17話 本屋
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本屋さん……、それは、行くといつの間にかお財布が軽くなる恐怖の場所。
平積みになった新刊を眺めつつ、静かに棚に収まる本の背表紙のタイトルを脳内で読んでいきます。何か気になる本はないかな。
近くの棚では、眉間にしわを寄せた魔奇さんが顎に手を当てて静止しています。眼前には無数の参考書が並び、『これさえ読めば大丈夫!』や『一分で理解!』などと圧をかけていました。
「どれがいいのかさっぱり……」
肩を落とす魔奇さん。私たちが下校中、本屋に寄ることになったのは、昨日の授業で行われた小テストが理由です。
「……」
前日の勉強の甲斐あり、私は満点を取ることができました。家に帰ったら復習しないと、とプリントを仕舞っていると、
「ああぁぁぁあ~……」
隣から、この世の終わりのような声が響いてきました。
「勉強したんだけどなぁ……」
「あんまりよくなかった?」
「うん……。教科書を見るだけじゃ、ちゃんと理解できなかったからかな」
「解説プリントもざっとしか書いてないね」
「先生に直接聞きに行くのは、なんか、躊躇っちゃうや……」
ひとりで頑張ろう、とプリントをファイルに入れた魔奇さんに、ひとりでできる方法を提案しました。それが、本屋で参考書を買うというものです。
学校から勧められる参考書もありますが、結局のところ、自分にあったものが一番です。本屋で色々な本を手に取り、選ぶ。これからの為にも必要なことかと思った次第です。
「たくさんあるんだねぇ」
「選び放題だよ」
「目がチカチカしてきた」
「あはは、たしかに」
私も一冊の参考書を手に取ります。私が使っているものが彼女にとっても適しているとは限りません。中身を見ることができるので、パラパラとめくって少し読むのも大切ですね。
「平良さん、見て。『なんでかわからんけど読むと結構わかる本』だって」
「なんでかわからんけど結構わかるならいいね」
「他と比べて値段も安め」
「なんでなんだろう」
小さめサイズというわけでもなく、ページ数が少ないわけでもありません。どこで削減しているのでしょうか。
「帯に『なんでかわからんけど安くできた』って書いてある」
「やっぱりなんでかわからないんだね」
「よくわからない参考書だね」
そう言いつつも、彼女は棚に戻すことなく手元に残しました。何かが気に入ったのでしょう。気軽に買う値段ではないものの、とりあえず買ってみるというのも一つの手です。
私はというと、今日は魔奇さんの付き添いなので参考書は買いません。かわりに、多少は気軽に買える小説を手に取りました。
特に決まったジャンルがあるわけではなく、面白ければなんでもいい派です。好きな作家はいますが、目的がなければ気になった本を購入することもしばしば。今日はいい出会いがあるかな。
「……あ、かわいい」
ふたりの少女がどこか知らない場所を歩いている表紙。穏やかでのんびりとした雰囲気に惹かれ、手に取ると帯を眺めます。
「ほのぼのふたり旅か。楽しそう」
ライトノベルも純文学も読む私。出会った時の直感と心の感覚で購入するかどうか決めています。さて、今日はどうだろう。
「いい感じ」
私の心はお気に召したようです。『一』と書かれた小説を持つと、表紙や背、帯、つかの部分を確認しました。ビニール袋で覆われているので、参考書のように中身を見ることはできません。だから、この中にどんな物語が広がっているのか、今は想像することしかできないのです。
気に入ったものがあると、ついやってしまう癖。楽しみだなぁと、静かに高鳴る鼓動が言っているようでした。
「平良さんは何か買う?」
「うん。小説を一冊」
「そういえば、学校でもよく読んでいるよね。自己紹介でも言ってたし」
覚えていたのですね。何の変哲もない内容だったのに、よく聞いています。
「わたしも小説を買おうと思う時があるんだけど、たくさんあるから迷って結局やめちゃうんだ」
「ジャンル別に有名なものを選んだり、表紙で気に入ったものを選んだりしてみるのはどう?」
「普段読まないせいか、本を買う時って妙に緊張しちゃう」
参考書は別だけど、と息をはく魔奇さん。他にいい方法はないかと思案した時、私の脳裏にはとある場所が浮かびました。
「図書室はどうかな」
「図書室?」
「あそこなら値段を気にせず読み放題だし、自分の手元にも置いておきたいと思えば本屋さんで買えばいいんだよ」
「お~……、なるほど。図書室、行ったことないから気がつかなかった」
「場所はわかる?」
「わかりません!」
元気なお返事。
「今度、案内してあげるね」
「ありがとう」
彼女は参考書で口元を隠しながら微笑みました。
「平良さんは本屋さんにもよく来るの?」
「うん。空間が好きだし、思いがけない出会いがあったりするから」
「じゃあ、どこに何があるか詳しい?」
「大体は把握しているよ。何か探し物?」
店内に案内図もありますが、慣れていないとわかりにくい部分もあります。目立った特技などはない私ですが、どうやら活躍できそうです。
「そろそろ買おうかなと思ってて。この本屋さん、大きいからあるかなって」
「大型店舗だからね。なんでもあると思うよ」
「ほんと? 助かる」
あのね、と彼女は顔を寄せます。
「魔法書が欲しいんだけど」
「魔法書」
脳内で店内図が崩壊していく音が聞こえました。わくわくした様子の魔奇さんに『それはない』と答えることもできず、「とりあえず探してみよっか」と答えるしかありません。もしかしたら、もしかすれば、もしものことがあれば、あるかもしれませんから。
二人で歩きながら、棚に書かれた文字を眺めます。
『文芸』『ライトノベル』『雑誌』『漫画』『海外小説』
どれも当てはまりません。視線を動かします。
『趣味・イラスト』『趣味・手芸』『趣味・キャンプ』
ピンときません。困りながらさらに歩いていると、私の視線がとある棚で止まりました。
『超常現象・オカルト』
無言で眺め、隣の魔奇さんを見て、再び棚に視線をやり、通り過ぎました。
これは違うと思う。たぶん。
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