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13話 買い食い

閲覧ありがとうございます。

友達の二人は買い食いをしに行くようです。建物の陰から観察してみましょう。


 その日、魔奇さんは朝からそわそわしていました。


「えへへ~」


 隣の席から感じるハッピーオーラ。なんだかふわふわした光るものが彼女の周囲に浮かんでいます。なんだろう、あれ。


「ハッ、魔力がハッピーモードになってた」


 そんなのあるんだ。


「……えへへ~」


 気をつけてはいるようですが、やはりハッピーモード魔力が浮かんでいます。私は気づいていないフリのまま平静を保ちます。


「……楽しみ~」


 歌うように小声で言う魔奇さん。あいにく、私は隣の席なので聞こえています。


「……一緒に下校~。ふっふ~ん」


 聞こえてるよ、魔奇さん……!


 堪えているせいで、謎の震えに襲われる私。先生の声が入ってきません。黒板を見ているのに脳が文字をそれと理解していないようでした。全然集中できない……!


「やっと終わった……」


 ホームルーム後、疲労が蓄積した体の重さを感じながら伸びをしました。


「平良さん、大丈夫? 疲れてるみたいだし、今日は一緒に帰るのやめとく?」


 心配そうな魔奇さん。朝から楽しみにしていたのに、私を優先してくれるのですね。彼女の優しさに触れ、疲れが癒された気がしました。


「ううん、大丈夫。帰ろっか。昨日から楽しみだったんだ」

「……わたしも!」


 集中できなかったのは私のせいです。もっと力を抜いて、自然体でいることが大事でしょう。


 一緒に帰るのが楽しみで落ち着かなかったなんて、遊園地前夜の幼子のようです。昔の話だと思っていたのに、高校生でも同じことをやるなんて。


「……ふふっ」

「どうかした?」

「ううん。何か甘いものでも食べようかなって」

「甘いもの!」

「魔奇さんは食べたいものある?」

「えっとね……」


 首を捻りますが、なかなか出てこないようです。


「実家の周りにはお店なんてほとんどないし、高校に入ってからは寄り道したことなかったから……」

「私もあんまりだから、ゆっくり行こうか」

「ゆっくり?」

「うん。魔奇さんの用事がなければだけど」

「大丈夫。ゆっくり、賛成!」

「色々お店見てみよっか」


 今日の下校には、隠れたミッションがありました。お昼ご飯を抜いた話をした時、彼女はお店に寄るのは緊張するし、適したお店がわからないと言っていました。


 今日は、よく高校生が昼食を買うお店を紹介したり、使い方を教えたりしようと思っていたのです。


 そもそも、彼女はお金を使うことに慣れていないようでした。田舎から出てきたと言っていましたが、一体どんな場所なのやら。


 購買を利用することで、かなり習得できてきたようですが、それは学校内に限ります。これからの為にも、学校外での活動をするべきだと思いました。題して、『買い食いして経験を積もうの会』なのです。


「平良さん、あれ見て。かわいい!」

「ほんとだ。どうなってるんだろう」


 キッチンカーで売られていたドリンク。サンプルの写真には、白く滑らかなうさぎが映っていました。


「クリームでできてるんだって」

「へえ……」


 隣からキラキラしたものを感じました。黙っていますが、『買う⁉』と表情に書いてあります。


「買う?」

「い、いいかな?」

「もちろん」


 私は保護者の気持ちになって彼女の行動を見守ります。緊張からか、やけに無表情の魔奇さん。店員さんが不安そうな顔をしています。


 無事に購入。商品を受け取った彼女は、私の隣に戻ると途端に笑顔の花を咲かせました。


「買えたよ!」

「おめでとう」

「かわいい~。飲むのがもったいない」

「写真撮っておく? 思い出にもなるし」


 それと、魔奇さんのミッション達成への第一ステップとして。


「あ、でも、携帯取れないや」

「私でよければ撮るよ」

「ほんと? お願いします」


 ドリンクを顔の近くに掲げ、とびきりの笑みを浮かべる魔奇さん。四角い窓の向こうでは、魔法を使える魔女もどこにでもいる女子高生でした。


「撮れた」

「ありがとう」


 クリームでできているうさぎをなるべく壊さないよう、ストローを端にさして飲んでいる魔奇さん。写真を確認する私は、妙に強い視線を感じて顔を上げました。


「平良さんは買わない?」

「そんなに喉乾いてないから――」


 買わない、と言いかけてやめました。魔奇さんの目。何かを期待しつつも言えない事を秘めた目。私の頭を鋭い光が貫きました。


「でも、かわいいから買っちゃおうかな。買い食いするつもりで来たんだし」

「いいと思う!」


 きらきらと輝く赤みをおびた黒い瞳。彼女は私の決定を肯定するように何度も頷きました。


「すみません、彼女と同じものを一つお願いします」

「かしこまりました」


 商品を受け取るまで、魔奇さんはストローから口を離していました。


「お待たせ」

「いえいえ」


 近くにあったベンチに座り、冷たいドリンクを一口。四月といえど、まだ少し肌寒い気温の日もあります。けれど、今日はぴったりなような気がしました。特段暖かい日ではないのですが、不思議です。


