11話 勉強会
閲覧ありがとうございます。
学校でも家でも、勉強する人は全員信じられないくらい偉いです。
帰りのホームルーム後、教室は自由に使うことができます。勉強する人、おしゃべりする人、読書する人、その他思い思いに居残っている生徒が数人いました。
いつもよりも席を近づけ、勉強会の開催に向けて準備します。数センチのはずなのに、彼女がとても近く感じました。
小テストと教科書、ノートを広げ、魔奇さんは腕まくりをします。
「よし、まずは復習だね」
「間違えたところを一つずつ見ていこうか」
「お願いします、先生」
「それ、まだ続いてたんだ?」
「もちろん。平良さんはわたしに『普通』を教えてくれる先生だよ」
となると、彼女の点数は異常ということになります。
「目指せ平均点!」
たしかに、平均は普通と言い換えられそうです。
「その問題は、この公式を使って解くんだよ。教科書でいうと、このページ」
「ふむふむ。赤丸をつけておかなくちゃ」
「あ、そっちじゃなくて」
「こっち?」
「そうそう。解いてみて」
「えーっと……」
「ゆっくりでいいよ」
一問ずつ、説明を飛ばさずに一から十まで細かに伝えていきます。理解できない時に説明を飛ばされると、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいますからね。
私はたどたどしく問題を解く魔奇さんを見守りながら、中学時代に使っていた解説書を思い出します。
途中の式を省略するな。すべて説明しろ。一から十まで、いや、一から百まで書け。
心の中に溜まっていった怒りを勉強にぶつけ、割といい成績を勝ち取ったのは良い思い出です。
わからないから解説を見ているのです。解説の使命を全うして欲しいのです。
とはいえ、様々な事情があるのでしょう。
大抵の解説書は簡単な内容を省略する傾向にあります。許せません。おっと、本音が。
「平良さん、この後ってどうすれば……。解説プリントに書いてなくて」
「許せない」
「えっ?」
あ、また本音が。
「ここはね、書いていないけどこういう式が隠れていて……」
「な、なんで隠れてるの?」
「忍者なのかも」
勉強会という硬い雰囲気を和ませる為、そして私の怒りを落ち着かせる為、あまり言わない冗談を口にしました。
ぽかんとする魔奇さん。次の瞬間、
「そういうことか!」
なぜか深い理解を示しました。問題に対しての理解ならよかったのですが。
「それを暴く平良さんは何者?」
「ただの女子高生だよ」
忍者と戦う魔女さんは、厳しい顔をしながら問題を解いていきます。やがて、全問の復習が終わりました。
「ふう……」
「お疲れさま」
「ありがとう、平良さん」
「どういたしまして。同じ問題でも、何度も解くといいって聞くから、また解いてみてね」
「記憶が新鮮なうちに、もう一回やってみる」
「じゃあ、私も」
改めて小テストをノートに解いていきます。解説していたからか、かなりスムーズに解けるようになった私。
止まることなく解き終わり、邪魔しないよう横目で彼女を窺います。
「……えっ」
宙を見つめ、真っ白になった魔奇さん。口から何か飛び出し、彼女の周囲に摩訶不思議な形が浮かんでいました。
「ま、魔奇さん?」
「ふえ~……」
「大丈夫? 具合悪い?」
「ふぁ~……」
「な、なにこれ。どういう状態? 魔奇さーん!」
「……ハッ!」
我に返った彼女は、自身の周りに浮かぶ謎物体を蹴散らしました。
「いけない、またやっちゃった」
「よくあるの?」
「脳がパンクすると、魔力がへんてこな形になって出てきちゃうんだ……」
「それは……、すごいね」
正しいリアクションがわかりません。
「授業中に出ないよう、必死に頑張ると授業内容が頭に入らないんだ……」
「本末転倒すぎる」
「うぐぐぐ……」
「でも魔奇さん、今は勉強会だから、気にしなくていいよ」
いつの間にか、他の生徒はいません。誰かに見られることもないでしょう。
「よ、よし。気を取り直して、第一問から……」
頷いて口を閉ざし、そっと見守ります。
「教えてもらったのに、一人になるとできない……!」
目をぐるぐるさせながら、己の不甲斐なさを嘆く魔奇さん。アドバイスをすべきかと思った時、私は目撃しました。
また! 謎物体が! すごい数!
「ああぁあぁぁぁ~……」
「ま、魔奇さん落ち着いて」
「解けない~……」
「ゆっくりでいいから」
「なんで~……」
「そういうこともあるよ。たぶん。きっと?」
とりあえず、どこまでできているか確認しようと、彼女のノートを覗きました。
「へっ……?」
なんだこの! 謎模様! すごいな⁉
「魔奇さん、魔奇さん!」
「あっ、大変! せっかく買ったノートが魔法陣だらけに!」
ご説明ありがとうございます。
「これ、消せるの?」
「消せない……」
「そういうものなんだ」
「仕方ない……」
定規を使って綺麗に切り取ると、彼女は杖をくるりと回しました。空中で形を成していく魔法陣だらけの紙は、やがて一羽のうさぎになりました。
「二度目だから、新鮮さがないかな?」
「ううん。素敵な魔法だね」
「えへへっ」
「もしよければ、もらってもいい?」
「えっ……、あ、あげるならもっと可愛い紙で作りたい」
「これがいいの」
どうかな、と首を傾げると、彼女は困ったように、でも嬉しそうに頷きました。
「魔法で作ったものを誰かにあげるの、実は初めて」
「光栄です」
「こちらこそです」
恭しくお礼をし、二人で笑いました。
改めてノートを開く魔奇さんに、ふと思いついたことがあります。
「そういえば、こんな言葉があるよ」
「なに?」
魔法で折られた紙うさぎをてのひらに乗せ、かわいいなぁと眺めながらつぶやきます。
「二度あることは三度ある」
魔奇さんはぴたりとシャープペンシルを止めました。
「やめてよぅ……」
お読みいただきありがとうございました。
相変わらず、魔法陣については読者様の想像力任せです。