20話 電車
閲覧ありがとうございます。
平良さんと魔奇さんのおでかけタイム。
土曜日。
約束の時間よりもはやく着いてしまったので、少し緊張しつつ携帯電話を操作します。
「駅前の花壇にいるよ……っと」
メッセージを入力し、送信。数秒後、『わかった!』という言葉とうさ之助のスタンプが送られてきました。
知らずのうちに浅くなっている息をはき、花壇に寄りかかりながら空を見上げます。いい天気になってよかったです。高校生になって初めて、休日にクラスメイトと会うのですから。……いえ、友達と、ですね。
「お待たせ、平良さん」
ふと、肩を叩かれて視線を空から落とします。見ると、私服姿の魔奇さんが弾ける笑顔とともに片手をあげています。てっきりほうきで飛んでくると思っていたので、「ほえ」と呆けた声が出てしまいました。
「歩いてきたの?」
「うん。家からそんなに遠くなかったし、歩かないと運動不足になるから」
意外と普通すぎる理由に、それはそうだと頷きます。飛べるのは便利そうですが、筋力の低下が心配ですもんね。
「それじゃ、ご教授お願いします」
「お任せあれ」
話しながら、私は鞄からパスケースを取り出します。
「三駅先なら、行きと帰りで千円入っていれば心配ないよ」
本当は千円もいりませんが、ふとした時に買い物をするかもしれません。余分に入っているに越したことはないでしょう。
「それはポイントカード?」
「これ? 違うよ。交通系ICカード」
「あいしーかーど……。あれ、そっちは改札だよ。券は?」
「これが券みたいなものだけど……、魔奇さん持ってる?」
脳内では『もしかして』と浮かんでいます。彼女の様子を見るに、券派なのかもしれません。
「持ってない。どこで買える?」
「駅員さんがいる窓口で買えるよ。こっち」
そして、無事にICカードをゲットした魔奇さん。意気揚々と改札に向かうのを慌てて止めました。
「ま、待って。もうちょっと入金しておかないと弾かれちゃう」
ピンポンという音とともに、改札機に攻撃される彼女が容易に想像できました。腹部に食い込み、「ぐえっ」と潰れたカエルのような声を出す事態は避けなくては。券売機で追加入金し、私を先頭に改札機へ進みます。
「ここにピッとかざすんだよ」
「ここ? なんにもないけど……」
「大丈夫。信じてやってみて」
「平良さんのことは信じているけれど、お母さんが書いた魔法薬のレシピを使う時くらい不安だよ」
それは魔奇さんにしかわからない程度なので、どう答えたらいいかわかりませんでした。無視するわけにもいかないので、黙って微笑み、頷きます。
「いくよ……。ピッ!」
自らも声に出し、カードをかざす魔奇さん。おそるおそる歩き、改札を突破します。
「やった……。わたし、やったよ……!」
長距離マラソンを完走したかのように天を仰ぐ彼女は、「えっへへ」と私にピースサインを作ってくれました。
「よくできました」
「日々成長です、先生」
携帯の画面を見ながらホームに向かいます。その間、魔奇さんは周囲をきょろきょろと見ながら珍しそうに目を大きくしていました。
「人がたくさんいるし、改札も無人じゃない。ホームも二つだけじゃないし、あっちこっちにエスカレーターがある。椅子もいっぱい。屋根もついてる」
「大体こんな感じだと思うけれど」
「わたしの実家の最寄り駅は、無人だし屋根はないしホームは登りと下りの二つ、駅の椅子は掠れたなんとか乳業のカラーベンチ一つだけだよ」
和風ホラーゲームで見たことあるような。
「明かりも暗かったり消えてたりで、ちょっと怖いから自分で火の玉を出して電車を待ってたなぁ」
和風ホラーゲームだ! しかも、怖い演出をする方の。
「あっ、天井から声……。電車が来ます、だって」
「魔奇さん、身を乗り出すと危ないよ」
「おっと、つい。でも、変な柵みたいなものがあるから大丈夫だよ」
「ホームドアだね。電車が到着すると開くの」
「すごい。近未来だね」
タイムスリップしてきた人のようなセリフをつぶやきながら、魔奇さんは電車とホームドアを交互に見ます。やがて、電車が止まり、可動式のドアがゆっくりと開きました。
「すごい! 超近未来!」
彼女は逐一喜びながら乗り込んでいきます。幼子と外出する親の気分です。しかし、彼女は高校生。頬を紅潮させながらもしっかりと椅子に座ります。目的地は三駅先。十五分程度の電車の旅です。
「はやーい」首だけ振り返り、窓の向こうを見る魔奇さん。
「ほうきで乗っている時とは違う?」私も首だけ動かしました。
「違うねぇ。全然違う」
「そうなんだね」
その差異は、きっと空を飛ぶことができる魔奇さんだけにしかわからないのでしょう。少しだけ羨ましく思いながら、私は自分の想像力に任せました。
