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100話 call your name

閲覧ありがとうございます。

魔法が届いた先のお話。


 ほうきは進む。彼女の元へ一直線。散々魔法を使って疲れ果てているはずの身体は軽く、今にも飛んでいきそうだった。


 肩に乗るシロツメの毛が頬に触れる。確かな感触が安心感を与え、わたしの魔法は揺らぐことを知らない。


 森を突き抜け、声を届ける魔法が繋いだ場所へと飛ぶわたし。やがて、ほうきは木々から解放された。


 どこまでも広がる空中に放り出されたわたしは、周囲を取り囲む山々を遠くに感じながら声の発信源を探る。星の瞬きのごとく光る彼女の声。はっと目を見開いた時、わたしはそびえる崖を捉えていた。


 むき出しになった土の壁。でこぼこの側面が垂直に落ちている。山肌の途中に、羽を休める為の岩棚が見えた。


 断崖絶壁の真ん中で膝を抱える少女の姿。そんなまさかと思いながらも、魔法が示す場所へとほうきを飛ばす。


 はやる気持ちの中身を分別する余裕もなく、わたしは風を切って岩棚へ。ふと、空を見上げていた彼女がこちらを見た。遠くからでも、彼女が微笑んだことがわかった。


 ほうきのスピードはそのままに、わたしは空中から彼女の元に飛び降りた。一瞬、自分に浮遊魔法をかけて威力を落とすが、気持ちはまったくもって落ち着かない。


 空から降って来るわたしに、彼女は膝を立てて両手を広げた。


「志普ちゃぁぁぁぁんっ!」


 勢いのまま抱き合ったわたしたちは、反動で倒れ込んだ。彼女を見つけたとはいえ、様々な心配がせり上がって止まらない。無事であることを確認するように、地に転がった状態で彼女を抱きしめた。


 聴こえる鼓動がどちらのものかわからない。異常なほど速いのは、わたしの方だろうか。


 彼女が消えてからというもの、わたしの感情はかつてなく揺れ動いた。その副作用か、まともに言葉も発せず、ただ無我夢中で抱きしめることしかできない。


 言うべきことがあるはずなのに、口から出てくるのは「よかった」とか「見つけた」とか、同じ言葉を繰り返すばかり。


 真夏なのに震えが止まらない身体をどうすることもできず、わたしは操作できなくなった自分を彼女に預けていた。


 ふと、背中にぬくもりを感じて我に返る。彼女のてのひらがわたしの背に添えられていた。やがて、ぬくもりは上へとのぼっていく。


 幼子を慰めるように頭を撫でる彼女は何も言わない。けれど、言葉以上に伝わるものがぬくもりにはあった。


 とても長い時間のようで、その実、ほんの数分後のこと。ようやく少し落ち着いたわたしは、起き上がって彼女と向き直る。


 平らになった崖の空間で、少女たちは見つめ合う。


「見つけてくれてありがとう」

「どういたしまして。……ちょっとくじけそうになったけどね」

「声が聴こえたの。素敵な魔法があるんだね」

「小さい頃に本で見た魔法なんだ。使えたのはさっきが初めて」

「いつか、あらゆる魔法が使える魔女になってね」


 何気ない言葉。普通だったら、『そんなことは無理』と一蹴されるような夢。でも、わたしは胸を張って答えることができる。


「もちろん。きっとなってみせるよ」


 夢物語のような理想をまっすぐに受け止めてくれたきみだから。

 魔女としての証を導いてくれたきみだから。


 わたしは三角帽子を被って応えよう。わたしがわたしである為の証明を続けよう。きみが笑顔を咲かせてくれる魔法と共に。


「あ、三角帽子の先……、もしかして?」

「うん。わたしだけの三角帽子が完成したんだ」

「その花って、あの時あげたシロツメクサ?」

「そうだよ。魔法で枯れないようにして、ずっと持っていたの。お守りみたいな感じでね。それが、わたしの心に反応したのかな? 気がついたらチャームになってた」


 チャームの魔法は発動条件が不明な魔法のひとつとされている。魔法を使う者にとって意味のある何かが、術者の魔力を使ってチャームを作り出す不思議な魔法。


 大切なものを守るように魔力で覆い、三角帽子の先端を飾る魔法の道具。わたしのシロツメクサも、わたしの魔力で作られた空間に守られていた。


「なんだか、私も力になれたのかなって思っちゃいそうだよ」


 彼女は恥ずかしそうに頬を染める。


「思っていいよ。紛れもなく、力になったんだから。わたしが学校生活を送ることも、使い魔を得ることも、三角帽子を完成させることも……。そして、マジマジのみんなと一緒にいられることも、全部きみのおかげ」


