14話 一人暮らし
閲覧ありがとうございます。
魔奇さんの衝撃の事実の詳細です。
衝撃の事実が判明してしばらく、ティッシュを購入した魔奇さんとともに道を歩いていました。彼女を観察していてわかったことがあります。
特定のお店に対しては特段問題がないということ。勝手に想像するのなら、田舎と言った実家にいた時も使っていたのでしょう。
「魔奇さん、コンビニは使ったことある?」
「ううん。あ、存在は知ってるよ」
コンビニを使ったことがないとは。
「行ってみたかったんだけど、家から片道二時間くらいかかるんだよね」
「二時間……」
「食材なら家でも作っているし、お菓子なら近所の駄菓子屋さんで済むから、コンビニに行く理由もなかったな。田舎といっても、まったくお店がないわけじゃないから」
「じゃあ、コンビニがどんなところか知らない?」
「そうだねぇ。便利っていうのは知っているけど、こっちに来て、いざ入ろうとすると緊張しちゃう」
「大体なんでも揃うよ。食べ物はもちろん、日用品も売ってる」
「ドラッグストア不要説?」
「どうだろう。値段はドラッグストアの方が安いと思うよ」
「ああー……、お母さんに言われたっけ。同じ商品でも買う場所によって値段が違うからよく見るようにって」
コンビニの看板を見上げながら、なにやら難しい顔の魔奇さん。
「平良さんのオススメはある?」
「私がよく行くのは恐竜堂かな。ポイント還元率がいいの」
「ポイント! お金になるんだよね」
「そう。塵も積もればなんとやらだよ」
「恐竜堂ね。覚えた」
「あ、ほら。ここ」
指をさした先には、こどもウケを考えて非常にキュートな見た目のティラノサウルスがいました。
「恐竜堂のマスコットキャラクター、ティラノンだよ」
「ティラノン……」
「こどもに大人気」
「ちょっとかわいいかも」
「恐竜堂のポイントカードは全面ティラノン」
「全面ティラノン⁉ 作るしかないね」
意気込んだ魔奇さんは深呼吸を一回行うと、「行ってくる」と残して恐竜堂の中に消えました。
数分後。
「作ってきた!」
「はやいね」
「初回会員登録で二百ポイントもらえた」
私が作った時より増えているのですが、それは。
「かわいいポイントカード嬉しいなぁ。わたしが持っているカード、あんまりかわいくなくて」
「どこかのお店の?」
「うん。魔女御用達『猫又のひげ』っていうお店」
想定外のお店きた。
「魔法や薬に使ういろんな物を取り扱っているお店なんだけど、見て」
彼女が財布から取り出したカードは、一般的なものと変わらないように見えました。四角いそれは、両端に数本の線が引かれています。ひげでしょうか。
ただ、店名とひげ以外は何も書かれていないシンプルなカードです。確かに、かわいいとは思えません。
魔奇さんはカードにてのひらを翳すと、何やら力を込めるように視線を鋭くしました。彼女の瞳が赤くきらめきます。
思わず見とれていると、視界の隅で光が弾けたような気がしました。視線を落とした先には、煌々と浮かび上がった不思議な模様。
「きれい……」
「魔力を注がないと使えないの。今時不便だよね」
彼女は不満そうに頬を膨らませながら、とある場所を指さしました。オシャレな形の数字が浮かんでいます。
「四十一?」
「ポイントだよ。貯めると商品と交換してくれたりするんだけど……」
彼女は頬の膨らみを強めました。
「この店、全然貯まらないの」
「いくらで何ポイント貯まるとかって」
「それならいいんだけど、ポイントをつけるか否かは店主の気分に左右されるんだよ」
そんなお店が……。
「まあ、もう私たちの一族くらいしか使わないお店だから文句は言えないんだけどね」
「そうなんだ。ちょっとさみしいね」
少しずつ、古き良き店が時代に淘汰されていくのでしょうか。人知れず消えていくことを想像し、どこかにある店に思いを馳せました。
「でも、最近は経営方針を変えたらしくて」
おや?
