103話 夏祭り
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いろんな騒動のあとは賑やかなお祭りで。
夕暮れ時。
生い茂る木々により、太陽はすでに遠い地の向こうへと姿を消しています。いつもなら街灯の明かりだけが周囲を照らしていますが、今日は別世界。
「お祭りだ~! みんな、準備はいい? いいよね! よおし!」
「相変わらず元気だな、おぬし」
「だって、みんなとお祭りだよ? いつもひとりで屋台を巡っていたのに、今日はマジマジメンバーがいるんだもん。こんなに幸せなことはないよ」
「さすがは幸運の魔女。素敵なオーラが満ち溢れていますね」
「ふっふーん、でしょう?」
彼女たちにも知れ渡ったすぺるちゃんの二つ名。誰もが口々に褒めるので、誇らしげだった彼女の鼻はどんどん高くなっていきました。最終的に、「みんなのこと、わたしが幸せにするから!」と高らかに宣言し、五日目が終わったのでした。
「プロポーズかと思ったな」
「では、みなさんの趣味や座右の銘を言い合いましょうか」
「勇香はお見合いがしたいだけのような」
「お互いのことを知り、仲を深め、強い絆を結ぶのです」
「だから、婚姻かって」
「めおとまんざい」
「ほれみろ、きとんのツッコミが冴えわたってしまうじゃないか」
「ところで、あなたたちの格好は何なのかしら?」
主の肩に乗るシロツメちゃんは、あまり爪を立てないように必死です。
「レンタル浴衣だよ。といっても、ご近所の人たちから借りたもので、お金は払ってないんだけど」
「居心地が悪いわ……」
「汚れても大丈夫だって言ってたよ」
「汚れと破れは違うのよ」
鼻を鳴らしながらベストポジションを探すもふもふ。やがて、程よいところを見つけたのか、ほっと息をはきました。
「志普ちゃん、志普ちゃん、あとでみんなで写真撮ろうね」
「うん」
「志普ちゃん、志普ちゃん、何食べる? あ、射的あるよ。輪投げも! どれからやる?」
「色々あって迷っちゃうね」
「志普ちゃん、志普ちゃん!」
「ちょっと待て、すぺる。ここぞとばかりに名前を呼びすぎだぞ」
「え? そうかな?」
「志普も何か言って――って、嬉しそうだなおい」
うれしいです、とても。
「あ、杖を持ったおばあさんが! 私、助けてきますね」
「わたあめおいしい」
青い髪を揺らして走り去る勇香ちゃん。ぺろぺろとわたあめを舐めるきとん。ため息をつく小悪ちゃんはやれやれと首を振りました。
「こっちは平常運転だし……。誰かツッコミ役はいないのか?」
「あなたではなくて? 魔王様」
「想定外だ」
屋台が並ぶ道をのんびりと歩いていると、提灯に照らされた緑がほんのり朱を浮かべて目に映りました。この数日間、ずっと見ていた山も今日はがらりと表情を変えています。
どこからか流れる音楽は妙に落ち着くもので、遠い地であることを忘れさせます。人々の間を通り過ぎる楽しげな空気が鼻先をかすめ、紺色の空に消えていきました。
「やあ、すぺるちゃん。今日はお友達と一緒かい?」
「うん! 学校のね、とも、と、友達だよ」
「そうか、よかった。楽しんでおいき」
「ありがとう、おじさん」
時折、声をかけられるすぺるちゃん。近隣の人から孫のように可愛がられているようで、なんだかこちらまで嬉しくなりました。ただ、やはり友達のところで呂律が怪しいですが。
「まだどきどきしてる。わたし、と、友達と一緒にお祭りに来てるんだなぁ」
「憧れだった?」
「とっても。アニメや本の中でしか知らなかったことが現実に起きるなんて、昔は考えもしなかった。だから、うれしくて、幸せで、胸がいっぱいだよ」
「私もね、ちょっとどきどきしてるんだ」
