、どこか神秘的で謎めいた雰囲気があるのです。突然そういう顔をされると、こちらの身が持ちませんよ。


 遊歩道は木々が増え、鬱蒼とした場所にさしかかりました。ミステリアスな魔奇さんの顔に影がかかり、より怪しげな空気をかもしています。


 太陽が出ている日中にもかかわらず、この周辺は冷たい空気が漂っていました。かなり暖かくなってきた四月中旬ですが、思わずぶるりと震えます。


 他に歩いている人もおらず、得も言われぬ薄気味悪さを感じました。


「ちょっと寒いね」

「うん。それに、雰囲気変わった感じがするね」


 魔奇さんがそんなことを言うので、私の脳は勝手に嫌なものばかり想像してしまいます。


「はやく行こっか」


 前方を指さし、早足で通り抜けてしまおうと考えた時でした。すぐ近くの草むらからがさりと音がしたのです。


 私の素晴らしき想像力……否、衝撃で開け放たれた脳内の引き出しから該当しそうな言葉が溢れ出します。慌てて仕舞っていると、眉をひそめた魔奇さんが「ねえ、何か聴こえない?」と声を低くします。なんでそういうこと言う……?


 しかし、立ち止まった彼女を置いて走り去ることなど到底できず、私も耳を澄ませました。草むらが揺れたであろう音のあと、他に音はありません。じっと堪えて待っていると……。


「……あっ!」


 動物が鳴いているような高い音がしました。


「……野良猫のケンカかな?」


 思いついた可能性を口にしますが、魔奇さんは首を横に振りました。


「猫の声じゃないと思う。でも、何の動物かもわからない」

「……どうする?」

「野生動物ならあまり手を出さない方がいいけど、飼われている子がケガをしている場合もあると思うから……」


 顎に手を当てる彼女もどうするべきか決めあぐねているようでした。


「様子を確認して、それから決めよっか」


 私の提案に彼女は頷きます。遊歩道を外れ、草が茂る方へと足を進めようとすると、魔奇さんが腕を掴んで止めました。


「わたしが先に行く」

「え、でも……」

「大丈夫。その為の魔法も練習してきたんだから」


 いつの間にか杖を持つ魔奇さん。『その為』が何を示すのか、理解できない私ではありません。不安な気持ちは消えませんが、魔法が使えない私は指示に従うべきだと思う自分もいます。ただ、いつでも飛び出せるように鞄を握る手を強めました。任せてください、正当防衛なら遠慮なく殴りますから。


 鬱蒼エリアはあまり手が加えられていないのか、歩きにくい為、私たちは一列になって進んでいきます。杖を構え、警戒を怠らない魔奇さんは周囲を見渡しながら沈黙を守ります。


 草をかき分ける音に混じり、動物の鳴き声のような音が響きました。その音は先ほどよりも大きく、目的地がすぐ近くだと知らせています。首だけ振り返った魔奇さんと目が合います。私は黙って頷きました。


 彼女の背中越しに見えたのはわずかに拓けた場所。姿勢を低くし、状況を確かめていた魔奇さんは、突然飛び出しました。とっさのことに置いて行かれた私は、慌ててその後を追います。


「魔奇さん、どうしたの?」


 まずは確認だけのはずだったのに、予定と違います。何か問題が起きたのでしょうか。心臓が早鐘のように鳴り出しました。


 草から解放された私は、拓けた場所で杖を振りかざす魔奇さんの姿を捉えます。彼女は魔法を発動しながら「こらー!」と怒っているようでした。


 状況を理解できず立ちすくんでいると、短い草の上に何かが落ちているのに気がつきました。それはわずかに動いたように見えました。生き物だ!


 相変わらず杖を振り回している彼女のそばを通り抜け、鞄を放り出すように置くとそれに近づきます。


 草にまみれ、丸まっているのでよくわかりませんが、私の両手に収まる程度の大きさのようです。身体は白く、頭のあたりから二つの耳が見えました。


 猫……にしては、耳が長いような。犬のようには見えませんし、一体何の動物なのでしょうか。

 野生動物をむやみに触ってはいけない。それは理解しているので、ひとまずケガがないか目視で調べます。確認できる範囲では血が出ている様子はありません。丸まっているのは本能によるものでしょうか。しかし、よく見ると震えているようでした。怖がっている?


 ペットを飼った経験がないので、こんな時何をすればいいか見当もつきません。迷った末、羽織っていた上着を動物に被せました。


「大丈夫だよ。傷つけたりはしないからね」


 言葉を理解できるとは思っていませんが、危害を加えない意思表示をしておきます。困りました、たぶんこれは正しい処置ではないでしょう。


 どこかの家のペットならば、警察に届ければいいのでしょうか? 近くの交番はどこだったかなと携帯を触ろうとした時、上着の下でもそもそと動く動物の手が見えました。


「……!」


 先ほどは見えなかったふわふわの手に赤いものがついています。毛並みの色ではありません。ケガをしている!


 ええと、こういう時はどうする……。ええい! 頭が働かない!

 私は上着ごとその生き物を抱きかかえ、出血しているであろう腕にハンカチを巻き、軽く力を入れて押さえます。。止血です。止血ですよね、これ⁉ 合ってる⁉


「平良さん!」


 混乱の極みで目を回していた私は、魔奇さんの声に我に返りました。


「その子、大丈夫?」

「えっと、えーっと、腕をケガしているっぽくて、とりあえずハンカチで押さえているんだけど……」


 しどろもどろに説明する私と上着に覆われた何かを交互に見つめ、魔奇さんは頷きました。


「あとは任せて。治癒の魔法は最初に覚えたから得意だよ」

「治癒の魔法……。そっか、そんなのもあるんだ。よかった……」


 私は上着ごと魔奇さんに渡しました。彼女はハンカチの上に杖をかざし、魔法を使いました。淡い光が出現し、星のようなきらめきが周囲に満ちました。摩訶不思議な光景をぼうっと眺めていると、やがて光はゆっくりと消えていきます。


「よし、もう大丈夫。治ったはずだよ」


 そう言うと、私が止める間もなく魔奇さんは上着をめくります。ケガをして怯えている動物はそっとしておいた方が……と思う私をよそに、彼女は「こんにちは」と挨拶をしました。


「他にケガはない?」


 普通に話しかける魔奇さん。いやそんな、相手は猫だか犬だかよくわからない動物です。返事があるわけ……。


「ないわ。ありがとう、魔女さん」


 どこからか声がしました。明らかに魔奇さんの問いかけに対する答えに、私は目を丸くしてきょろきょろと辺りを見回します。しかし、私たち以外に誰もいません。


「あなたもありがとう、人の子」


 声は目線の下から聞こえました。そこにいるのは、もちろん魔奇さんではありません。そもそも、彼女の声ではないのです。聞こえたのは透明感のある美しい声。年上の女性のような……。


「まさか……」


 呆然と口を開く私は、声の主と目が合いました。


 海の底に眠る宝石のような青。吸い込まれそうな目を埋め込んだ白い生き物は、丸っこいフォルムをふわふわさせて私を見ていました。


 上着の中から小さな身体を覗かせ、片手にハンカチを巻いている謎の生き物。それは、紛れもなく私に向かって言葉を発していました。


 私はわなわなと震えながらその生き物を凝視します。


「嘘でしょ……」


 震えは大きくなり、思わず頭を抱えました。


「めちゃくちゃいい声なんだけど……!」


 魔奇さんが私の肩にそっと手を当てます。


「落ち着いて、セリフ間違えてるよ」


お読みいただきありがとうございました。

CVは読者様の想像にお任せします。

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