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2話 日直

閲覧ありがとうございます。

魔奇の読み方は『まき』です。平良の読み方は『たいら』です。

何のひねりもありません。

 

 ホームルーム終了後、私は一限目の授業の準備に取り掛かりました。

 黒板に書かれた文字に視線を流しながら隣を見ます。


「はあぁ~……」


 机に突っ伏した魔奇さんがいました。


「大丈夫? やっぱり忘れ物しちゃった?」

「ううん。朝の出来事を思い出して」

「見逃してくれてよかったね」

「ほんと。お礼に特製の魔法薬でもあげようかな」


 ふとした瞬間に出てくる魔女らしい発言に、ごく普通の私はドキッとしてしまいます。途端に興味が出てきました。魔女の魔法薬。本の中でしか聞いたことのない言葉です。


「どんな効果があるの?」

「一か月間、食べ物の賞味期限がわかる目になる効果」

「ほお……」


 それはどうなんでしょう? すごい……のかな?

 曖昧な反応をしたからでしょうか。魔奇さんは声を潜め、「しかも」と続けます。私も思わず体を小さくし、彼女の方に寄せました。


「消費期限もわかるんだよ」

「ほ、ほお……!」


 それもどうなんでしょう? すごい……、たぶんすごいのでしょう! たぶん!


 いえ、冷静に考えてください。賞味期限と消費期限が一度にわかったら、とても便利です。きっとQOLが上がるでしょう。

 それに、私は同様の効果をもたらす薬を知りません。魔女の魔奇さんだから作れるものです。つまり、すごい!


「すごいね!」


 そう言うと、彼女はパッと顔を輝かせました。


「す、すごいかな?」

「うん。とっても」


 小声の会話は、隣の席の魔女さんに笑顔をもたらしてくれました。


「ふふっ」

「えへへっ」


 お互いの小さな笑い声を聞いていると、少し遠いところで盛大に開く扉の音が耳に届きました。


「魔奇はいるかー?」

「は、はいっ!」


 先生の声に、慌てて飛び上がった魔奇さん。立ち上がったはずみで、机の端に腕をぶつけたようです。声にならない悲鳴とともに体をよじりました。


「何かの儀式か?」

「いえ……、違います……」


 よろよろと立ち上がった魔奇さんは、青ざめた顔で「やっぱり、さっきの遅刻なのかな」と私を見ます。


「魔奇に言い忘れたことがあって戻ってきたんだが」

「ほらー!」


 小さな声量で大きな悲しみを叫ぶ魔奇さん。


「内申がズタボロになっちゃう!」

「あ、それのことなんだけど」


 朝から気になっていたことを伝えようとした時です。こちらに歩いてきた先生が何かを差し出しました。


「ひぇ⁉」

「何を怖がっているんだ?」

「え、えっと、遅刻証明書みたいな……?」

「よく見ろ」


 恐る恐る顔を動かす魔奇さん。私も釣られて見ます。


「日誌……」

「そう。今日の日直、お前な」

「へっ?」

「授業の準備助手、よろしく」

「ほあ……」

「それと」


 先生は黒板を指さします。


「あれも」

「ほお……」


 不思議そうな魔奇さんを見て、先生が私に日誌を手渡しました。おや?


