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21話 魔法生物

閲覧ありがとうございます。

サブタイがとてもファンタジー。

 

 目的の駅に到着した私たちは、カフェの予約時間まで余裕があった為、辺りを散歩することにしました。


 一度、迷わず着けるようにカフェのそばまでやってきましたが、場所を確認するだけですぐに離れました。今回のコラボカフェは外観もうさ之助でいっぱいだと公式が発表していたのです。その時まで楽しみをとっておこうと二人で決めたのでした。


 私たちが住む不津乃地区は住宅街が多く、大きなショッピングモールなどはありません。その為、家族で出かけたり友達を遊びに行ったりする際は、今いる駅周辺の地区に来る必要がありました。


 栄えている町ということと、土曜日ということもあり、駅内から人がたくさんいました。改札を出ても賑やかで、行き交う人々はどこか楽しそうです。


 時間まで暇を潰す目的で、ひとまず歩き出します。カフェでお金を使う予定なので、ウィンドウショッピングでもしようということになりました。


「お店がたくさんあるねぇ」

「気になるところがあったら入る?」


 それとなく指をさしますが、魔奇さんは首を横に振ります。


「欲しくなったら困る」

「少しくらいならいいんじゃない?」


 彼女はゆっくりとさらに首を横に振ります。


「今日のすべてはうさ之助の為に」

「そ、そっか」

「お小遣いかき集めてきた」

「どれくらい?」


 つい訊いてしまいました。魔奇さんは鞄にそっと手を当て、くっくっく……とくぐもった笑い声をこぼします。


「これまで我慢してきた分、すべて……!」


 たしか、田舎ゆえグッズを買うことができなかったんでしたっけ。うさ之助は非常に人気があるので、通販で手に入れることは容易だと思いますが……。


「ネットでは買わなかったんだ?」

「買おうと思ったんだけど……」


 何やら深刻そうな顔をします。家庭の事情があるのでしょうか。


「電波がめちゃくちゃ弱くて、家でネットが使えないんだよね」


 そんなことある?


「電波が届くところまでわざわざ行くのも大変で。情報を得るのも遅くなっちゃって通販も売り切れとか」


 深刻は深刻でした。インターネットが当たり前に存在する時代に生まれた私は、そのような環境で過ごすイメージが湧きません。便利な生活に慣れた私は、知らぬ間に彼女を傷つけてはいないでしょうか。


「でもまあ、まったく繋がらないわけじゃないし、テレビはなぜか繋がりが良かったから平気だよ。マンガや小説、ゲームなら電波はいらないし、魔法の勉強もあったから退屈はしなかったかな」

「そっか、よかった」


 彼女が楽しく過ごせていたようで安心しました。何かあるごとに『テレビで観た』とはしゃぐ魔奇さんは、きっと画面を飛び出して世界を見ている最中なのでしょう。いわば、憧れた日々の只中にいるのです。今日という日を素敵なものにしたいと思いました。


「家を出たのは、広い世界を見る為だとか、生きる力を身に付ける為だとか、色々あるんだけど、魔女としての試験……みたいなものもあって」

「試験?」思いがけない言葉に、首を傾げます。

「うん。立派な魔女になる為の試験。いくつかの条件を達成すると『一人前』と認められるんだけど、その内の一つに『使い魔と契約する』っていうものがあるの」

「使い魔……」


 一気にファンタジー味が濃くなってきました。それこそ、私が小説やアニメの中で見たものの世界で、心臓がどきどきと脈打つのを感じます。


「使い魔には魔法を使う者を補佐する力があるの。それに、使役することで主の力も明示することになる。だから、使い魔がいないと一人前だと思われない。わたしも見つけないといけないんだけど……。どこかにいい感じの、いないかな~……」


 そんな恋人探しみたいな言い方。


「使い魔ってどういう生き物……がなるの?」


 彼女の口ぶりから察すると、特に秘密にする様子もなさそうなので好奇心の赴くままに質問します。


「犬や猫ってわけじゃないよね」

「うーん、似たようなもんかも」

「えっ」


 もっと正体不明の存在を想像していたので、犬猫と似ていると言われて驚きます。


「使い魔にできるのは魔法生物と呼ばれる存在でね、世界中いたるところにいるんだよ」

「そうなんだ……。もしかして、魔法が使える人にしか見えない生き物とか?」


 魔奇さんは人差し指を立て、メトロノームのように動かしました。


「ううん。平良さんにも見えるよ」

「えっ、でも、見たことないけど……」

「なんていうのかな、例えば、わたしたちの横を通り抜けていく通行人みたいなものなんだよ。そこにいるのは見えているけれど、その人が誰か知っているわけじゃない……という感じ。平良さん、電車で隣に座っていた人、覚えている?」

「うん」

「男性だった? 女性だった?」

「えっ? ちょっと待って……、たぶん女性?」

「髪型とか服装とか覚えている?」

「いや、そこまでは」


 魔奇さんは「でしょ?」と首を傾けました。


「全身蛍光色の服とか、三メートルのポニーテールとか、目立った特徴がなければ、わざわざじっくり見たりはしないし、二度見したりしないよね。魔法生物もそれと同じ。普通に存在するけれど、見ようとしなければ見えないんだよ」