「それに、電車自体も珍しくてそわそわしちゃう」
「実家の方ではあんまり使わないんだ?」
「ほうきがあるからねぇ。お金かからないし」
そりゃそうです。でも、ひとつ気になることがありました。魔奇さんは魔女です。魔法が使えるのなら、あの有名な魔法も使えるのではないでしょうか。
「どこかに一瞬で移動する魔法はないの?」
「転移魔法のこと? あるけど、わたし苦手なんだよね」
魔法の中にも得意不得意があるのですね。
「色々制約のある魔法だし……。行ったことのある場所にしか行けないとか」
だから、と彼女は続けます。
「基本的にはほうきを使ってたんだ。電車なんてすごくたまーにしか使わなかったよ。あれを忘れた時くらい」
「あれって?」
魔奇さんは鞄の中からカードケースのような物を取り出しました。差し出されたそれには、魔奇さんの顔写真と名前、そして『飛行許可証』の文字。
「飛行許可証……?」
「そう。ほうきのね」
「えっ、ほうきで飛ぶのって許可がいるの?」
想像していなかった話に驚いた私。対して、魔奇さんはきょとんと首を傾げます。
「だって、人がほうきで空を飛んでいたらびっくりするし、危ないでしょ?」
至極当然の発言に、再びそりゃそうだと頷きます。
「うちの敷地内を飛ぶ分にはいいんだけど、それ以外で飛ぶ時は事前に警察に届出をすることになっているの。そして、許可証を携帯していないと飛んじゃいけない」
「破ったら罪になるの?」
「ううん。携帯時以外飛ばないルールは元々、魔法を使う人が警察に言って作ったらしいよ。昔は無法地帯だったけど、少しずつ色んなルールが制定されていったって聞いた」
「それは……、何か問題があったから?」
踏み込んでいいものか迷いましたが、好奇心が勝ってしまいました。魔奇さんはけろっとした顔で「ううん」と否定します。
「ある程度、ルールや決め事があった方が過ごしやすいんだよ。自由すぎるのも不自由な時があるんだってさ」
「そっか。……なんか安心した」
「安心?」
「何かあったら、公的な機関が魔奇さんのこと守ってくれるんだと思って」
再びきょとんとした彼女は、なぜか不敵な笑みを浮かべて顔を近づけます。私の隣には他の乗客がいるので、動くことはできません。
ゆっくりと近づいた彼女の唇は私の耳元で止まり、こう囁きました。
「……わたし、強いよ?」
線路を走る音がやけに大きく聴こえます。ガタンゴトン、ガタンゴトン。車内の話し声が遠くの方へ飛んでいきます。
私はすっと息を吸い、「電車の乗り方は危うかったけど」とつぶやきます。隣で「うっ」と呻いた声がしました。
「ほうきで通学しているのに遅刻しかけるし」
「うっっ」
「買い物に関しての知識も微妙だったし」
「うっっっ」
「小テストはいつもピンチだし」
「うっっっっ!」
大きく呻いて胸を押さえた彼女は、「で、でも」と息も絶え絶えになって言います。
「電車と並走して飛んだら、勝つのはわたし!」
「危ないからやめて」
「はい……」
座り直し、前方を向いた魔奇さんは「お母さんにも怒られたんだよね……」とうなだれます。
「そこそこほうきで飛べるようになった頃、電車を見て競争したくなって並走したことがあるんだけど」
意外とやんちゃ?
「あとで、とんでもない雷が落ちることになったよ」
「そりゃ、危ないからね」
「しかも、あの時は電車に負けたから散々だし。それ以来、怒られたからやってはいないけどね」
負けたんだ。あれ、それ以来並走していないのに『勝つ』というのは一体?
「今なら勝てると思う。かなり速く飛べるようになったから」
自信あり、という様子でこちらを見る彼女。電車が橋に差し掛かり、車輪の音がより大きく響いてきます。
「快速電車よりも速い?」
「かいそく……? ええと、負けないと思う!」
「じゃあ、あれは?」
「あれ?」
私は前方の窓に目をやります。そこには、鈍行列車とは別の橋。白い車体に青の線が引かれた細長い物体が走り抜けていきます。ほんの一瞬で通り過ぎてしまったそれを、彼女は口をあんぐりと開けて視線を動かしました。
端から端へ機械のように顔が回った彼女は、目をまん丸くして「なにあれ⁉」と叫びます。
「新幹線だよ」
「あれが新幹線……。名前だけは知っていたけれど、まさかあんなに速いなんて……」
わなわなと震えながら何もいなくなった橋を凝視する彼女。
「勝てそう?」
私は純粋な好奇心で問いました。魔奇さんは消え入りそうな声で答えます。
「勝てない……」
お読みいただきありがとうございました。
電車と並走は危ないのでやめましょう。