 わたしは立ち上がり、手を差し出した。


「帰ろう。みんなすごく心配してるよ」

「うん」


 彼女は手を握る。繋いだ手のぬくもりを失わないよう、わたしはわずかに力を込めた。

 魔法でほうきを呼び戻し、横向きに腰かけた。繋いだままの手を引き、座るように促す。


「いいの?」

「いいよ。でも、緊張してうまく飛べないかも」


 彼女は不思議そうな顔をしながら隣に腰かけた。ふわりとほうきが浮き、わたしたちの足が岩棚から離れる。


「ほうきに誰かを乗せるの、初めてなんだ」

「そうなの? ぜひよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 笑い合いながら空へと飛び立つ。いつもと違うほうきの旅。バランスを保ちながら、平常心と自分に言い聞かせる。


 彼女には言っていないのだけれど……。わたしは前を向きながら三角帽子を深くする。


 魔法使いにとって、ほうきは必需品。空を飛ぶことは、古くから魔法使いの象徴のようなものだった。

 魔法使いが世界に知られていた時代も、隠された時代も、追われた時代も、変わらず象徴は残り続けた。


 ゆえに、自分のほうきに他者を乗せる行為には特別な意味が込められた。

 もちろん、彼女には言わないけれど。


 さらに三角帽子を深く被った時、後ろから「ねえ」と声をかけられた。


「三角帽子が完成したってことは、二つ名もあるんだよね」

「そういうことになるね」

「どんな二つ名にしたの?」

「……えっと、まだ決めてないんだ」


 魔法使いの二つ名は勝手に決まるものではない。チャームをもとに自分で決めるか、他者が決めるかのどちらかだった。


 ちなみに、母の二つ名『ネジ』は、他者に呼ばれたものが浸透して決まったものらしい。


 母に届く手紙には、母の本名ではなく二つ名を書く人も多い。『ネジ』や『ネジの』と呼ばれ、「おかしな二つ名にするとこうなるよ」と忠告しつつ、母の顔は嬉しそうだったことを覚えている。


 魔法を使う者にとって、二つ名は、いわば第二の名前。それ自体がわたしを表すものとなる。

 彼女を探すことに必死だったわたしは、二つ名の命名をしている暇はなかった。


「……もしよければなんだけど、決めてくれないかな、わたしの二つ名」

「私でいいの?」

「きみがいいの」


 かすかに頷いた気配がした。声が消える。ほうきが空を駆ける音と、自分の心臓の鼓動がうるさく感じた。


 しばらくして、ほうきのバランスがわずかに揺れた。わたしの操作ミスではない。わたしが動いたわけでもない。ふと、背中に触れるぬくもりを感じた。


「幸運の魔女」


 彼女の声が耳に届く。小さなつぶやきだったが、隣同士のわたしには、はっきりと聴こえた。


「幸運の魔女はどうかな。シロツメクサの花言葉。そして、あなたが願う理想の姿。世界と人々を魔法で幸せにしたいって、とても素敵な想いだと思った。それにね」


 一度言葉を切った彼女は、柔らかな笑みをこぼしたようだった。


「私、すごく幸せなんだよ。だから、あなたこそが幸運をもたらすシロツメクサなんじゃないかって思ったんだ」


 わたしの髪が風になびく。人の目を引きがちな白さが、視界の端できらりと輝いた。


「すごくいいね」

「そう? よかった」

「わたし、がんばるよ。二つ名に恥じない魔女になるから、だから……」

「うん」


 彼女が頷くのを感じた。「隣で見守らせてね」


 それだけで、わたしもとても幸せだった。

 わたしが幸運をもたらすシロツメクサと言われたけれど、わたしはそう思わなかった。わたしにとってのシロツメクサは、きみだから。


 でも、きみがくれたプレゼントを大事に抱えながら理想を追うのも幸せだと思った。困難な道だとわかっている。けれど、大丈夫。


 わたしのチャームはシロツメクサ。この花は、小さくて可愛らしいけれど、とても強い花だから。負けないようにがんばっていくよ。


「素敵な二つ名をありがとう、志普ちゃん」


 わたしはきみの名前を呼ぶ。それが幸運の証だから。


「私の方こそありがとう、すぺるちゃん」


 きみはわたしの名前を呼ぶ。わたしたちの存在を証明するように。


 空を駆けるほうきに少女が二人。見上げた先では雲が晴れ、どこまでも続く青が広がっていた。


 きらり。美しい輝きが空の中できらめく。

 わたしたちの幸せを願うように、シロツメクサのチャームが揺れていた。


お読みいただきありがとうございました。

やっと名前が呼べましたね。


なんだか最終話みたいですが、まだまだ全然終わりません。今後もよろしくどうぞ!

100話達成もありがとうございます。ぼちぼち書いていきますので、お楽しみに。

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