12話 友達
閲覧ありがとうございます。
みなさま、学校青春物語に『友達』のサブタイが!
誰もいなくなった教室の扉を閉め、私たちは購買にやってきました。といっても、購買はもう閉店しています。
魔奇さんは自販機の前に立ち、「どれがいい?」と問いかけました。
「そうだなぁ……」
あまり使わないので、並んでいる商品を見ることも新鮮です。
ちなみに、どうして自販機に来たかというと、
「教えてもらったお礼、ジュースでよかったの?」
「勉強会は私から言い出したことだし、本当はお礼も大丈夫なんだよ」
「それはわたしが我慢できない」
大真面目な顔でお財布を持つ魔奇さん。どんとこい、と意気込んでいますが、高級なジュースは売っていませんよ。
「これがいいな」
「了解」
小銭を投入し、緊張した面持ちでボタンを押す魔奇さん。ガコン、と音がして商品が出てきました。
「どうぞ」
「ありがとう」
「じゃあ、わたしも……。どれがいいかなぁ」
しばし迷った彼女は、私が持っているジュースを見て頷きました。
「決めた」
彼女が買ったのは、私が買ったジュースと同じ種類のもの。
「きみが持っていると美味しそうに見える」
「そう?」
「確かめてみよう」
魔奇さんが蓋を開けたのを見て、私も倣います。お礼とはいえ、お金を出してもらっているので先に飲むのは憚られました。
「んー」
「どう?」
「美味しい!」
「検証は成功だね」
私もペットボトルを傾けます。ほんのり甘い味が口の中に広がりました。
「そっちはどう?」
「美味しいよ。初めて買ったけど、リピートしようかな」
「よかった。勉強会がなければ買うことなかったかも」
「思わぬ収穫だね」
「自販機コンプリートしようかな」
「あ、それ楽しそう」
「でしょ?」
笑い合いながら昇降口へ。部活動中の生徒たちの声がグラウンドから聞こえてきます。
「わたし、この時間まで学校にいたの初めて」
「私も。気をつけて帰ってね」
「うん」
ローファーを履いた私は、魔奇さんが止まったままでいるのに気がついて振り返りました。
「どうかした?」
「え? ううん」
「ほうきで帰るんだよね。窓からじゃなくても平気?」
「うん。どこからでも大丈夫」
教室から持ってきたほうきを手に、彼女はどこかぼんやりとしているようでした。勉強疲れでしょうか。疲労状態で魔法を使うのは危険なような気がしますが、どうなのでしょう。
勉強会を言い出したのは私です。もう少し一緒に休んでから帰った方がいいかもしれません。
「ねえ、魔奇さ――」
「あの!」
二人の声が重なりました。
「あ、ごめん」
「さ、先どうぞ」
「いいよ。私はたいしたことじゃないから」
「わたしも重要ってわけじゃないけど……、あ、大切なことではあるから、重要なこと? じゃあ、先に言うね」
彼女は何度か息を吸い、先ほど買ったペットボトルをぎゅっと握りしめ、真っ直ぐに私を見ました。
「平良さん、これから一緒に帰らない?」
思いがけない誘いに、咄嗟に声が出ませんでした。
「た、たまにでいいんだけどね、わたし、誰かと下校することに憧れてて。今日の勉強会もそうだし、自販機でジュースを買うのもそうだし、きみと一緒にいると憧れていた『初めて』がたくさん叶うなって……思って……」
少しずつ小さくなる声に比例して、彼女の顔がどんどん赤くなっていきました。
「こういうの、なんか、ほら……」
消えてしまいそうな微かな声。放課後の静かな学校だから聴こえる声。もしくは、隣の席にいる人にしか聴こえない声。
部活動の音すら遠くなっていく。誰かの足音も響くことを忘れてしまったようでした。
彼女が必死に言おうとしていることを聞き逃さないよう、私は息をすることもどこかへ置いてきていました。
「……その、友達みたいだなって」
花が咲くように笑った彼女に呼応して、ペットボトルの中のジュースが揺れました。飲んだことはないのに、なぜか優しい甘さを感じます。
次に買う時は、同じものを買おう。そんなことを思いました。この時感じた甘さは確かめるまでもないのです。野暮というものでしょう。
「みたいじゃなくて、友達だよ」
「えっ……」
私はペットボトルを持つ手を前に出しました。何かに気づいた彼女も手を伸ばしました。
こつん。二本のペットボトルが手を合わるようにぶつかります。
「ふふっ」
「えへへっ」
くすくす。くすくす。
妙に恥ずかしい気持ちですが、私たち以外誰も見ていないのでいいでしょう。
こそばゆくてたまらない。こんな気分は初めてです。
笑いすぎたからでしょうか。熱を持った頬を風に当てたくて、「帰ろうか」と外を示します。
「あ、うん、また明日ね」
「ん?」
「ん?」
二人して首を傾げます。
「一緒に帰るんでしょ?」
「あっ……、い、いいの?」
「うん。だって」
それとなくペットボトルを揺らします。
「友達だからね」
「そ、そっか。友達……だもんね。……えへっ」
嬉しそうに反復したのも束の間、また魔奇さんの足が止まりました。
「どうかした?」
「あ、あの……」
「うん?」
「い、一緒に帰るの、明日でもいいかな⁉」
「いいけど、急ぎの用事でもあった?」
「ううん。そうじゃなくてね、わたしが……」
「魔奇さんが?」
真っ白な髪に包まれていた目。視線があっちこっちを彷徨った後、
「わたしが限界! キャパオーバー!」
「なんと……」
初めて聞く理由。でも、断ることはできません。キャパオーバーなんですもんね。それは仕方ない。
「じゃあ、また明日ね」
「ごめんね」
「いいよ」
「また明日、平良さん」
「うん、魔奇さん。気をつけてね」
少しもたつきつつもほうきで飛んでいく彼女に手を振り、消えていった空をしばらく眺めていました。
「…………」
一人残された昇降口。口の渇きを感じ、ジュースを飲みました。
「はあぁ~……」
深いため息をつきながら、その場にしゃがみました。頬の熱を冷まそうと、ペットボトルを当てます。温くて効果がありません。コールドのジュースが短時間で温くなるなんて……。
でも、理由はわかっています。彼女と話している最中、私はずっと握りしめていました。
「はああぁぁ~……」
再度のため息。魔奇さんと一緒に帰れなかったことは残念ですが、今日ばかりは。
「よかった…………」
キャパオーバーなのは魔奇さんだけではないのです。
お読みいただきありがとうございました。
当作品は学校青春物語です。たぶんそうです。