すまさんに着付けてもらった浴衣の袖を広げると、白い花の模様がふわりと浮かび上がりました。
「浴衣を着て友達と夏祭りに来るの、初めてだから」
「そうなんだ?」
「だから、今日はたくさん思い出を作りたいな」
「もちろん。よおし、志普ちゃんにいいところ見せちゃおうかな!」
「程々にな?」
想定外にツッコミ役を担うことになった小悪ちゃんが横槍を入れますが、やる気に満ち溢れた彼女の耳には届いていないようです。
「金魚百匹取るぞ!」
「程々にな⁉」
小さな魔王さんが青ざめた時でした。幼子に手を振る明杖さんが私たちに気づきました。
「こんばんは、みんな」
「お、明杖じゃないか。ちゃんと働いているか~?」
「もちろん。ラムネが飛ぶように売れるよ」
「やっほー、明杖さん! 浴衣似合ってるじゃない。かっこいいよ~」
テンションの高いすぺるちゃんに褒められ、彼は小さく笑いました。
「ありがとう。みんなも似合ってるよ」
「阿呆。そういう時は『かわいいよ』と言うものだぞ」
「えっ、そ、そうなんだ?」
「ほれ、はやく言え。浴衣姿の女子を前に『似合っている』で逃げるつもりか?」
「逃げるなんてそんな」
「ならば言え。ほれ、ほーれ」
悪い顔の小悪ちゃん。明らかにからかう相手を見つけた時の魔王さんです。
ターゲットにされた明杖さんは言葉に詰まり、視線を右往左往させています。小悪ちゃんが多少は満足そうなので、この辺で助け船を出しましょう。
「出張ヤドリギは順調?」
「う、うん! かなりね。だいぶ、結構、そこそこ順調だよ」
慌てすぎ、明杖さん。
「こどもも大人も買いに来てくれて、たくさん持って来た駄菓子も終わりが見えてきたかな」
「ラムネは何本くらい売れたの?」
「途中で数えるのをやめるくらい」
「百本とか?」
「もっとかな」
くすくす笑う彼は、ふと私を見て、何があったか慌てて顔を背けました。どうしたんだろう?
「ところで、剣崎さんは別行動?」
「あ、勇香ちゃんは――」
その時、少し離れたところから歓声があがりました。
「なんだろう?」
「あの辺は……射的があるところだね」
「行ってみよっか!」
すぺるちゃんの誘いに乗り、明杖さんと別れた私たちは射的店の方へ。人だかりの後ろから首を伸ばし、隙間から店の中を覗くと。
「そこです!」
鋭い声とともに的を打ち抜く勇者の姿。
「次!」
スパン! 高い音とともに吹っ飛ぶお菓子の箱で作られた的。
「まだまだ!」
スパン! 気持ちがいいくらい撃ち抜いていく華麗な様子に、野次馬の心も撃ち抜かれたようです。
「しほ、うまいこという」
「えへへ、つい」
そして、スナイパー勇者は最後の的に狙いを定め、
「これが勇者の力です!」
スパァン……! 最も大きな的すら一発で吹き飛ばし、射的店の棚を空にしたのでした。
一瞬の静寂の後、彼女の勇姿を称える言葉と歓声が響き渡りました。獲得した景品はこどもたちに与え、店主と握手を交わすと、沸き立つ人々に手を挙げながら出てくる少女。
「おや、みなさん、お揃いで」
激闘を終えた彼女は、きらめく汗を額から流して笑顔を浮かべます。
「何をやっているんだ、おぬしは」
心底呆れたように言う小悪ちゃん。
「私ですか? 杖をついているおばあさんを送り届けたあと、屋台の準備を手伝い、ゴミ捨てに行き、迷子を親元に連れて行き、焼きそばを作り、集客をし、射的で景品が取れないと泣いていたこどもの力になっていただけです」
だけ、とは。
「我が勇者の力が求められているのを感じます。私、マジマジに入ってよかったです!」
「聞いた? 最高の言葉だよねっ」
「へーへー、そうだな」
テンション高めの勇者と魔女を前に、冷静な魔王はじとっと二人を見つめます。しかし、その口角は上がっていました。
