101話 首謀者
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騒動のその後のお話。
晴れ渡った空を駆け、ほうきは軽やかに見慣れた家へと舞い戻った。はやくみんなに彼女の無事を報せなくては、と逸る心もそのままに、大きく口を開こうとした時のこと。
「あ、おかえり、すぺる」
のんびりとくつろぐ小悪ちゃんの姿が目に入った。
「おかえりなさい、二人とも。ご無事でなによりです」
「おにゃえり」
野外に置かれたテーブルと椅子。マジマジメンバーはお茶やお菓子を前にわたしたちに手を振った。
「あ、え、ど、どゆこと……?」
思わず点になる目。緊迫した空気など欠片もなく、穏やかな風が吹いている。
「みんな心配して……、えっ? なんで? なんでなんで?」
困惑するわたしに、小悪ちゃんがこれ見よがしにため息をついた。
「おぬしの気持ちはよくわかるぞ。さて、役者は揃ったようだし、そろそろ説明してもらおうではないか」
「役者? 説明? どういうこと、小悪ちゃん」
「ほれ、お鉢が回ってきたぞ」
彼女は首をくいと動かした。それはわたしの隣の人に向いている。
「この騒動の首謀者として、イチから説明してくれるよな、志普?」
名前を呼ばれた彼女は黙ったまま。雷に撃たれたような衝撃に、わたしは精一杯の力で隣を見た。
「……ごめんね」
申し訳なさそうに謝る彼女だが、その奥には揺るぎない芯を感じた。
「私たちもネタバラシをされるまで半信半疑でしたが、まさか本当だったとは」
「しほ、やっぱりだいたん」
「まあまあ、二人も帰ってきたことだし、とりあえずお茶にしよっか」
笑顔を浮かべた母が椅子に座るよう促す。待ってましたとばかりにサラちゃんが追加のお菓子をテーブルに並べた。
「え、えっ、お、お母さん……?」
「がんばったね、すぺる。魔奇家の試練をよくぞ突破した」
「へ……? 試練?」
「言ったでしょ。『これはあんたの試練だよ』って」
「たしかに言われたけど……」
頭がうまく働かない。謎を解明する為の情報はすべて揃っているはずなのに、ひとつひとつのピースがはまらずにいた。
よろよろと座った椅子。砂漠のように乾燥した口内をお茶で湿らせ、深く息をはいた。
わたしの隣に座った彼女もコップに口をつけ、ゆっくりとテーブルに置いた。そして、丁寧に頭を下げた。
「ごめんなさい、みんなには心配をかけました」
「まったく、ほんとだぞ。まじでこの辺の山を吹っ飛ばそうと思ったんだからな」
唇を尖らせる小悪ちゃん。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、なんだ。魔女の試練としてはスリルがあったと思うぞ」
「すまさんの働きも見事でしたね」
「さきにいっておいてほしかった」
微笑む勇香ちゃんに対し、不満そうに頬を膨らませるきとんちゃん。
「ほんとにごめんね。でも、この件は私が勝手に決めたことだったから」
「気持ちはわからんでもないが、次からは我らにも言ってくれ。何か手伝えることがあるやもしれん」
「うん、ありがとう」
なんとなく話が丸く収まりつつある状況に、思わず手を挙げる。
「ちょっと待って! 全然話が見えないんだけど!」
「言っておるだろう。今回の行方不明騒動は志普が首謀者となり行われた魔女の試練だったのだと」
「いや、でもなんで、今まで試練って他の人を巻き込むような感じじゃなかったのに……」
「今回は必要だった、ということでしょう」
冷静な勇者の言葉に、冷静になれない魔女は唸るしかない。
