18話 委員会
閲覧ありがとうございます。
変な委員会があったら教えてください。
「謝りたいことがある」
教室のドアを開けるやいなや、先生は教卓に手をつきながら頭を下げました。生徒たちにざわめきが広がり、何事かと注視します。
「委員会のことをすっかり忘れていてな。今日中に決めてくれるか」
黒板に貼った大きな紙には、各委員会の名前と長方形の枠がありました。
「希望の委員会に自分の名前を書いて、人数オーバーしたら話し合う形で頼む」
いつもやる気のなさそうな先生ですが、今日は「はあ……」と落ち込んでいる様子。見かねた生徒が「大丈夫ですか」と声をかけました。
「締め切り、昨日だったんだ……」
彼は日誌を胸に抱え、椅子の上で小さくなりながらつぶやきます。
「お前たちが帰ったあと、めっちゃ怒られた……」
よほど怒られたのでしょうか。口から不透明な何かが出て行くのが見えた気がして、私は慌てて目をこすりました。
「そういうわけで、期限が短いけどよろしく頼む……。朝のホームルーム始めるぞー……」
見るからに生気のない先生に、私と魔奇さんは顔を見合わせました。
休み時間。
さっそく紙の前にたむろするクラスメイトたちを後ろから眺める私。
廊下側の予定などを記入する小黒板を陣取った紙には、いくつかの委員会の名前がありました。
とはいえ、話を聞いた時から心は決まっています。生徒たちがはけたのを見計らい、『図書』の欄に自分の名前を書きました。
席に戻り、次の授業の準備をしていると、「ねえ、平良さん」と潜めた声がしました。もちろん、隣の席からです。
「なに?」
「委員会ってなにをするの?」
「色々かな。例えば、体育委員なら準備運動の時に前で体操をしたり体育祭の準備を主に担当したり。園芸委員会なら学校にある花壇の管理や花の世話とか」
「アニメで見たことある。未確認生命体を捕獲したり、街のパトロールをしたりするんだよね」
「未確認……? えっと、この学校にはない委員会みたいだけど、それぞれ役割が違うからよく確認してから選ぶといいよ」
そこまで言ったところで、期限の短さを思い出しました。今日中とはいえ、人数が超えれば話し合う必要があります。放課後は他の活動や家の用事がある人もいるでしょう。見学に行く時間はなさそうです。
「こう言っちゃなんだけど、委員会は一年間。とりあえず気になったところに所属して、合わなかったら二年生になるまで我慢って感じで……」
希望していなかった先で素敵な経験を積む可能性はあります。流れる水に身を任せるように、事の成り行きに従うのも人生でしょう。ただ、一年とはとても大きな時間です。三年間しかない高校生活においてはなおさら。『まあいいか』と思えるかどうかは、その人次第です。
「名前を見ただけじゃ、なんにもわかんないや」
「中学の時は何かやってた?」
「委員会っていう概念がなかったよ。わたし一人だったからかな?」
「ああ……」
魔奇さんは高校を期に引っ越してくるまで、かなりの田舎に住んでいたのでした。全校生徒が彼女一人だけという超田舎に。
「ねえ、平良さん」
魔奇さんはさらに声を潜め、顔の横にてのひらを添えました。
「なに?」
「よこしまな気持ちで選ぶのは罪になる?」
思いがけない問いかけに、「よこしま?」と反復しました。
「たとえば、知っている人がいるからここにしよう、みたいな……」
「あ、そういうこと」
くすりと笑った私に、魔奇さんはわずかに頬を膨らませました。
「なんで笑うの」
「だって、そんなことで罪になったら大変だなって」
「真面目に悩んでるのに……」
「ごめん、怒らないで。さっきのことだけど、なんにも問題ないよ。むしろ、友達と同じ委員会に入りたいっていう人はたくさんいるから」
「そうなんだ?」
「これといってやりたい委員会がない人は、大体そういう決め方をするんじゃないかな」
「そ、そっか……。そっかそっか……。罪にはならないんだね?」
再確認する魔奇さんがおかしく思え、私は「風紀委員に取り締まられるかも」とからかってみます。
「風紀委員って、校門で仁王立ちしているあの風紀委員⁉」
「どの風紀委員かは知らないけど、校則を破っている人に注意する人のことだよ」
「たしか、その人に捕まったら、逆立ちして校内を一周させられたり、校庭でスクワット百回やらされたり、空き教室で夜中まで校則の暗唱をさせられるんだよね……?」
「魔奇さんの知識ってどこからくるの?」
どう考えてもフィクションなのに、彼女は信じて怖がっているようでした。
「アニメで見た!」
「一旦、アニメは忘れようか」
落ち着かせようと思って言いますが、彼女は変わらず恐怖の色を顔に浮かべて「ドラマでも見たよ?」と私の袖を引きます。怯える幼子のようで、庇護欲が『やあ』と顔を出す気配がしました。
庇護欲にお帰りいただき、「ドラマもフィクションだから大丈夫」と笑顔を浮かべます。
話がかなり脱線したので、「魔奇さんはやりたい委員会ある?」と訊きました。
「えっと………………」
だいぶ溜め、魔奇さんは絞り出すように「と、図書……」とささやきました。
「図書委員会? 私と一緒だね」
ごく自然に口から出た言葉は、魔奇さんの平静を奪うのにはじゅうぶんでした。
「い、いいいいいいいっしょだね、ほんとだ、偶然、すごく偶然、びっくり!」
「そんなに驚かなくても。決めたなら名前書いておくといいよ。図書委員は二人までだから」
「そそそそそ、そっそそそうだね、書いてくる、めちゃくちゃ書いてくる」
「名前は一回書けば大丈夫だよ」