「ねえ、わたしたちも遊ぼ。輪投げ、ヨーヨー釣り、金魚すくい、千本つりもあるよ」
「我は輪投げをやろう。魔王の力を見せてやらねばな」
意気込んでサービス券を切る小悪ちゃん。ちなみに、結果はというと。
「全然だめなのだー!」
全然だめでした。
「仕方ないなぁ。魔女の力を見せる時がきたようだね」
ミステリアスな雰囲気を纏ってサービス券を切るすぺるちゃん。こちらの結果はというと。
「全然だめだー!」
全然だめでした。
「おぬし、輪投げがうまくなる魔法とかないのか?」
「百発百中で輪投げが入る魔法があるよ」
「それ使えばいいじゃないか」
「そしたらつまんないじゃん」
両者は睨み合います。ばちばちと火花が散りました。そして。
「それもそうだな」
「でしょ」
あっさりと頷きました。
「次だ、次! ヨーヨー釣りをするぞ」
「わたし、得意だよ。三百個くらい取れちゃうから」
「なんで見え透いた嘘をつくのだ、おぬしは」
「ごめん、テンション爆上がりで」
「なら仕方ないな」
ちなみに、ヨーヨー釣りですが。
「こら、きとん! やめろおぬし!」
「つい! ついなってしまうにゃ! きとんのせいじゃない!」
「あっ、わ、割れちゃうよう!」
「うぴゃあああぁぁあ!」
「うにゅああぁぁぁあ!」
「いやあぁぁあぁぁぁ!」
盛大に水をかぶる私たち。あらあらと笑う勇香ちゃんは、私の方に首を傾けます。
「志普さん、きとんさんってやっぱり」
「猫だからね……」
「ご自宅でもああいうもので遊ぶのですか?」
「今度、猫じゃらし買おうかなって思ったところ」
ぽよぽよ跳ねるヨーヨーに本能が刺激されたのか、猫パンチを喰らわせてしまったきとん。水も滴るいい乙女になった私たちは、すぺるちゃんの魔法できれいに乾きましたとさ。めでたしめでたし。
「ごめん、しほ……、みんにゃ……」
「大丈夫だよ。浴衣も乾いたし、濡れて困るものもなかったから」
「いいパンチだったねぇ」
ツボにはまったのか、けらけら笑い続けるすぺるちゃんは目元に涙を浮かべていました。
「はあ~、笑った笑った。おぬし、やっぱり猫だな」
「猫ちがう。きとん、化け猫!」
「似たようなもんだろう」
「ちがう!」
「どのくらい違うんだ?」
「ちょっと」
「あ、そんくらいなんだ」
そうして、私たちはあれやこれやと思い出を作りながら夏祭りを楽しみました。ミニゲームで遊び、屋台で食べ歩きをし、他愛もない話をし、笑い合い。
いつまでも続くかと思った時間。いつまでも続いてほしいと思った時間。けれど、それはいつか終わりが来る時間。
ひとしきり夏祭りを味わった私たちは、出張ヤドリギの出店へと戻りました。
「こんばんは、お嬢さんがた。夏祭りはどうだったかな」
「すごく楽しかったです。柏木さん、サービス券ありがとうございました」
「なんの。しかし、終わるにはまだ早い。フィナーレはこれからだ」
彼は木製の椅子を出店の外に置き、砂糖菓子をくわえました。
「明杖、仕事は終わりだ。行ってきなさい」
在庫の確認をしていた彼は、少し戸惑った様子で外に出てきました。
「明杖さん、どこに行くの?」
「僕も知らないんだ」
「わたし知ってる。鳥じい、あそこだよね?」
彼はゆっくりと首肯しました。
「すぺる嬢がいれば安心だ」
「任せて。じゃあ、みんな、行こう!」
元気よく手を挙げるすぺるちゃんに、私たちは首を傾げるしかありません。
「ねえ、どこに行くの?」
そう訊くと、彼女は口元に人差し指を添えて微笑みます。
「行ってからのお楽しみだよ」
お読みいただきありがとうございました。
お祭りのフィナーレといえば、なんでしょう。