「でもでもでも……、危険なことだよ。『協力しよう、そうしよう』でやっていいことじゃないよ。みんなは知らないから言うけど、岩棚にいたんだよ? しかも、森には魔法生物もいて、超狂暴で、大雨でめちゃくちゃだし、それに……ええと、だからね、何かあったら大変だったのに!」
「管轄の警察と消防、近隣住民には事前に連絡をしていたそうですよ」
「うええぇっ⁉ そうなの⁉」
「事前にお母さんたちには連絡してたよ。すまさんと話もして、許可ももらっておいたの」
「いつの間に⁉」
「ちなみに、いざという時の為にサラちゃんも待機していましたよ~」
「えぇぇぇっ⁉ うそ! 気づかなかった!」
「森の途中で足跡が途切れたでしょう? あれ、サラちゃんがひょいって拾って飛んでいったからですよ~」
「してやられたわね、スペル」
シロツメがため息をつく。痕跡を残さず彼女を攫って行くなんて、なんて高度なことを。
「まだまだですねぇ、スペル」
にこやかなサラちゃんが秘める、まだ知らぬ力を見た気がした。さすが、お母さんの使い魔だなぁ。
「それと、ちゃんと結界魔法もかけていたし、崖の下には見えない壁も作っておいたよ。万が一落ちても大丈夫なようにね。あんた、全然気づいていなかったようだけど」
「まじか! まじかー!」
いよいよ頭を抱えてしまう。魔女として気づくべきことをすべてスルーしている。できたことと言えば、声を届ける魔法を成功させたこと。三角帽子を完成させたこと。
「でも、上出来だ。一番大切なことはちゃんとやってのけたのだからね」
母の柔らかなまなざしはわたしたちに向けられていた。釣られて横を見た時、三角帽子のチャームが揺れる音がした。
「理想に一歩近づいた……って感じかな、すぺる」
「……うん。おかげさまで」
三角帽子を取り、胸に抱きしめた。大事な大事なシロツメクサが光に照らされて美しく輝く。彼女の優しい微笑みが聴こえた気がして顔を上げると、相変わらず申し訳なさそうな表情がそこにはあった。
「ずいぶん大胆なことを考えたんだね、首謀者さん?」
「いろんな人の助けを借りてだけど、どうしてもやらなきゃと思ったんだ」
「すごく心配したよ」
「ごめんね」
「でも、大切な時間になった。きっと、これから何度も思い出すことになる、わたしの始まりの時間」
彼女がくれた新しい名前。『幸運』が生まれた日。わたしがわたしとして生きていく二つ目のスタートライン。
「でも、まさかここまで大胆だとは思わなかったなぁ」
「ひとりじゃ無理だったよ」
「ひとりでやろうとしないでね、ほんとに」
「大丈夫。私の隣には幸運を呼ぶ魔女がいるから」
そう言われてしまうと、名付け親を前にして強くは出られない。恥ずかしさと胸に落ちるあたたかなものを感じて顔を背ける。
「どうしてそっぽ向くの?」
「いろいろ限界なんだよう……」
「こっち向いて」
「勘弁してぇ……」
「すぺるちゃん」
「っ……!」
思わず呼吸が止まり、慌てた心臓がやけに大きな音を鳴り響かせた。予想していなかった呼びかけに思考が働く前に振り向く。あっと思った時はすでに遅く、彼女がうれしそうに微笑む顔が目に映る。
「やっと向いてくれた」
「い、今のは反則だって……」
「どうして? やっと呼べるようになったんだから、たくさん呼びたい」
あまりにまっすぐ言うものだから、こちらはどぎまぎするしかない。夏の暑さではない熱が頬に広がっていくのを感じる。冷水をかぶっても消えることのない熱だと思う。
どこか吹っ切れたような微笑みで彼女は私を見る。言葉はなくとも、言いたいことは痛いほどにわかっていた。
「……し」
「ん?」
「……し、ほちゃ……」
「よく聴こえないよ」
くすくすと彼女は笑う。無邪気な顔に絆されていくわたしを感じた。
魔力もなければ魔法が使えることもない彼女。しかし、わたしには使えないとっておきの魔法が彼女は使えるのだと思う。魔力の有無など関係なく、きみだから使える魔法。