「魔奇は日直、初めてだからな。平良、教えてやってくれ」


 そう言われると、嫌ですとは言えません。それに、断る理由も私にはありません。


 小さく頷いたのを見て、先生は「一限の準備はやっておくから」と、さっさと教室を出て行きました。なるほど、日直の仕事を教える時間を作ってくれたのですね。とはいえ。


「魔奇さん、他の人がよければ私が頼んで来るから言ってね」


 教えるくらいなら、私でなくても可能です。先生は隣の席の生徒が私だから、あのように言ったのでしょう。でも、魔奇さんにとって他に適した人がいるかもしれません。


 まだ高校生活は始まったばかり。緊張しているはずです。


 親切のつもりで言った私ですが、慌てて首を横に振る魔奇さんに内心、首を傾げます。ぶんぶん振っていて、首を痛めないか心配するほどです。


「平良さんがいいなら、わたしはきみがいい」

「え……」

「それに、日直というのも初めてで、ちょっと楽しみだけど不安だったから、平良さんが一緒だと安心するよ」


 なんて、そんなことをはにかみながら言われてしまったら。


「わかった。よろしくね、魔奇さん」


 手を差し出すかわりに、私は日誌を彼女に向けました。


「うん。よろしくね、平良さん」


 時計を見ます。一限の授業まであまり時間はありません。日直の仕事をひとつひとつ伝えている暇はなさそうです。


「まず、黒板をきれいにしようか」

「はい、先生」


 私に対してだとすると不釣り合いな言葉に振り向くと、彼女は楽しそうに私を見ていました。


「ほら、わたし、田舎の出身だから、知らないことばかりで」


 日直すら知らないのは驚きでした。


「だから、いろんなことを教えてくれる先生……ってことで」


 なるほど。では、私も身を引き締めて黒板をきれいにするとしましょう。

 頷き、黒板消しを手に持ちます。


「これが黒板消しだよ。こうやって使うの」


 先生が書いた文字の上を滑らせると、チョークの粉がはらりと落ちながら緑色が姿を現します。


「すごい。魔法みたい」


 魔女がそれを言うと、ちょっと面白いです。


「わたしも……」


 お手本を見ながら黒板消しを使う魔奇さん。文字が消えるたびに「すごい」や「楽しい」とつぶやいています。

 この調子なら大丈夫そうですね。そう思い、残りの板書も消そうと腕を伸ばします。しかし。


「届かない……」


 なにも、あんな上のところにまで書かなくても。

 台を探しますが、そんなものはありません。誰か身長の高い生徒に頼むしかなさそうです。魔奇さんは私と同じくらいの身長なので、彼女も届かないでしょう。


 首を回し、適任がいないかと目線を動かしていた時でした。


「えいっ」


 魔奇さんの手から離れ、ひとりでに動く黒板消しが届かない箇所をどんどんきれいにしていくのを目撃しました。

 黒板消しは、手が届いても力を入れにくい部分まで丁寧に処理し、やがて彼女の手に帰ってきました。


「すごい。魔法だ」


 ぽかんとしている私を見て、魔奇さんはぎょっと手を挙げます。


「もしかして、魔法で動かさない方がよかった⁉」


 何を勘違いしているのか、おどおどし始めた彼女に、私はゆっくりと首を横に振りました。


「ううん。ありがとう、魔奇さん。おかげで黒板がきれいになったよ」

「魔法は使っても……」

「大丈夫」

「よかったぁ……。平良さんも手伝ってくれてありがとう」


 彼女が感謝を述べた時です。先生が扉をがらりと開け、同時に予鈴が鳴りました。


「席つけー」

「あわわっ」


 驚いて黒板から駆け出した魔奇さん。私は小さくなったチョークを見つけましたが、先生に促されて席に戻ります。

 挨拶が終わり、授業が始まります。ふうと息を吐いている魔奇さんの横顔に、私は日直の仕事を伝えなくてはいけません。


「魔奇さん」

「ん?」

「黒板をきれいにし終わったら、チョークも確認するんだ」

「そうなんだ。わたし、見忘れちゃった」

「小さくなっているものがあったら、新しいのを出しておかないといけないの」

「えっ、ほんと?」

「黒板の隣に箱があって、そこに新品のチョークが入っているから、次からは授業が始まる前に――」


 言いかけた時です。場所を示す為に指を向けていたチョークの箱から、赤色と白色がふよふよと浮いて出てきたではありませんか。紅白で縁起がいいですね。……じゃなくて。


「よいしょ、よいしょ」


 小声で繰り返しながら、彼女の声に呼応するようにチョークは動いていきます。あともう少しで着地という時。


 今日教えることを話していた先生が黒板に向き直り、「あれ、白のチョークが短いな」とつぶやきました。取りに行こうと目線を動かした先に、浮いているものがあります。


「あっ、バレた」


 魔奇さんが固まった瞬間、先生はなんてことないように浮遊チョークを手に取りました。


「お、魔奇か。いいタイミングだ。ありがとな」


 そして、普通に文字を書き始めました。

 かちこちに固まっていた魔奇さんは、少しずつ褒められたことを理解していったようで、やがて。


「日直ですから!」


 誇らしげに言うと、私に向かって素敵な笑顔を浮かべました。


「平良さんと二人で、ね!」


お読みいただきありがとうございました。

賞味期限と消費期限、間違えると痛い目を見ます。

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