「じゃあ、私が『見るぞ』って意識を変えれば……」

「見えるよ」


 あっさりと言う彼女に、私は高揚感を抱きました。魔法生物、今まで知らなかった不思議な生き物をこの目で見られるかもしれないのです。わくわくしないわけがありません。


「いろんなものを見やすい幼い子なんかは普通に見てるらしいよ。人が多いところを好まない魔法生物もいるから、田舎の方が生息数は多いけど、ここにもいるはず。えーっと、ほら」


 魔奇さんは大通りを抜けた先の路地裏を指さします。


「例えるなら野良猫かな。いるはずなのにいなくて、見つけたらすぐにどこかに行っちゃう」

「なるほど」

「せっかくだし、わたしが手伝ってあげるから見てみて」


 そう言うと、彼女は私の両眼に手をかざし、何かをつぶやいたようでした。手が去り、「どうぞ」と路地裏の奥を示します。


「……あっ」


 物陰で何かが動いたような気がしました。じっと目を凝らすと、白い毛玉のような小さな物体がふわふわと浮かんでいます。いくつかまとまって潜んでいるようです。ちょっとかわいい。


「魔奇さん、あれ……」

「見えた? あれはどこにでもいる魔法生物のひとつで、わたしはケダマリって呼んでる」

「ケダマリ?」

「毛玉みたない見た目で、大体は何匹か一緒に固まっているからケダマリ」

「わかりやすいネーミングだね」

「正式名称があるのとないのがいるから、わかりやすいのが一番なんだよ」

「ケダマリは正式名称があるの?」

「あるよ」


 きっと、ふんわりした雰囲気の名前なのでしょう。かわいらしいものかもしれません。


「ジャック・クロスフィールド十三世」


 思ったより厳つい。十三世ってなに?


「それが正式名称……?」

「たぶん、昔に名前をつけた人のものが定着したんだと思う。魔法生物の正式名称にはそういうのが多いから」


 どうしてもっとふんわりした名前が定着しなかったのでしょう……。ジャック・クロスフィールド十三世……、いや、かっこいいと思いますけど……。

 私はやるせない気持ちで白い毛玉を眺めます。どこからか『ぽわ……ぽわ……』という効果音が聞こえる気がします。


「ジャック・クロスフィールド十三世……」


 ぽわ……ぽわ……。


「ジャック・クロスフィールド……」


 ぽわ……ぽわ……。


「ジャック……」


 ぽわ……ぽわ……。


「どの辺がジャック⁉」


 思わず叫ばずにはいられません。ジャック要素どこ⁉


「気持ちはわかるよ。だからわたしはケダマリって呼んでるわけだし」

「私もそっちで呼んでいい?」

「もちろん。ジャック・クロスフィールド十三世だと長いし、かわいくないし」


 路地裏でぽわぽわと固まっているケダマリ。手で触れた時の感触を想像し、思わず一歩踏み出しました。しかし、魔奇さんが手を掴んで制止します。私は驚いて振り返りました。


「むやみに近づくのは危ないよ。野良猫だって引っかかれたり噛まれたりするかもしれないでしょ? それとおんなじ」


 それに、と彼女は続けます。


「魔法生物は略して魔物とも呼ばれるんだけど、それはマンガやアニメの中に出てくる魔物の由来になったからなんだから。つまり、中には人間に危害を加える魔法生物もいるってこと。気をつけてね」

「ケダマリも?」


 彼女は頷きます。


「危険度は低いけど、あまり近づくものじゃないよ。わたしは昔、ケダマリの集団発生地に近づいて……」


 魔奇さんは一度言葉を切ります。鋭い視線に、私は思わず息を止めました。この後、何か恐ろしいことを聞くことになるかもしれない。その不安が口の中を乾燥させます。


 ケダマリを注視しながら彼女は口を開きます。


「つい吸い込んじゃって、めちゃくちゃむせたから……」

「むせたんだ……」

「うん。それはもう信じられないくらいむせた」

「だ、大丈夫だったの?」

「平気。ケダマリも驚いてすぐ出て行ったからね」


 なんというか、意思あるハウスダストみたいな。


「もっと攻撃性があるのかと思ったよ」

「ある意味では強いけどね。でも、そんな危ない生物を平良さんに教えるわけないでしょ? 何かあったら困るもん」


 ケダマリに別れを告げ、また歩き出します。隣にいる彼女の横顔を見ながら、それはどうだろうと考えていました。


「さっき、魔奇さんは強いって聞いたけど」


 すると、彼女は困ったように、けれど照れくさそうに「ま、まあね」と頬をかきました。


「これでも魔女だから、魔法生物から平良さんを守るくらいはできるよ」

「心強いです」

「え、えへへ……」


 彼女は頬の赤みを強くしながら、私とは反対側に顔を向けました。表情は見えませんが、かわりに小さな声が聞こえました。


「新幹線が魔法生物じゃなくてよかったよ」


お読みいただきありがとうございました。

この作品のジャンルはファンタジーです。たぶん。

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