固まっていた頬が緩まる。わたしの中でぐるぐる巻きになっていたものがひとつずつ解かれていくような感覚がした。
まったくもう、すごい人なんだから。
「……志普ちゃん」
頬にこもる熱はそのままに、わたしはとびきりの笑顔で彼女の名前を呼んだ。
「なあに?」
ただ呼んだだけで、その先は考えていないのだけれど、応えてくれたのだから言うとしよう。
「ありがとう」
「こちらこそ」
改めて言うとさらに恥ずかしい。敏感なお年頃のわたしたちは照れくささを誤魔化すように笑い合った。
「なんだ、やっとか」
お菓子を頬張る魔王がにやりと笑う。
「やっとですね」
お茶を飲む勇者がうれしそうに頷く。
「やっとにゃ」
聞き逃しまいと三角耳を立てていた化け猫が八重歯を見せた。
「やっとすぎるわ」
呆れた様子の使い魔が口角を上げながらため息をついた。
これにて一段落。わたしたちは顔を見合わせながら微笑んだ。
「ところで」
咳ばらいをひとつした小悪ちゃんが携帯電話を取り出し、ゆらゆら動かした。
「時間ができたら連絡してやってくれ」
「連絡? 警察と消防にはすまさんが事の終わりを伝えてくれたはずだけど」
「ひとり、心配で死にそうなやつがいるのだ」
わたしたちは思考の隅に追いやられていた携帯電話を見る。
「あっ」
「あっ」
同時に声を上げた。マジマジグループには未読件数を表す数字が映っていた。正直、見たこともない数字だった。
「誰も連絡してあげなかったの?」
彼女たちを見回すと、心外とばかりに小悪ちゃんが首を振った。
「したぞ。行方不明の裏側も説明した。でも、だめだった。文面だけじゃ信じられないって聞かなくてな」
「すまさんも説明役を買ってでたのですが、効果はありませんでしたね」
「いがいとがんこ?」
隣で彼女が渇いた笑みをこぼす。
「悪いことしちゃったかな……」
「今からヤドリギ行こっか?」
「うん。無事だよって伝えないと」
「そうしてやれ。まじで死にそうだからな」
「ヤドリギに行くならお菓子も持って行っておくれ。お詫びのしるしに」
母が袋を掲げる。「ありがとうございます」と会釈した彼女は、ぴろんと増えるメッセージに、心底気の毒そうな視線をやった。
「ごめん、明杖さん……」
とりあえず何か送信しないと、と画面を操作する彼女を横目で見つつ、わたしはあることに気がついた。
「ねえ、みんなの方にはメッセージ来てないの?」
こうしている間も受信音が鳴りやまない。落ち着いてほしい、明杖さん。
「来てるぞ」
平然と言う小悪ちゃん。
「来ていますよ」
冷静に言う勇香ちゃん。
「きてる」
当然のように言うきとんちゃん。
「でも、音が鳴っていないような」
「そりゃそうだ。通知を切ったからな」
「え、なんで?」
「うるさいから」
ドストレートの言葉に憐憫の情が噴水のように沸き上がった。
「何度説明しても納得されないので、志普さんを待つのが得策だと思いまして」
「きとん、でんげんきった」
「かわいそうに……」
「我らとしても苦肉の策だ。だが、あまりに音がうるさかったから」
オブラートに包むことをしない魔王。
どれもこれも、自分に関して行われたことの弊害。説明する義務があると思い、席を立った。
「行こ、志普ちゃん」
声をかけるが、彼女は動かない。
「どうかした?」
見ると、画面に向かったまま静止している彼女がいた。その背中はかすかに震えている。心配になって背に手を添えると、小さな声が聴こえた。
「こ……」
「こ?」
「心が痛い……」
大胆な首謀者は、自分を心配する少年の言葉にしっかりとダメージを受けていた。
お読みいただきありがとうございました。
夜魔での物語はもう少しだけ続きます。




