1話 隣の席の魔女さん
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『三角帽子とシロツメクサ』、楽しんでいただけたらうれしいです。
予鈴が鳴りました。
わずかに開いた窓からは、四月の柔らかな風が入ってきます。どこから来たのでしょう。桜の花びらが私の机の上に舞い落ちてきました。
担任の先生が今日の予定を話し始めます。いつもと同じ、普通の日々。違うことと言えば。
私は左に顔を向けます。座っているはずの生徒の姿はなく、少しだけ寂しい気持ちになる空席がありました。
どうしたんだろう。興味ではなく、心配な気持ちを抱いた時でした。
白い雲が流れていく青い空。学校に向かって何かが飛んでくるのが見えました。鳥にしては大きく、とても速いものでした。
何事かと慌てる私はいません。代わりに、安堵が混じった笑みがこぼれます。
「おはようございまーーーーーす‼」
窓にぶつかる直前、それは急停止しました。自分が入れるようガラッと大きく開き、乱れた髪もそのままに大きな声で挨拶をする彼女。
息を切らしながら、ふわりと教室に降り立ったその人は、プリントを持っていた先生を凝視し、また。
「おはようございます! セーフ⁉」
迫真の勢いで問いかけました。先生は驚くこともなく、平然と「アウトだ」と答えます。
「そんな……」
「残念だったな」
「かなり急いだのに……」
「遅刻三回で欠席一回になるから、気をつけろ」
「わかりました……。あっ!」
肩を落としていた彼女は、突然、口に手を当てて固まりました。先生は、生徒たちにプリントを配りながら、特段気にするまでもなく訊きます。
「どうした? 忘れ物か?」
「あの、わたし、遅刻というものに若干の憧れがあったので、ちょっと嬉しい気持ちがないと言えば嘘になります」
「そうか。内申に響いても知らないぞ」
「いやー! それは困る!」
教室内という環境に配慮した音量で悲鳴をあげると。鞄から取り出した細長い物を手に、わなわなと震えました。
「こうなったら、魔法で時間を巻き戻すしかない……! やっちゃだめだからやらないけど」
ずいぶんとファンタジーな言葉をつぶやく彼女に、私は思わず、くすりと笑いました。
「今回は見逃してやるから、次回から気をつけろー」
「えっ、ほんとですか?」
「予鈴の直後だったからな。誤差ってことで」
「ありがとうございます、先生」
「おうよ。さて、プリントは渡ったか? まず――」
胸を撫でおろし、室内用の靴に履きかえながら、彼女は私の視線に気がついて「えへっ」と頬を赤らめました。
恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、彼女は私に微笑みかけます。
「おはよう、平良さん」
何の変哲もない朝の挨拶。どこにでもある普通の一日の始まり。
私の日常には彼女がいます。特徴的な三角帽子を被り、ほうきを手にした彼女が。
「おはよう、魔奇さん」
窓側の最後列。私の隣の席には、魔女の魔奇さんがいます。
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