「うんうんうんうんうんうんうんうん」
首がもげそうなくらい頷きながら、よろよろした足取りで黒板に向かう魔奇さん。ドラマで見た二日酔いの人みたい。
人だかりで紙が見えませんが、私が書いた時は一人分が空いていました。このまま希望者がいなければ、私と魔奇さんで図書委員を一年間担うことになります。
「…………楽しみ、だな」
幸い、隣の席に人がいないので聞かれることはありませんでした。
咳払いを一つし、姿勢を正していると、「……ただいま」とテンションがだだ下がった魔奇さんが戻って来ました。先ほどよりもさらに足取りが不安です。ドラマで見た病気の人みたい。
「おかえり。どうかしたの?」
「他にも書いている人がいた……」
「……そっか。じゃあ、話し合わないとね」
勝手に浮かれ気分になっていた心が静かに着地してきました。まだ決まったわけではないのです。喜ぶにははやい。
「話し合いで揉めたら、わたしが魔法でどうにか……」
「落ち着いて。ところで、希望者は誰なんだろう」
生徒の隙間から紙を見ると、
「あっ」
見知った名前を見つけ、その人がいる席に目を向けました。
ちょうど、その人も私を見たようで、視線が交差します。
「……明杖さん」
彼はこちらに手を振ると、席を立って近づいてくるなり本題に入ります。
「委員会の話だよね?」
「うん。定員は二人だから、どこかのタイミングで話し合おうと思って」
「そのことなんだけど、話し合う必要はないよ」
想定外の言葉に、隣で魔奇さんが小さく困惑の声をあげたのが聞こえます。
「二人は心配せずに帰りのホームルームまで待っていて」
「どういうこと?」話が掴めず、小首を傾げます。
しかし、明杖さんはにこっと笑うだけで何も言いません。同じ問いかけをしようと口を開きかけた時、授業の開始を示す予鈴が鳴りました。
「じゃ、またね」
あっという間に去ってしまった彼に、私は疑問を抱いたまま授業を受けることになりました。
それからというもの、彼は休み時間に捕まえようとする私をするりと躱し続け、あっという間に帰りのホームルームまできてしまいました。
授業終了の予鈴と共に席を立ち、ダッシュで明杖さんの席に行ったはずなのに、百発百中で彼はいませんでした。一体どのようなマジックを使ったのかと首を捻ったほどです。
ほんの一瞬、他のクラスメイトに視界を遮られた瞬間に姿を消す明杖さん。まるで魔法のようです。もしかして、未来は凄腕マジシャンになるのでしょうか。あるいは、なんかすごい人。
「結局、ちゃんと話し合う前にホームルームになっちゃったね」
「うん……」
「大丈夫?」
「狐につままれた気分……」
机に突っ伏す私は、姿勢の悪さに気づいてよろよろと頭を上げました。
「あれっ?」
黒板に貼られた委員会の紙。先生が最終決定を全員に知らせる為に移動させたものです。
「これが今年一年間の委員会メンバーだ。改めて打ち込んだ紙を掲示板に貼っておくから、必要な時はそこで確認するように」
誰かが「はーい」と返事をします。
「急な頼みにもかかわらず、しっかり決めてくれて助かった。……まじで助かった」
大きく息をはく先生は、いつもより小さく見えました。怒られてしぼんだのでしょうか。
「いやぁ、なんとかなるもんだな」
一転して声のトーンをあげた先生は、気怠そうな顔に笑みを浮かべて息を吸いました。あ、いつもの先生だ。しぼんでいた身体が一瞬で元に戻りました。
「それじゃ、解散。気をつけて帰れよー」
また、誰かが「はーい」と返事をします。
ホームルームが終わり、各々教室をあとにするクラスメイトたち。私と魔奇さんはおもむろに立ち上がると、委員会の紙の前にやってきました。
そこには、赤ペンで書かれた少々乱雑な『決定!』の文字。「まじ感謝お前たち」と言いながら先生が派手に書いたものです。
視線を動かし、『図書』の欄を見ます。そこにあったのは、私が書いた『平良』の文字と魔奇さんが書いた『魔奇』の文字。そして、二重線が引かれた『明杖』の文字。
「いつの間にやったんだろう?」
「全然気づかなかった」
私の疑問に、彼女も首を捻るしかありません。色々と考える私たちですが、ふいに横を見ました。視線が重なり合います。
よくわかりませんが、とりあえず。
「一緒に図書委員がんばろうね」
「……う、うん! よろしくね」
「こちらこそ。楽しい委員会活動にしよう」
「そうだね。…………ねえ、平良さん」
突然、声を潜めた彼女は「本当によこしま罪はないんだよね?」と鋭い目をしました。少しだけ不思議な知識で作られた彼女の世界が面白く、私は「どうだろう」と曖昧な返事をします。ぎょっとした魔奇さんに、「該当しなければ心配いらないんじゃない?」と付け加えます。
途端にもごもごと口ごもる魔奇さん。どうしたのか訊こうとした時、
「該当するから心配してるんじゃん……」
「えっ?」
「な、なんでもない! また明日ね、平良さん」
「あ、うん。また明日」
疾風の如き素早さで窓から飛び立った彼女を見送り、私はペンを持ちました。
『図書』の欄の空きスペースに小さく『ありがとう』と書き、教室をあとにします。図書室に本を返却し、帰る前に教室を覗きにくると、
「あ……」
私のメッセージのすぐそばに言葉が足されていました。
『心配いらなかったでしょ?』
書いた人の姿は見当たりません。その為、私は心の中で再度お礼を言います。
ありがとう、凄腕マジシャン。あるいは、なんかすごい人。
お読みいただきありがとうございました。
魔奇さん、読書はするのでしたっけね。