「平良さんの分は任せてね」

「うん?」


 何のことかと思ったら、ドリンクをベンチに置いた魔奇さんが携帯を持っていました。再び鋭い光が頭を貫きます。クリームうさぎを彼女の方に向くように持ち直し、少し照れくさい気持ちで笑顔を浮かべました。


「平良さん、ピースピース」


 小声の指示が飛んできます。ピース⁉ ひとりで⁉


「撮るよー。パシャッとな」


 独特な掛け声で降りたシャッター。写真を確認し、彼女は深く頷きました。とても満足そうです。

 私はというと。


「…………」


 恥ずかしさが沸々と勢いを増していました。


「……魔奇さん!」

「ん?」

「今度は二人で撮らない?」

「二人で……」

「せ、せっかく一緒のドリンク買ったし、テレビでも若い子が写真を撮るって聞いたし、思い出になるし」


 謎の言い訳をまくしたて、携帯をぶんぶん振りました。


「な、なるほど。確かにそうだね!」


 勢いに押され、彼女は納得したように頷きます。写真を撮りやすいよう、身体を寄せます。ベンチの隙間が狭くなりました。


 携帯を空に掲げ、画面を自分たちに向けます。魔奇さんがドリンクを顔の近くに持って来たのを見て、私も真似しました。


「撮るよ」

「平良さん、ピースピース」

「そうだった」


 二人ならば恥ずかしさは軽減されます。私もピース……。


「携帯持ってるからできないや」

「ほんとだ。じゃあ、わたしが二人分のピースやるね」


 片手はドリンクを持っているのにどうやって、と思いましたが、彼女が楽しそうに笑みを浮かべたのを感じてシャッターボタンを押しました。


「うまく撮れたかな?」

「見てみよっか」


 携帯を操作し、写真を確認します。


「あ……」

「撮れてるね」

「二人分のピースってそういうこと?」

「うん。いいでしょ」


 ドリンクを飲みながら彼女は二本指を立てました。そのそばでは、きらきらと輝く光の粒が同様の形を作っています。まるで、ピースをしているような形です。他の表現をするのなら、ハートマークが浮かんでいるようでした。


「女子高生っぽい」

「女子高生だよ?」

「そうなんだけどね」


 ただ、テレビで観たあらゆるものより素敵に感じました。携帯の中に残る写真が宝物のように思えるくらい。


 少しずつドリンクが減っていく。名残惜しそうにクリームうさぎが消えていくのを見ながら、魔奇さんは容器を空にしました。


 ストローが底に到着したのを感じながら、私は写真の『お気に入り』マークをそっと押しました。


「わたしが撮った平良さんの写真、あとで送るね」

「私も送るよ」

「楽しみにしてる」


 ドリンクの容器を捨てた後、私たちは示し合わせることなく歩き出しました。さて、買い食いはしたのでミッションの続きを。


「あ、ドラッグストア寄ってもいい?」

「いいよ」

「ティッシュがあとひと箱だったから補充しないといけなくて」

「ご家族が買い物ついでに買うとかじゃないんだ?」

「いつもはそうなんだけど、わたし一人暮らしだから」

「そうなんだね」


 へえ、一人暮らしですか。一人暮らし……。ひ、一人暮らし⁉


「魔奇さん、一人暮らしなの⁉」

「そうだよ? 言ってなかったっけ」

「え、いや、だって、……えっ⁉」

「そんな驚く?」


 昼食をどこで買っていいかもわからない魔奇さんが一人暮らしだなんて。では、日頃の食事は一体どうしているのでしょう。生活必需品や娯楽などはどうしているのでしょう。

 毎日三食、人によっては二食や一食かもしれませんが、ちゃんと食べているのでしょうか。


 途端に不安になった私は、青い顔で彼女を凝視しました。


「平良さん、大丈夫?」


 いや、それは。


「こっちのセリフだよ、魔奇さん……」


お読みいただきありがとうございました。

驚愕の事実。

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