「アンティークが好きな人っているでしょ? そういう人向けに販売を始めたって聞いたよ。お店の外観も内観も、まさにって感じだから写真撮影もオーケーらしい」
思ったよりたくましく生きているようで何よりです。
「さすがに魔法薬自体を売ることはしてないみたいだけど」
「何か問題があるの?」
「正しい使い方じゃないと大変なことになるんだよ」
「大変なこと……」
もしかして、命にかかわるような危険なことでしょうか。
魔奇さんは声を低くし、誰にも聴かれぬよう顔を近づけてきました。私は思わず息を止め、身体を固くします。
「……以前、『毛がわさわさになる薬』を買った人が使い方を間違えてつるぺかになったってクレームが入ったらしい」
「つ、つるぺかに……」
「そう。せめて前の髪に戻してほしいって言われて、うちに依頼が来たんだ。『若干毛が生える薬』を作ってほしいって」
「若干毛が生える薬」
「調整が難しくて、もう二度と作りたくないってお母さんが嘆いていた」
「そうなんだ……」
というか、若干毛が生える薬が作れるのなら、『毛がわさわさになる薬』をもう一度作り、正しい使い方をしてもらえばよかったような……。
「魔法って結構めんどくさいところがあってね」
ため息交じりにつぶやく魔奇さん。
「なんかできた、みたいな魔法薬も多いから、同じものを作るというのも大変なんだよ」
いろんな事情があるのですね。
「一度、しっかり構築されれば簡単なんだけど、お母さんがね……」
「どうかしたの?」
「なんて言えばいいのかな。えーっと、料理を目分量で作る人って言えば伝わる?」
「言いたいことがなんとなくわかったよ」
「魔法の教え方もそんな感じで」
「あら……」
頭の中で『口伝』という言葉が浮かびます。魔奇さんのお母さんの教育方法は、『見て学ぶ』タイプだったのかもしれません。
「大変だったよ。一人暮らしをするって決まった時も、色々教えてくれたけど最終的には『大体なんとかなる』だったし」
その結果、なんとかなっているような、なっていないような魔奇さんが誕生したのですね。
「でも、学校の方は平良さんのおかげでなんとか過ごせているから、一人暮らしも少しずつ頑張っていくよ」
「いつでも頼って」
高校生で一人暮らし。いるにはいるでしょうが、大変なことに変わりはありません。
「ご飯に困ったら、うちに来て食べていってもいいからね」
彼女への心配が勝り、遠慮と羞恥で普段は口から出ないようなことがポロっと出てしまいました。
刹那の後、自分の発言に気がつきました。私、いまとんでもないこと言った?
「あ、えっと、今のはなんというか、つい――」
咄嗟に言い訳をしようとして隣を見ると、綺麗な黒い瞳を大きく開いた魔奇さんと目が合いました。
「あの……」
「うん?」
「それって、『今日の晩御飯を教えて!』っていうテレビ番組?」
テレビ番組? あ、芸能人が一般の人の家に訪問して晩御飯をごちそうになる番組がありましたね。
「まあ……、似たような感じかな?」
「すごい! 本当にあるんだ」
「本当にあるというか、私は知らない人が来ても断るけど」
アポなしで自宅に来たら、テレビだとしても私は撮影を拒否すると思って番組を観ていました。だって、知らない人を家にあげるのは緊張しますし、全国に放送されるなんてとんでもないです。
「わたしはいいの?」
「いいよ」
「な、なんで?」
テレビ番組と自分の違いがわからないようで、彼女は不思議そうに疑問を口にしました。なんで、ですか。私の脳内では至極簡単な理由が当然のように浮いていました。
「魔奇さんだからね」
「……ふむ?」
それでもわかっていないようでしたが、私はそれ以上言いませんでした。
「そろそろお開きにしようか」
「あ、もうこんな時間。そうだね」
「今日の夕飯は大丈夫?」
「うん。何か買っていくよ。そう、初コンビニでね!」
意気込みはじゅうぶんです。
「それに、平良さんの家に行くならちゃんと準備したいから」
「準備?」
「お母さんに教えてもらったの。人様の家にお邪魔する時は、縦横五メートルの菓子折りを持って行きなさいって」
単位を間違えていないかな?
「任せて。ちゃんとマニュアルももらった」
魔法と一人暮らしのマニュアルを作ってあげてほしい。
「完璧な一人暮らしをして、お母さんに自慢するよ」
菓子折りはステージが違うような。
「もしその時がきたら楽しみにしててね、平良さん」
「うん」
私は頷きつつも言わずにはいられません。
「縦横五メートルの菓子折りは家に入らないかも」
お読みいただきありがとうございました。
つるぺか魔法薬、おそるべし。




